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LinkRing  作者: やくも
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Episode26:途切れた記憶のカケラ


「……じゃあ。私。こっちだから」

 並んで歩き始めた道の途中、二つ目の分かれ道で」かりんはそう言った。

「あ、途中まで送ろうか?」

「……いい。大丈夫。ヤマト。私だって。子供じゃない」

 どう見ても外見は子供そのものなのだが、ここはあえて何も言わないでおこう。

「じゃあ、気をつけて」

「……うん」

 それだけの簡単な会話を済ませて、僕とかりんはお互いに背を向けた。

「……あ」

 としかし、後ろ髪を引くようなかりんの小さな呟きは、しっかりと僕の耳にも届いた。

 僕は無言で背中を振り返る。

 すると、案の定そこには同じように振り返って立ち止まるかりんの姿があった。

「どうかした?」

「…………」

 僕がそう声をかけても、かりんは最初黙ったままだった。

 そのままわずかに沈黙が流れた頃、ようやくかりんはその小さな口を開いた。

「……ヤマト。また会える?」

「え……」

 僕はその言葉に二つの意味を想像した。

「……それは、また僕と戦うってこと? それとも、普通に……友達同士で会うみたいにってこと?」

「…………」

 僕の問いに、かりんはすぐには答えなかった。

 腕の中のクロウサにわずかばかりに視線を落とし、何やら言葉を探しているようだった。

「はぁ……。全く、かりんは舌足らずなんだからさぁ……」

 そんな様子に見かねたのか、クロウサが溜め息を吐きながらそう言った。

「よし。オイラが代わりに言ってやるよ」

「……クロウサ」

 かりんはそう呟くと、腕の中で抱いたクロウサの視線を僕の方へと向けた。


「すまないな、ヤマト。かりんは昔からこうなんだ。さっきも言っただろ? 人見知りで照れ屋なんだって」

「いや、別に気にしてないよ」

「ならよかった。で、まぁ簡単な話、かりんはもうヤマトとは戦いたくないわけだ。ってことは、ヤマトもかりんの言葉の意味は分かるだろ?」

「……じゃあ、後者の方でいいんだね?」

「もちろんさ。騙し討ちなんて卑怯な真似はしないし、オイラがかりんにさせないさ」

 何となく偉そうに、しかしクロウサははっきりと言い切った。

 もちろん、僕は最初からかりんの言葉の意味は理解していたつもりだった。

 それでもやはり最低限の警戒を怠るわけにはいかず、念のため聞き返したわけだ。

「……うん、分かった」

「……本当?」

 僕の言葉に、わずかに目を丸くしてかりんは聞き返す。

「うん」

「……ありがとう。ヤマト」

 そう呟いたかりんは、小さくも確かに微笑んでいた。

「じゃあな、ヤマト。また会える日は。きっとそう遠くはないだろう。少なくとも、次に会うときは敵同士として争うことはないんだ。オイラもその日が来るのを、心待ちにするとするよ」

 最後のクロウサがそう言って、かりんは音もなく静かに立ち去っていった。

 道の向こうに、その小さな人影がさらに小さく遠ざかっていく。

 結局、かりんはその後一度も振り返ることはなかった。

 が、それでも僕は、その後姿が見えなくなるまでずっと、その場でその背中を見送っていた。


 その後の僕は本当に大変だった。

 まず、どうのか学校まで戻ってきたものはいいものの、時刻はもう間もなく放課後を迎えようというそんなときだった。

 潜むように昇降口を抜け、静かに保健室の扉を開けたところで、僕の命運は尽きたのだろう。

「コラ! 一体どこへ抜け出してたの!」

 開口一番、保険医の先生……生島晴香いくしま はるかは僕に怒鳴りつけた。

 無理もない、それは当然のことだ。

 具合が悪くて保健室で休んでいたのに、まだか学校を抜け出しているとは誰が思っただろうか。

「……すいません」

 と、僕はただただ頭を下げて謝るばかりだった。

 しかし、いくら謝ったところで先生のお説教の嵐は止まることを知らない。

 小鳥のさえずりのようにそれはキリがなく、普段からたまってるストレスまでまとめて僕にぶつけられているんじゃないだろうかと思うほどのものだった。

「……ハァ、呆れた。まぁ、とりあえずは無事でよかったわ」

 と、ようやく先生が息をついて椅子に腰掛けたのは、実に十五分にもわたる一方的な喋りが終わった頃だった。

「……すいません」

 僕はその言葉の嵐でもはやコテンパンにされ、反論など一度もできなかった。

 もっとも、この場合は学校を抜け出した僕が百パーセント悪いわけで、先生が怒り狂うのは当然のことなのだ。

 それでもどうにか、僕が学校を抜け出していたことをごまかしきれたのは不幸中の幸いだった。

 とりあえず僕は、昼休みの最中に保健室を抜け出し、今の今まで屋上で言え無理をしていたという言い訳で、先生は呆れながらもその事実を認めてくれた。

「何を考えてるのよ、君は。あんな真っ青な顔で朝にやってきたかと思えば、呑気に屋上で昼寝だなんて……」

「……はい」

「言ってみれば、今朝の君はまるで死人の顔してたわよ? 全く、あんな体で登校してくるのが不思議で仕方ないわ」

「……はい」

「このことを、担任の岡崎先生が知ったらどう思うでしょうね……」

「……勘弁してください」

「…………」

「…………」


 結局その後も、二言三言僕と先生の小競り合いは続いた。

 とはいえ、僕が一方的に謝罪を繰り返すばかりなのだが。

 と、そんなときだった。

 間合いを計ったかのように、ちょうどいいタイミングで授業終了を告げるチャイムの音が響いた。

 思い返せば、結局僕は今日一日を一つの授業も受けずに過ごしてしまったことになる。

「……まぁいいわ。今回のことは内密にしておいてあげる。なんだかんだで、私も午後は来客の対応でまともに様子を見に来れなかったわけだしね。私にも多少の責任はあるわ」

「……すいませんでした、先生」

「いいわ。私も少し、強く言い過ぎたから。それで、どうなの? 体の方は……」

「あ、はい。今はもうすっかり……」

 そう答えかけて、僕は先生の目が見る見るうちに変わっていくのに気付いた。

 その視線を追うと、先生の目は僕の左手の一点をジッと見つめていることが分かった。

 そして僕は、今更ながらにハッとなった。

 そうだ、今僕のワイシャツの袖口の部分には……。

「……あ、これはその……」

 言って隠そうとしたところで、すでに手遅れだった。

 目つきを真剣なものに変え、先生は僕の腕を引っ張るように取った。

「……どうしたの、これ?」

「……それは」

「……これ、血よね?」

 僕の左腕を掴み上げ、先生は言った。

 僕のワイシャツの左の袖口の部分には、今も真っ赤な血の跡がこびりついたままだった。

「…………」

 先生はそのまま無言で、僕の袖を捲り上げた。

 しかし、僕の腕に傷跡などはあるはずもない。

 当たり前だ。

 この血は、僕の口から吐き出されたものを拭った、その後に付いたものなのだから。


「これ、どうしたの?」

「……それは、その……」

「……言いたくないの? それとも、言えないの?」

「……すいません」

 答えになっていなかったと、自分でもよく理解していた。

 だから結局、僕の口から出る言葉は謝罪の言葉でしかなかった。

 先生の目つきは真剣そのものだ。

 本気で僕の身を案じてくれていることはよく分かる。

 しかしそれでも、僕は本当の理由を話すことはできない。

 いや、話したところで信じてもらえはしないだろう。

 だって僕が話すことは、全部ファンタジーの世界の中のことなのだから。

 それに、万が一信じてくれたとしても、それはそれでまた一人無関係な人を巻き込む結果に繋がってしまう。

 それだけはできなかった。

「……本当に、何でもないんです。ほら、怪我だってしてないし……」

 自分で言っていてわざとらしい。

 嘘をつくということは、こんなにも息苦しいことだっただろうか。

「…………」

 先生は僕の目を見たまま、一言も発さなかった。

 視線が痛い。

 すぐにでも目を逸らしてしまいそうになるのを、僕はどうにか堪えていた。

 僕の腕を掴む先生の手が、わずかに痛い。

 それが先生の中の苛立ちなのか、それとも別の何かなのかまでは僕には分からない。

 ただ、今確実に、僕は僕の身を案じてくれた人を騙している。

 それにはちゃんとした理由があった。

 巻き込みたくない、巻き込むわけにはいかないという理由が。


「……本当に、どこも怪我してないのね?」

 しばらくして、先生はまるで自分自身に言い聞かせるような低い声で呟いた。

 僕はその言葉に答えることができず、ただ黙って首を縦に振った。

「……そう」

 それだけ言うと、先生はどこか悲しそうな寂しそうな、そんな曖昧な表情で僕の腕を掴む手を離した。

「……体が大丈夫なら、もう帰っていいわ。岡崎先生には、私から伝えておくから」

 先生は背中越しにそう語る。

 僕はなぜか、その場に置き去りにされてしまったような妙な感覚に囚われながらも、何も言い返すことはできなかった。

「……すいません、先生」

「…………」

 やはり、先生も何も言わなかった。

 僕はさっきまで自分が寝ていたベッドの脇に置かれた鞄を手にして、すでに放課後の始まった校舎を後にすることにした。

 窓越しにグラウンドを見ると、一足早く陸上部の面々がグラウンドの整備を行っていた。

「黒栖君」

 僕が保健室を出ようとすると、先生が呼び止めた。

「はい……」

「言いたくないのなら、私はもう何も聞かない。けれど、ちゃんとお礼くらいは言っておくべきよ?」

「あ、はい。ありがとうござい……」

「違う違う。私じゃなくて」

「……え?」

「えって、君、本当に何も覚えてないの?」

「……あの、どういうことですか?」

 僕は先生の言っている意味が分からなかった。

 てっきり、私に感謝しなさいとか、そんな意味合いなのだと思ったのだが……。


「今朝、君が保健室に来たときに、一緒に付き添ってくれた子がいたじゃない。その子にお礼を言っておきなさいって、そういうことよ」

「……付き添ってくれた子?」

 それは、一体、どういうことなのだろう?

「ま、待ってください先生。先生、さっき言ってたじゃないですか。僕は一人で保健室にやってきたって」

「保健室に入ってきたのは君一人よ。だから、その前の廊下までは、彼女と一緒だったじゃないの」

「……彼女?」

 ふいに、僕は直感的にその人物を予想してしまう。

 いや、まさかそんなはずは……。

「えーっと、彼女、名前何だっけな……あ、そうだそうだ。確か……」

 その先に続く言葉を。

 その人物の名前を。

 僕は、聞いて、知って、いいのだろうか?

 しかし僕の中の葛藤は虚しく、先生の一言でそれはまさしく現実となる。


 「――坂城さんだっけ? 彼女、心配そうに君を見てたわよ?」


 それは。

 どんな音の始まりだったのだろうか。

 また一つ、見えない波紋がどこまでもどこまでも広がり始めていた。




「だーっ! クソッタレが!」

 怒鳴り散らすように、竹上はデスクの上に書類の束を叩き付けた。

「物に当たらないでください、竹上さん」

「そうですよ警部。これじゃただの八つ当たりにしか見えませんよ」

「だーっ! ウルセェ! 八つ当たりの一つもしたくなるってモンだろーが!」

 静止する氷室と部下の万代の言葉をそのまま無視して、竹上は七本目のタバコに火を点けた。

 いかにもイライラが納まってないといった感じで、竹上の目の前にある灰皿には吸殻が山のように積みあがっている。

 かれこれもう三時間ほどになるだろうか。

 ここ最近で急激に増え始めた原因不明の火災について、三人は待合室の一角で議論を繰り返していた。

 世間一般では火の元の不始末が招いた事故と認識されているこれらの事件だったが、竹上はそうは思っていない。

 物的な証拠仮名の一つないこの状況下で、憶測だけで事件の調査を進めるのは刑事として愚行かもしれないが、それで長年この職業を続けてきた竹上の経験と勘がこう言っている。


 ――この事件は、ただの火事ではなく放火である、と。


「やれやれ。ここまで何もないとすると、手詰まりも仕方ないですよ、竹上さん」

 氷室は目を通していたファイルをデスクの上に戻し、嘆息と共にそう呟いた。

「アホぬかせ。仕方ないで済んだら警察はいらねーんだ」

 煙を思いっきり吐きながら、竹上は言う。

「しかし警部、これは本当に放火なんでしょうかね?」

 と、同席している万代も訝しげな表情で聞く。

「警部の言うとおり、仮にこれらの事件を放火だと仮定すると、今までの一連の火事は全部同一犯の犯行ということになるんでしょうか?」

「いえ、私はそれは違うと思います」

 と、氷室が口を挟む。

「恐らくですが、竹上さんが放火と睨んでいる事件は最近の二つだけでしょう。つまり、森林公園の炎上と、その前のアパートの全焼事件です。そうですね、竹上さん?」

「……ああ、その通りだ」

 氷室の問いに、竹上は一度だけつまらなそうに舌打ちしながら答える。

 タバコの火を揉み消し、後ろ髪を掻き毟りながら竹上は続ける。

「あのアパート全焼事件以前の小さな火事は、ありゃ全部火の不始末とかボヤとか、ようするに人為的な行動で起こったもんじゃない。調査の結果にも頷ける。だがな、あのアパートの火事と森林公園の炎上。これだけは確実に放火だ。間違いない」

「……そりゃ、俺にだって森林公園の炎上は明らかに放火だってのは分かります。けど警部、どうしてアパート全焼事件まで、人為的なものだと断言できるんですか?」

「……万代、そもそも火事ってのはどうして起こるか、分かるか?」

「どうやってって……そりゃ、まずは火が点くことから始まるんじゃないですか? それで、次々と燃えるものに広がっていって、最終的には家丸ごとが……ってな具合で」

「違う。もっと根本的な部分の問題だ」

「根本的って、どういう……」

「おいおい、小学生の理科だぞ……」

 ウーンと、万代は首を傾げる。

 代わりに答えたのは、隣に座る氷室だった。


 「――酸素。もとい、ある程度乾いた状態の空気、ですね?」


「あ……」

 と、言われて気が付いたのか、万代はやや目を丸くした。

「そういうことだ。まぁ、確かに雨が降ってても火事は起こるけどな。それにしたって、今回のは自然とはとても言い難い」

 言うなり、竹上は一つのファイルを万代に手渡した。

「これは?」

「いいから、中見てみろ」

 言われるがままに万代はファイルを開く。

 が、そこにあった書類は万代の目には何がなんだか分からないものだった。

「……何ですか、これ?」

「アパートが全焼した事件のあった日の、一日の天気と気温の変化を表した表だ。気象庁に取り合って、作ってもらった」

「はぁ……」

 万代はもう一度ファイルに目を落とす。

 文字よりも図形が多く、グラフなどが多く使われていた。

「けど、これが何だって言うんですか?」

「アホ。何を聞いてたんだお前は。いいから黙って、そのグラフから事件当時の天気や湿度を読み取ってみろ」

 食い入るように、万代はグラフに目を向ける。

 正直、万代は理数的な分野が得意ではない。

 自他共に認める根っからの文型だ。

 しかしそれでも、万代はある事実に気付く。

 あまりにもそれは分かりやすく、逆に見落としてしまいそうなほどだった。


「あ……警部、これってつまり……」

「そういうことだ」

 氷室は万代からそのフィイルを拝借し、確認するかのように目を通した。

「……なるほど。竹上さんがこだわった理由も、これなら分かる気がしますね」

 事件当時、時刻はちょうど夕方に差し掛かった頃だった。

 そして同時にその頃、天気は急な下り坂に向かっていた。

 雨に至ることはなかったものの、空は厚い雲で覆われ、気温もそれに伴って冷え込みを見せていたという。

 通常であれば、空気が乾燥する季節は主に冬であり、その手前とも言うべき今の時期は、空気が乾燥していてもおかしくはない。

 しかし、事件当時はたまたま天気が下り坂に入り、湿度も高くなっていたのだ。

 湿度が上がれば、乾燥した空気も少なくなる。

 つまり、自然と火の手は上がりにくくなるはずなのだ。

 にもかかわらず、火災は起きた。

 それも、アパートを丸々全焼させるほどの大火事だ。

 これがボヤ程度のものだったら、竹上もここまで執拗に疑って掛かることはなかっただろう。

「全焼はいくらなんでもありえん。色々なデータを集計してみたが、あんだけ大きな火事には伸びないはずなんだ」

 八本目のタバコに火を点けて、竹上は言う。

「まだ何ともいえない部分は多々あるが、少なくともこれは自然発生した火事じゃない。それだけは断言できる」

「……それは、そうですが……」

 万代はまだ何か言いたそうだったが、明らかに機嫌の悪い竹上の横顔に怯え、それ以上口出しすることはなかった。

「……なぁ、名探偵よ」

「……ですから、その呼び方はやめてくれと何度も言ってるじゃないですか」

「お前さん、実はもう事件の手がかりの一つや二つは握ってるんじゃないのか?」

「……なぜですか?」

「……いや、根拠はないさ。ただ、お前さんがアパートを立ち去った後に言っていたあの言葉。もう火事は起きないと思うって、あの言葉だ。しかしその夜に、続けざまに今度は森林公園が炎上した。それがちょいと気になってな」

「……考えすぎですよ、竹上さん。私はただ、竹上さんがそこまで核心をついているのなら、もう事件は起こらないだろうと、そう思ったからああ言っただけのことです」

「……本当にそうか?」

「ええ、そうですよ」

「…………」

「…………」


 そのまま氷室と竹上は、睨み合うというには毒のない視線同士でぶつかり合っていた。

 その様子に、万代はどこか萎縮したように肩身の狭い思いをしていた。

「……まぁ、今はそのことはどうでもいいか」

 半分も味わっていないタバコを揉み消して、竹上は席を立った。

「長く付き合わせたな。どうだ? 晩飯ぐらいなら奢るぞ?」

「いえ、今回は遠慮しておきます。酔いに任せて詰め寄られても困りますからね」

「チッ、勘がいいんだか、単に用心深いんだか」

「両方、ですよ。職業柄、どすいてもね。それは竹上さんも、お互い様でしょう?」

「……そいつは違いないな」

 そう答えて、竹上は小さく笑った。

「おい、万代。名探偵さんを外まで送って差し上げろ」

「え? ああ、は、はい」

 やれやれと、氷室は口に出さずに溜め息をついた。

 とにもかくにも、まだまだ調べることが多そうだ。

「一つでも厄介なのに、二つとはね。先行き不安ですよ、全く……」

「え? どうかしましたか?」

「……いえ、何でもありません」

 苦笑を噛み殺して、氷室は待合室を出た。

 日暮れにはまだ早く、しかし昼はとっくに通り過ぎている曖昧な時刻だった。

 街並みはどこか静かで、しかしいつもと何も変わらないままでいる。

 逆に、それが嫌な空気だった。

 何か起こるとすれば、こういうときに他ならないことを、氷室は本能的に感じ取っていた。



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