Episode3:目醒め
街灯の立ち並ぶ住宅街の道を、僕は自転車をこいで急いだ。
ヘッドライトが照らす先、夜に染まったアスファルトの道がどこまでも続いている。
周囲の家々にはまだたくさんの明かりが灯っているにもかかわらず、道行く人影はまばらでしかない。
そんな人達から見れば、暗がりの中を自転車で全力疾走している僕の姿は不思議なものに映るのかもしれない。
寒空と言っても過言ではない気温の中、僕はまともな防寒具など一つも身に着けず、わずかに白い息を吐き出しながら急いだ。
風はなく、はるか上空にある分厚い雲さえも流れを止めているように見える。
嵐の前の静けさとでも言えば分かりやすいだろうか。
だが、少なくとも今僕が向かうその場所は、嵐なんて程度の低いもので言い表せるような状況ではないと思う。
それはあくまで、僕がそう思っているだけのことだ。
直感でも本能でもなく、いわば意識的、感覚的に僕はそれを察知している。
マンガやゲームの中の登場人物が、よく殺気を感じるとか言うけれど、それに近いものがあると思う。
言うなれば、それは一種の気配だ。
ただ、それを普通の人間は感じ取ることができないだけの話。
自然界に住む野生動物も、身の危険を察知していち早く反応するというが、恐らくそれと同意だろう。
ペダルを踏むたびに、確実に僕はその気配のする場所へと近付いている。
しかし今の僕の行動は、決して褒められたものじゃない。
むしろ自殺行為と称されても、何らおかしくない行動だ。
今の僕は、言うなれば地震の震源地に自ら赴こうとしているようなものなのだ。
他の誰も感じ取ることのできなかった余震を僕だけが感じ取り、計算で震源地を割り出す。
ただし僕の場合、その計算という過程がスッポリと抜け落ちてしまっている。
それがどういうわけなのか、僕本人だって知るわけがない。
ただ分かっているのは、その震源地である場所で、もう間もなく何かが起こる。
あるいは、もうすでに何かが起こっているということだけ。
「…………」
僕は無言でペダルを踏み続ける。
くそ、嫌な予感がする……。
寒気ではない、別の不気味な悪寒が、背筋を舐めるように走った。
僕が目指す震源地。
それは、街外れにある廃工場跡だった。
シンと静まり返るその静謐さは、ただ立っているだけでも耳鳴りを覚えそうなものだった。
自宅から自転車をこぐこと十分弱、僕はようやく廃工場の入り口付近の道までやってきていた。
「……」
息が上がり、真っ白な吐息が湯気のように立ち上る。
全力で自転車をこいでいたせいで、体がやけに火照っている。
寒さをそれほど感じないのも、そのせいだろうか。
僕は路肩に自転車を停め、静まり返った工場の敷地を眺めるようにして道を歩く。
当然だが、街外れのこの付近に人の住む家はない。
高い塀に囲まれ、基本的に立ち入り禁止区域となっているこの場所は、もちろん人影すら見当たらない。
正面ゲートにも鉄柵が設置され、もう人の出入りさえ感じさせる雰囲気ではない。
敷地の中は荒れ果ててしまったような地面が広がるだけで、すでに工場としての機能は完全に停止している。
取り壊しの際に使われたものだろうか、僕の視界の端には工事用の小型の工作機械が数台ほど映り込んでいた。
あちらこちらに鉄骨や鉄パイプの残骸が散らばり、今でもわずかに機械油の臭いが立ち込めているようにも思える。
引き寄せられるようにこの場所にやってきてしまったけど、僕は一体ここで何がしたいんだろう?
正直なところ、僕は何も分からないままだ。
ただ、僕の部屋の窓越しに見えたあの閃光は、間違いなくこの場所から立ち上っていたものだ。
あれはまるで、迸るほどの強大なエネルギーが行き場を失い、制御できずに漏れ出したような、そんな光だった。
遠目から見て、その光の中には落雷を思わせるような雷の粒子が弾けたようにも見えた。
しかし、雨雲すら見当たらない空模様に落雷とはどうも考えにくい。
だとするとあれはやはり、僕の目が見たただの錯覚だったということなのだろうか?
事実、こうしてその現場までやってきても、僕の目には何一つ変化のようなものは見つけることができない。
廃工場周辺は危険防止のために高い塀が取り囲んでいるし、唯一塀のない正面ゲートにも同等の高さを誇る鉄柵が聳え立っている。
確かに、無理をすればよじ登るくらいのことはできそうにもないけど……。
僕は数歩ほど歩き、正面ゲートの鉄柵を見上げた。
高さはおよそ三メートルちょっと。
踏み台になるようなものが何か一つあれば、確かに乗り越えることはさほど難しくはないようだ。
すると案の定、付近の電信柱の陰に隠れるようにして、高さ五十センチほどのコンクリートの塊が転がっていた。
こんな風に隠されているということは、もしかしたら誰かがこっそりと中に入って遊び場にしているのかもしれない。
小学生とかならよく考えそうなことだ。
そうは思いつつも、僕はそのコンクリートをずるずると引っ張り出す。
もちろん、この塀を越えて中に進入するためだ。
ここまでやってきて、中途半端で戻れるわけがない。
せめて何もないことを自分の目で確かめないと、僕だって納得がいかない。
コンクリートを踏み台に、僕はその上に乗る。
足場の安定を確認して、そのまま垂直とびの要領で鉄柵の一番上に手を伸ばし、掴もうとしたところで……。
――バチンと、僕の手は見えない何かに弾かれた。
「な……」
何が起きたと呟く前に、僕の体は背中から地面に向けて落下し始めていた。
慌てて足を伸ばし、どうにか難を逃れる。
弾かれた右手が、ビリビリと麻痺しているかのように痺れていた。
今のは一体、何だったんだろうか?
まるでスタンガンを浴びせられたように、僕の手が弾かれた。
まさか本当に、侵入者防止対策用に見えない電流でも流れているとでもいうのだろうか?
いや、さすがにそんなことはないはずだ。
この手のトラップは、ノンフィクションの世界でだけ許されている特許みたいなものだ。
少なくとも、こんな日常しか溢れていない場所にあるわけがない。
だとすると、今の現象は一体何だったというのか。
僕は地面の小石を一つ拾い上げ、それをゲートの上を越えるように軽く放り投げた。
何もなければ、小石はそのまま鉄柵の向こう側に落ちて転がるだけのはずだ。
だが……。
バチンと、再び稲妻のような青白い閃光が走り、放られた小石は黒コゲになるどころか消し炭のようにその場から消滅していた。
「……ど、どういうこと……」
石一つを消し炭にするほどの電流なんて、一体何ボルトだ?
いや、そもそも僕は、どうしてそんな電流の中に手を突っ込んで、痺れたくらいですんでいるんだ?
今のを見たら、僕の体だって黒コゲになっていてもおかしくなかったはずなのに……。
それに、今の青白い稲妻。
あれは確か、僕が窓越しに見たあの落雷のようなものとそっくりだったような……。
訝しげに、僕は鉄柵の上を見る。
そこに電磁波を思わせるような火花は何一つ見えない。
どういう仕掛けなんだ?
っていうか、そもそもこんな仕掛けあっていいのだろうか?
こんなんじゃ、ちょっとした好奇心で鉄柵をよじ登った人は例外なく感電死してしまうことになる。
いくら立ち入り禁止区域とはいえ、そんな仕掛けを施す理由はないはずだ……。
と、僕がそんなことに考えを巡らせた、次の瞬間。
――目には見えない、しかしはっきりと聞こえる爆音が鳴り響いた。
「……!」
僕は咄嗟に頭上を見上げる。
すると、鉄柵の上、あの正体不明の電流が流れるその場所に、ポッカリと丸い穴が開いていた。
そして僕の耳に届いた爆音は、確かにその中から聞こえていた。
まるでそれは、結界に穴が開いたかのような図だった。
バチバチと、雷の粒子が青白い稲光を絶え間なく放っている。
開いた穴は、ちょうど人一人が通り抜けられるくらいの大きさで。
その穴は徐々に収縮し、少しずつ小さくなっていく。
それを見た僕の行動は早かった。
コンクリートの足場を勢いよく踏みつけ、跳躍の勢いを殺さずに鉄柵の上にしがみつく。
懸垂の要領で体を持ち上げ、そのまま閉じていく穴の中に転がり込むようにして体を潜らせた。
不思議なことに、電流は僕を襲うことはなかった。
僕の体は鉄柵を超え、どうにか工場の敷地の中へと到着する。
柵の外と同様に、敷地の中もシンと静まり返っていた。
限りなく無音に近い夜の静寂が、逆に僕の耳には聞こえないはずの音を届けているようにも感じ取れる。
だがそれは、勘違いであると。
僕はすぐに気付かされる。
「……?」
霧が晴れるように、僕の目の前の景色が変わっていく。
そう。
最初からここは、静寂など存在してはいなかった。
僕はただ、目の前に広がる濃すぎた霧に夜の暗さを照らし合わせ、ここが何事もない静かな場所だと勘違いしていただけだった。
だから、実際のこの場所は。
それとは、本当に正反対。
霧が晴れていく。
いや、それは霧なんかじゃない。
思い出せ、一瞬前の出来事を。
僕の耳に届いたその音は、どんな音だった?
紛れもなくあれは、何かがぶつかり合い破壊される、爆音だったはずだ。
つまり、この、霧のようなものは……。
「……ゲホッ!」
僕は咳き込んだ。
霧で咳き込むわけがないので、これは霧ではない。
僕の視界を覆い尽くすほどのそれは、煙だった。
いや、もはやそれは煙の領域をはるかに超えている。
それらは幾度となく破壊と衝突を繰り返した結果現れたもの。
地面を抉り、壁や天井を瓦礫と化し、想像を絶するほどの膨大な量のエネルギー同士がぶつかり合った結果だ。
黒煙が晴れ、僕の視界は一転した。
ゆらりと揺れる、それはまるで夏の陽炎のようだった。
燃え盛る炎の海が、僕の目の前に広がっていた。
そしえその、猛るように燃える炎の中に……。
――三つの人影が、二対一でにらみ合うように立ち尽くしていた。
「ったく、いちいちチョコマカとウザイったらありゃしないんだから」
「減らず口を叩く暇があったら、さっさと終わらせますよ。些か時間がかかりすぎてしまってます」
「分かって……」
青年の言葉に促されるように、少女は地を蹴って空を舞う。
空中でその手を天高くかざし、人差し指をさらに突き上げる。
瞬間、その指先に青白い閃光が集束してバチバチと稲光を上げた。
まるで少女の指が避雷針であるかのように、いくつもの雷がそこへ集う。
「ますよっ!」
そうして勢いよく振り下ろされた指先。
白光した稲妻が、まるで矢のような鋭さと音速を思わせる速度で夜の闇を切り裂きながら放たれた。
狙い定められたのは少年の影。
目で見てからでは決して避けられないであろうその稲妻の一撃を、しかし少年はいとも簡単に避ける。
狙いを削がれた稲妻の矢は、そのまま何もない地面の上を根こそぎ削り取るように掘り進み、やがて空気に溶けるように消滅する。
「もいっちょ!」
としかし、少女の攻撃はまだ終わらない。
予め一撃目は回避されると読んでいたのか、少女の二撃目はもう片方の手の指先から放たれた。
一撃目と同じく、稲妻の矢。
しかし、今度は数が三つ。
正面と左右の三方向から、再び音速の雷光が少年を襲う。
三つの矢はそれぞれに微妙な速度の差を持っており、三つを同時に回避することは不可能に等しい。
ゆえに、少年の回避行動はいくらか限られたものになってくる。
最速の矢は正面から、次いで左の矢、さらに右の矢と続く。
つまり、初撃は右方向に回避しなくては二撃目を回避できない。
少女の頭の中の設計図どおりに、少年は初撃と二撃を最小の動きで回避するため、体がやや右方向に傾く。
その隙を、青年が見逃すはずがなかった。
「そこまでですよ」
低く冷たい声。
少年の背後に先回りしていた青年は、少年の足元の地面に向けて掌を叩きつける。
瞬間、少年の足の動きが止まった。
地面が抉れたわけではない。
少年の足が、地面に繋ぎ止められてしまったのだ。
青年の操る水の力によって、少年の足と地面は氷付けにされて固められていた。
思わずたじろぐ少年。
青年の力が水に属するものだとは知っていたが、まさか氷まで操れるとは想定外だった。
しかし、考えてみればそれはおかしなことではない。
水の状態変化を考えれば、それは至極当然のことなのだから。
水はあくまで液体の状態であり、個体に変化させれば氷になるし、気体に変化させれば蒸気にもなる。
「チッ、原子分解から状態変化までできやがんのかよ。鬱陶しいことこの上ねーな、おい」
舌打ちしながら、少年は足元の氷を憎らしげに見る。
「お褒めに預かり光栄ですね。言っておきますが、その氷はそう簡単には砕けませんよ? 密度を調整して、空気の入り込む隙間をゼロに
してありますからね」
「そいつはどうも。丁寧な解説、感謝しますよお兄さん」
「いえいえ。どうせ今から消す存在ですしね。最後に講義くらい、お安い御用ですよ」
変わらない口調でそう言うと、青年はご覧くださいと言わんばかりにその方向を指差した。
少年の視線が移る。
その視線の先に、今まで以上に集束する強大な稲妻の矢が待ち構えていた。
「……コイツはちょっと、シャレにならんのじゃないの?」
「ええ。こちらは大真面目ですから」
冗談めいて言う少年に、青年はあっさりと返す。
「ナーイスアシストよ、メガネ君」
「……次にそう呼んだら、氷付けにしますからね」
言われて、青年は少し眼鏡を押し上げた。
「さっさとやってください。私はもうゆっくり寝てしまいたいんですよ」
「分かってますって。トビッキリの一撃で跡形もなく消し飛ばしてやるんだから」
少女の両手に集まった雷のエネルギーの集合体が、まるで飴細工のように見る見る形を変えていく。
左手には、しなやかに描く曲線に細い一本の弦を持つ弓。
右手には、槍さえも思わせるほど鋭いの切っ先の一本の矢。
青白い火花を散らしながら、少女が弓矢を構える。
矢を弦にかけ、ギリギリと引く。
「とっておきよ。冥土の土産に覚えておきなさい」
その言葉に、青年はその場を素早く離れた。
的である少年の付近にいては、巻き添えで青年までもが殺されかねないからだ。
それだけの威力が、少女の一撃にはある。
やがて少女は、詠う様に言葉を紡いだ。
「――紫電の光よ、我が元に集え。音速の名の下に、眼前の敵を消し去れ。我、射手座の名の下にこの矢を放たん…………」
稲光が強さを増す。
矢の先端に、更なる力が加わった。
「こ、れ、で。おっしまい!」
一際強く矢が引かれ、刹那の後に矢は射られた。
「――サジタリウス・グングニル」
轟、と。
空気さえも切り裂いて、音速を超えるほどの速度の矢……いや、槍が放たれる。
少女と少年、両者の距離は実に二百メートル以上もあったが、音速を超える速さの前ではそれすらもゼロ距離に等しい。
まさしく一瞬の後に、放たれた紫電の槍が少年の体を呑み込むように貫いた。
その光景を、僕はただ立ち尽くして眺めていることしかできなかった。
一体これは何なのか。
目の前で起こっていることが何なのか、僕には到底理解できるものではなかった。
「……何、これ? あの人達、本当に人間なのか?」
呟くように出した声は、ずいぶんと枯れていた。
それだけ目の前で起こったことが衝撃的だったということだろう。
一人は雷をバチバチと飛ばすし、一人は何もない地面をいきなり氷付けにするし、一人はいつのまにか殺されてしまっていた。
一体これは、何なんだ?
映画のロケ?
でも、スタッフいないよね?
じゃあ、これは何?
何かの実験?
ああ、もう、本当に何がなんだかわけが分かんない。
僕は混乱する頭を抱えながら、それでも目の前の光景から目が離せなかった。
けれど、それがいけなかったのかもしれない。
「……おや?」
ふと、青年の方と目が合ってしまった。
遠目だけど、ずいぶんと背の高い男の人だった。
服装は白いワイシャツに黒いズボン。
細身で眼鏡をかけ、その長い黒髪は首の後ろで一度束ねられているようだった。
目が合っただけなのに、僕は心臓が跳ね上がり、背筋に寒気を覚えた。
当たり前だ。
どういう理由か知らないけど、この人はたった今僕の目の前で人を一人殺すことに手を貸していた人物だ。
得体の知らないという恐ろしさよりも、僕は自分までも殺されてしまうのではないかという恐怖に怯えずにはいられない。
「飛鳥、ちょっといいですか?」
青年は一度僕から視線を外し、自分の背後にいる少女の名前を呼んだ。
「ん? 何よ?」
呼ばれて振り返った少女が、同時に僕の存在にも気付く。
その表情はわずかに驚いているようだが、すぐに厳しい表情へと変わっていった。
少女は青年に比べるとずいぶんと小柄で、服装もダブダブしたパーカーにプリーツスカートという、一見珍しくもない格好だ。
目立つのは、まるで月のように透き通った金色を思わせるその髪。
ショートのボブカット位の長さのそれが、夜風に揺れてうっすらと輝いていた。
二人は足並みを揃えるようにして、一歩また一歩と僕の方へ近づいてくる。
その様子に、僕は危機感を覚えずにはいられない。
どういう理由だろうと、この二人はたった今僕の目の前で人を一人殺しているのだ。
警戒するなというのが無理な相談だった。
僕は無意識のうちに、一歩後ずさりをしてしまっていた。
しかし不思議なことに、もうそれ以上足に力がはいらない。
中途半端な姿勢で、僕はやってくる二人を待っていた。
恐怖と混乱が同じくらいに渦を巻く。
僕は、殺されてしまうのか?
……冗談じゃない。
何も分からないまま、何も知らないまま殺されるなんて、まっぴらゴメンだ。
だけど、だったらどうする?
きっと僕は、この二人から逃げ切ることなんてできっこない。
今だってもう、体が全然動いてくれないんだ。
どうすれば、どうすればいい……。
――我に身を委ねよ。力を求めよ。
え……?
また、その声が聞こえた。
――力が欲しいのだろう? ならば、我を受け入れよ。さすれば我は、何時如何なるときも汝の力となろう。
僕は、その言葉に……。
微かな可能性を信じて、ポケットの中に手を入れた。
僕のその仕草に、向かってきた二人がわずかに歩みを緩めた。
恐らくは警戒したのだろう。
二人から見ても、僕という存在はこの場には限りなくイレギュラーだったはずなのだから。
そして僕は、それを取り出した。
手の中で鈍く光る、銀の指輪。
「……っ、それは」
「まさか、アンタも……?」
二人が口々に何かを言うが、僕はそんなことを気にも留めない。
ただ、自然に。
何も考えずに、僕は……。
――その指輪を、右手の中指へと導いた。