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LinkRing  作者: やくも
33/130

Episode33:緊急召集


 幻なんかじゃなかった。

 目元をいくらこすったところで、目の前の光景は蜃気楼のように消え去ることはない。

 例えようのないほどの存在感。

 にもかかわらず、僕の目の前の彼女はどこか希薄だった。

「……君が、シルフィア……?」

 僕はもう一度、その風の名前を呟いた。

 すると彼女……シルフィアは、どこか柔らかく微笑んで小さく頷いた。

「信じられない、といった顔をしていますね、主よ。まぁ、無理もないことです。私自身、こうして人前に姿をさらけ出すこと自体、もうずいぶんと久しくなります。かれこれ、数万年ぶりでしょうか」

「す、数万年?」

 計り知れないその単位に、僕は思わず身を乗り出していた。

「……ってことは、紀元前なんかよりもずっと前に、もう君は……シルフィアは……」

 僕の言葉に続けるように、また一つ頷いてシルフィアは続ける。

「ええ、その通りです。この世界が西暦という起源を迎える、はるか昔。それこそ気の遠くなるような太古の時代から、私はすでに世界の深層意識の一部として存在を確立していました。私だけではなく、多くの精霊がその頃には自我を持ち、存在を確立していたはずです」

「多くのってことは、それじゃあ……」

「そうです。主の身近な存在で言えば、あの二人ですね。ヒムロ、そしてアスカと名乗っていましたか。彼らの持つ『Ring』にも、私同様に精霊が封印されています」

「…………」

 僕はただ、黙ってその言葉に耳を傾けていた。

 にわかには信じられないことだが、目の前のシルフィアを見る限りは信じざるを得ないだろう。

「ですが主、今はそのことは大して問題ではないのです。私がこうして貴方の前に姿を現したのは、貴方に伝えておくべきことがあったからなのです」

「……伝えるべきこと?」

「はい」

 答えて、シルフィアは一度静かに目を閉じ、音もなく開いた。


 「――八つの封印が、時を迎えます。時は満ち、開放の鼓動は始まりました。主よ、貴方はまず、己を探し出さなくてはいけない」


「……封印? 己を、探す……?」

 僕は単語一つ一つを繰り返すように反芻する。

 しかし、言葉とは単語がいくつも繋がって初めて意味を成すものであり、つまるところ僕には意味がさっぱり分からなかった。

「それって、どういう……」

 僕がそう聞き返しかけたとき、ふいにまた、緑色の光が粒子のように湧き上がった。

「……っ、やはり、このままでは実体化の時間は短すぎたのですね……」

 どこか苦しげな表情を見せ、シルフィアは言葉を漏らした。

「……主よ、まずは封印を探すのです。この街にある、八つの封印。その中の一つが、貴方の見つけるべき風の封印。それを開放すれば、私は…………」

「シ、シルフィア? どうしたんだよ、一体……」

「……申し訳、ありません。もう、時間が……」

 謝罪の言葉と同時に、光はさらに強く輝きを放ち、シルフィアの姿を呑み込むかのように包んでいく。

「……早く、開放を……。頼みました、主よ……」

 一際強く溢れた光は、急激に集束していく。

 やがて光は球となり、全てを包み込んだまま静かに霧散していった。

 最後に弾けた緑の光の名残が、蛍火のように部屋の中を舞っていた。




 夕食が終わり、僕はいつもと同じように寝るまで時間を部屋の中で過ごしていた。

 時刻はまだ夜の十一時を少し回ったところ。

 健全な学生諸君は明日に備えて安眠を始める頃なのかもしれないが、僕にとってはどうでもいいことだ。

「…………」

 ベッドの上に大の字に寝転がり、見上げるのは電灯の明かりでわずかに黄ばむ白い天井。

 カチコチと、枕もとの目覚まし時計だけが部屋の中に無機質で機械的なメロディを響かせていた。

「……結局、僕は何をどうすればいいんだ?」

 体を横倒しにしながら、僕は呟く。

 シルフィアの言葉をそのまま借りるのなら、僕はまずこの街にあるという八つの封印の一つである、風の封印を開放しなくてはいけないらしい。

 しかし僕の知る限り、この街にそんないわくつきの場所は見当がつかなかった。

 封印という以上は、やはり何かしらとして古いものや神秘的な場所を連想させる。

 そんな場所が、この決して大きくもない街に八ヶ所もあるというのだから驚きだ。

 とはいえ、やはり僕には全く見当がつかない。

 自慢にもならないが、歴史は苦手教科だ。

 普段学校で習うような世界史や日本史は嫌でも覚えないと試験に影響するわけだが、逆にこの街の歴史なんて知っていたところでどうというわけでもない。

 まぁ、それでも生まれ育った街であるだけ、何も知らないというわけではない。

 ただそれはやはり、僕が生まれた後に起こった出来事くらいのものでしかない。

 それ以前にこの街がどういう経緯でどう発展したのか、過去のこの土地周辺はどんな環境だったのか、などと、そんなことは全くもって知るはずがない。

 今までだって知ろうとも思わなかったけど、今回はそういうわけにはいかないらしい。

 どうやら僕は、まずはこの街の歴史について知ることから始めなくてはいけないようだ。

「……って言っても、どうしようかな……」

 街にも一応、図書館はある。

 確か隣には歴史民族資料館も連なっていたはずなので、そこで調べれば少しは何かが分かるかもしれない。

 いや、もしかしたらそんな回りくどいことなどしなくても……。


「……氷室だったら、何か知ってるかな」

 ふと思い立って、僕は体を起こして机の上に投げ出したままの携帯電話を掴んだ。

 メモリ機能を呼び出し、氷室の名前と電話番号がディスプレイに表示される。

 正直言って微妙な時間帯だったが、まぁ今の時間に氷室が寝てしまっているということは考えにくい。

 迷惑かもなとも思いつつ、僕は発信ボタンを押した。

 一応こちらとしても進展があったわけなのだから、報告をするのは悪いことじゃないだろう。

 電話越しにコール音が連動する。

 三回……四回。

「……留守かな」

 五回……六回。

 氷室は出ない。

 仕方ないかと思いながら、僕が通話を終わらせようとしたそのとき。

 プツッという電子音が、僕の耳の奥に届いた。

「もしもし? 出遅れてすいません。どうかしましたか、大和?」

 ややあって、通話口の向こうから氷室の声が聞こえてきた。

「あ、氷室? 僕だけど。その、夜遅くにごめん」

「いえ、構いませんよ。まだ早い時間帯ですしね。それに、わざわざ電話で連絡するくらいなのですから、何かあったのですね?」

「……うん。一応、ちょっとだけど進展があったから、報告しておこうと思って」

「進展、ですか。興味深いですね。しかしそうとなると、少し長くなりそうだ……」

 電話の向こう側で、氷室は少し考えるような間を作っていた。

「もしもし、大和?」

「うん、何?」

「明日も学校が控えているあなたにこういうのは申し訳ないんですが、少し出てこれますか?」

「出るって、外に?」

「はい。確認しますが、飛鳥にはまだ連絡は?」

「いや、まだしてないよ。まずは氷室に相談しようと思ったから……」

「だったらなおのこと三人で集まった方がいいでしょう。飛鳥には私から連絡をつけておきます。そうですね……私の事務所の近くに、深夜まで営業している喫茶店がありますから、そこにしましょう。適当に理由をつけて外出できますか?」

「……できなくはないけど」

「結構。でしたら、先日私が大和を自宅付近まで送り届けて、車から降ろした場所がありますね? あの坂の下のところです。あの場所で今から十五分後、迎えに行きます」

「分かった。そこで待ってればいいんだね?」

「頼みます。それと、言うまでもないですができるだけ目立たないように。もっとも、夜の外出の時点ですでにいくばくかは不審なわけですがね」

「分かった」

「では、また後ほど」


 プツリと、電子音が鳴って通話は終了した。

「さて、と……」

 どうしたものだろうか。

 母さんは早ければもう間もなく寝てしまう頃だろう。

 いっそ眠ってしまってくれたほうが抜け出す分には楽だが、それはそれで後々苦労しそうな気がした。

「ベタだけど、友達の家にちょっと行ってくるって感じでいいかな」

 そうと決まり、僕は手早く服を着替え始めた。

 夜も徐々に深まり、寒さも日に連れて厳しくなっている。

 風邪を引かないように普段より少し厚着して、携帯電話と財布だけを上着のポケットにねじ込み、僕は準備を整えた。

 部屋の明かりを消し、出るその前に、僕は何となく閉め切ったままのカーテンをそっと覗いてみた。

 真向かいの唯の部屋の窓も、今はカーテンがかかっていた。

 明かりが見えるから、まだ起きてはいるんだと思う。

「…………」

 隙間からその明かりを見て、僕はまた少しだけ後悔にも似た感情を覚えていた。

 どうにもならないと知っていながら、だからこそもどかしさを隠せない。


 『――どうして隠すの? 心配させたくないから? 私はそんなに頼りにならないの?』


 その言葉が、胸を打つ。

 答えを持たない僕は、そっとカーテンを閉め直した。

 ごめんと、聞こえないその言葉を窓越しの向こうに投げ捨てて……。


 寒空と街灯の下、白い息が舞い上がった。

 まだ暦の上でもようやく冬になったばかりだというのに、気温の冷え込みは真冬日のそれだった。

 厚着してきてよかった。

 上着がなければ、僕は寒さに身を震わせていたことだろう。

 氷室が指定した時刻まで、もう間もなくだ。

 目の前を通る二車線に目を向けると、いくつかの車がヘッドライトを照らしながら行き来していた。

 と、その中に一つ、街灯の明かりに照らし出されながら白い車体がゆっくりとこちらへやってきた。

 見覚えのあるその車は確か氷室のものだったはずだ。

 案の定、その車は僕の立つ街灯の間近に停車し、すぐに運転席の窓越しに氷室が顔を覗かせた。

「お待たせしました。あまり長くするのもどうかと思いますので、すぐに行きましょう。さ、後ろへ」

 ガチャリと、後部座席のドアのロックが外れる音がする。

 ドアを引き中に入ると、そこにはすでに飛鳥の姿があった。

「大和、早く閉めて閉めて。私寒いの苦手なんだよー……」

「あ、ああ、ごめん」

 バタンと、僕はドアを閉める。

「さて、それでは行きましょう」

 僕を乗せ、車は再びやってきた道を戻り始める。

 すっかり暗がりに包まれた街道は、街灯の明かりがあるといってもまだ薄暗さを隠せない。

 夜の闇は深く、僕達はすでに暗い森の中に迷い込んでしまったかのようだった。


「うー、寒い寒い……」

 と、隣でやたらと寒そうに両肩を震わせる飛鳥が、そんな緊張感を全て吹き飛ばしてしまっていた。

 これはまるで寒さに震える捨て猫のようではないか。

「……はい、飛鳥」

 僕は着込んでいた上着を脱ぎ、飛鳥に差し出した。

「え?」

「寒いんでしょ? 少しサイズが大きいかもしれないけど、ないよりはマシだよ」

「けど、それじゃ大和が寒いんじゃ……」

「僕は平気。一応厚着してきてるからね。ほら、風邪引いても知らないよ?」

「あ、うん。ありがと……」

 飛鳥は意外と素直に受け取ると、やはり思ったとおりブカブカの袖口に苦戦しながら僕のコートに袖を通した。

「おやおや。これじゃまるで優しい兄と手の掛かる妹みたいですね」

 運転席の氷室が、どこか茶化すようにそう言った。

「ちょっと氷室。手の掛かるってのは余計じゃないの?」

「おや? 私はピッタリだと思いますがね。どうです、大和? 兄としての立場だったら、飛鳥は手が掛かりそうじゃないですか?」

 その問いに、いち早く飛鳥が僕を振り向いた。

 どうなのと、無言でその目が聞いてくる。

「……えーっと……」

 困った。

 一体僕は、どう答えたらいいんだろう……。

 口ごもる僕を尻目に、氷室はまた少しおかしそうに笑っていた。

 一方飛鳥は、ふてくされたような照れたような、実に曖昧な表情で僕と氷室を交互に睨んでいた。

 結局僕は、どう答えることもできなかったのだけど……。



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