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LinkRing  作者: やくも
35/130

Episode35:すれ違い交差点


 一夜が明け、すでにこの日も夕方になろうとしていた。

 ちょうど放課後を迎えた頃に、僕の携帯に一通のメールが届いた。

 差出人の名前は氷室で、それがつまりどういう意味合いの内容のものなのか、僕には大方の想像がついていた。

「あ、ごめん。僕ちょっと先に帰るよ」

 始まったばかりの雑談の輪の中から抜け出して、僕は鞄を手に掴む。

「あれ? 何だ大和、用事でもあんのか?」

「うん。ちょっとね……」

「ふーん。まぁいいけど、お前最近、妙によそよそしくないか? それに昨日だって、いきなり体調崩したみたいだしさ」

 悟の何気ない言葉が、針のように僕の胸に突き刺さる。

 分かっている。

 そこに悪気は何一つないのだということは。

 むしろ負い目を感じているのは、他ならぬ僕の方だ。

「大和、何かあったのか?」

 続くように健史が聞く。

 しかし僕は答える術を持たず、やはり愛想笑いのような笑みを浮かべて何でもないよと告げることしかできなかった。

「二人とも、その辺にしておきなよ。大和、単純にまだ体の調子が戻ってないだけだよ、きっと」

 意外にも、助け舟を出してくれたのは唯だった。

「そうだよ。昨日も丸一日保健室で休んでたんだもん。一日くらいじゃまだ本調子に戻らないって」

 続くように美野里が声を揃える。

 さすがに女性陣にこう言われては、悟も健史もただただ言葉を濁すだけだった。

「いや、悪い。そういうつもりじゃなかったんだけどよ。ただ、何となくそんな気がしてさ……」

「悪い、大和。あんま気にしないでくれ」

「あ、うん。大丈夫。それじゃごめん。急いでるから……」

 軽く挨拶を交わして、僕は教室を走ってあとにした。

 背を向けた友人達に、どこか申し訳なさを感じずにはいられなかった。

 そんな僕の背中を、最後まで唯が見送っていたことを、僕は知らなかった。

「…………」

 その目がどこか、悲しさを隠し切れずにいることも。

 僕は何一つ、知らないままだった。




 僕は歩道の上を早足で歩きながら、先ほど届いた氷室からのメールの内容に目を通す。

 内容は実に簡潔なもので、要約するとこうなる。

 昨夜の話し合いの際に出た、八つの封印に関していくつか分かったことがあるので、集まってほしい。

 場所は氷室の事務所、時刻は予定では五時前後を目安にするが、早く来れるなら繰り上げるとのこと。

 もっとも、僕は返事を出すよりも早くこうして事務所に向かっているわけなのだが。

 携帯のディスプレイに表示されたデジタル時計は、ちょうど四時を示しているところだ。

 集合予定時間よりは大幅に早いが、急ぐに越したことはないだろう。

 正直、僕も昨日の夜からずっとそのことが引っかかっていて気になって仕方がなかったのだ。

 結局今日も、学校で過ごす時間もそのことばかりを考えていた。

 おかげで授業の内容なんて、半分ほども頭の中に残ってはいない。


 大通りの交差点で赤信号に引っかかり、僕は足を止めた。

 交通量の多い道路を横目に見ていると、僕が歩いてきた歩道のちょうど反対側の方から見慣れた人影がこちらにやってきていた。

「あれ?」

 と、僕は思わず小声で呟いていた。

 その声が聞こえたのか、それとも向こうも僕の存在に気がついたのか。

 その人影は僕の姿を確認すると、やや小走りに駆け寄ってきた。

 その小さな少女が走るたびに、嫌でも目立つ黒いフリルだらけのゴスロリの衣装はヒラヒラと揺れた。

 ただでさえ注目を集める格好なのに、それを後押しするかのように、腕の中には真っ黒なウサギのぬいぐるみを抱えている。

 そのウサギ、何もかもが真っ黒なのに目だけがウサギらしく赤く、両耳に備え付けられたリボンだけは対照的に白い。

 パタパタと、そんな足音が聞こえるくらいの小さな足取りで、少女はやがて僕の目の前にやってきた。

 僕と少女の身長差の都合で、僕は思いっきり少女を見下ろし、少女は逆に僕を見上げる形になってしまう。

 そして何か言いたそうに、少女は……かりんはジッと、僕のことを見上げていた。

「…………」

 相変わらずの無言。

 寡黙な黒い少女は、それこそ人形のような目でただ僕を見つめていた。

「……えっと……」

 結局その沈黙に耐えられなくなったのは僕の方で、そんなありきたりな言葉で口を割ることになった。

「……かりん、だよね?」

 恐る恐る、僕は訊ねる。

 すると、答えずにかりんはコクンと首を縦に振った。

「えっと、何してるの? こんなところで」

「…………」

 そう聞くと、かりんは答えずにまた僕のことをジッと見つめ始めた。

 何だかその視線が攻め立てられているように思えてしまい、僕は不思議と後ずさりをしてしまう。


「……ヤマト」

「え? あ、うん」

 ふいに名前を呼ばれ、僕は聞き返す。

「…………」

「…………」

 しかしそれだけで、かりんはそのあとに言葉を続けることはなかった。

 一体僕はどうしたらいいんだろう……。

 などと、とっくに青信号に変わった横断歩道の前で立ち往生しながら、僕は頭を抱えていた。

「……えっとさ」

 今はちょっと急いでるからと、そう言うよりわずかに早く、ようやくかりんは口を開いてくれた。

「……ヤマト。また会えた。こんばんは」

「……へ? え、あ、うん……こ、こんばんは……?」

 どうして疑問形なのか、僕自身よく分からなかった。

 そして今更になって、僕とかりん以外のもう一人……もとい、もう一匹も賑やかに口を開いた。

「やぁやぁヤマト。意外と早い再会になったものだね。元気にしてたかい? え? オイラ? オイラはいつでもハッピーさ。そうだね、どれくらいハッピーかと言うと、アイスの当たりが三連続するくらいにハッピーだよ」

「……いや、僕まだ何も言ってないし。それと、ずいぶんと現実的で、なおかつ安上がりな幸せだね、クロウサ……」

「アッハッハ。安い幸せほど平和なものはないからね。高い幸せは、いつか必ず返り討ちを食らうことになるんだ。覚えておくといいよ」

「……そ、そう」

 僕は急激に頭が痛くなってきた。

 知恵熱とまではいかないが、そろそろぬいぐるみとして接するのか人間として接するのかを決めておく必要があるかもしれない。

「……クロウサ。ちゃんと。挨拶して」

「ん? ああ、そうだったそうだった。オイラとしたことが、紳士のたしなみを忘れるとはね。うっかりしてたよ。ゴホン。では遅ればせながら、こんばんはヤマト。ご機嫌はいかがかな?」

「……いや、特によろしくもないし、悪くもないけど」

「うんうん。つまり、平凡ってことだね」

「……そうなるの、かな……?」

 相変わらずクロウサは実にマイペースだ。

 この黒いウサギ、決して腹話術なんかで喋っているわけではないのはすでに承知の上だけど、二度目の今でもまだ信じられない。

 一体その×印の口のどこから、こんな軽快な少年のような声が発せられているのだろうか。

 考えても無駄だと知りつつも、僕は少しだけ究明を求めてしまいそうになる。


「……ヤマト」

「え? あ、何?」

 かりんに呼ばれ、僕は視線を戻す。

「……ヤマトは。ここで。何しているの?」

「あ、僕はその……ちょっと、人と会う約束があるんだ。今からその、待ち合わせの場所に向かうところなんだ」

「……待ち合わせ?」

「そう、待ち合わせ」

「む? もしかしてヤマト、それはデートというやつなのかな? いやいや、君も隅に置けないなぁ」

 などと、クロウサは勝手に話を進めているようなので今回は無視しておく。

「……それは。ヤマトの。友達?」

「え? 待ち合わせをしてる人のこと?」

 コクンと、かりんは答えずに頷いた。

「……うーん、友達って言うよりは、知人って言うか……仲間って言うか」

「……仲間?」

 聞き返すかりんに、僕はハッとなった。

 言い方が悪かったかもしれない。

 僕が仲間と言えば、それはイコール『Ring』を持つ能力者に他ならないことになるからだ。

 しまったと思ったときにはもう遅く、かりんはわずかに怪訝そうな表情を見せていた。

「……ヤマト。それは。ヤマトの仲間の。能力者のこと?」

 案の定、かりんは真っ直ぐに意味を捉えて聞き返してきた。

 そう聞かれると、僕はやや答えづらい立場だ。

「えーっと……それは……」

「…………」


 戸惑う僕を変わらぬ視線で見上げたまま、かりんは無表情のままだった。

 僕はどう答えるべきなのだろう。

 一応口約束ではあるけど、かりんとはもう戦わないということになっているし、それはかりんも承諾してくれてはいるようだ。

 そうでなかったら、僕達は路上でこんなに悠長な会話をしていることはないだろう。

 かといって、迂闊に油断すればそれはそれで氷室や飛鳥は大反対するだろう。

 口では何とでも言えるに決まっているとか、そう言い出すに違いない。

 悔しいけど、でもそれは事実だった。

 かりんが僕を騙しているとは思えない。

 初めて会ったときに垣間見せたあの、屈託のない少女そのものの笑顔は、決して偽りのものではないと思う。

 いや、僕はそう信じたい。

「……まぁ、一応そうなるのかな。多分、かりんはまだ会ったこともないと思うけど……」

 遠まわしに言葉を探しながら、僕は曖昧な返事をした。

 しかしその様子にかりんは特に感情を変化させることはなく、変わらない視線で僕を見上げていた。

「……その人達は。ヤマトの。味方なの?」

「……少なくとも、僕はそう思ってるよ」

「……それは。相手も同じ?」

「それは……はっきりとは言えないけど、そうだと僕は信じてる」

「……そう。ヤマトは。強いね」

「強い? 僕が?」

 僕は我が耳を疑った。

 そんなわけはない。

 だって僕はすでに、目の前のかりんとの交戦の際に敗北を喫したようなものだったのだから。

「そんなことないよ。むしろ僕から言わせれば、かりんの方が……」

「……ううん。違うの。そういう。意味ではなくて……」

 そう言いかけたところで、かりんはふとその先の言葉を無理矢理呑み込んだように見えた。

「……ううん。やっぱり。何でもない」

「……そう? ならいいけど……」

 かりんの様子はどこかおかしかった。

 何かに迷っているような、戸惑っているような、そんな困惑を僕はわずかに感じ取っていた。

「……引き止めて。ごめんなさい。じゃあ。私は行く」

「え……あ、うん」

 そしてかりんはそれだけ告げると、さっき僕が歩いてきた道の方へと歩き出した。

 その足取りはどこか重く見えて、小さすぎる背中に見えない何かを背負っているような、そんな印象を受けた。


「……かりん」

 僕はその背中を一度だけ呼び止めた。

 ピタリと止まり、半分だけかりんの顔が振り返る。

「……その、何かあったの?」

「…………」

 かりんは答えなかった。

 首を縦にも横にも振らず、ただ僕を見返しているだけだった。

 夕陽が差し、頬の色が紅潮しているようにも見える。

 やがてかりんは、その顔に初めて会ったときに見せたものと同じ、あの優しい笑顔のカケラを浮かばせて、言った。


 「――……ううん。大丈夫。ヤマトのおかげで。少し。楽になれた。ありがとう。またね。ヤマト」


 その声は真っ直ぐで、一点の曇りさえ感じさせない微笑みを携えていた。

 僕の返事を待たずに、かりんはそのまま歩道の向こう側へと去っていった。

 そのとき僕が感じたものは、気のせいだったのだろうか。

 去り際に何か一言喋りそうなクロウサが、無言だったこと。

 それが僕の中に不思議な違和感を覚えさせ、どこか不安な気持ちにさせていた。

「……何が、あったんだ?」

 僕の中で、それはもはや確信に変わりつつあった。

 何かがあった。

 けれど、それが何か分からない。

 要するに、何の解決にも至らない。

 信号が再び青に変わる。

 動き出す人波に紛れるように、僕は足を動かし始めた。

 最後にもう一度だけ、今はもう見えなくなったかりんの背中を探しながら……。



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