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LinkRing  作者: やくも
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Episode19:彼の風景


 僕は今、すっかり日が暮れた夕方の街を歩いていた。

 足取りは決して軽いとも重いともいえなかったが、内心にいくつかの不安が渦を巻いているのは確かだった。

 結論から言うと、氷室はまだしばらく様子を見るべきだと判断を下した。

 昨夜の火事があくまでも誰も巻き込まないものだということは、それはその人物なりのアピールということも考えられるからだそうだ。

 要するに能力による何らかの被害を出して、他の能力者達の反応を確認しているということなのだろうか。

 それにしたって公園一つを丸々焼け野原にすることもないだろうと、僕は思う。

 とまぁ、そんなことをいくら考えていたところで、肝心要のもう一人の炎使いの姿形は何一つ分かりはしないのも事実だ。

 僕達が遅れを取っているわけではないのに、どこかで出遅れ感を感じてしまう。

 とはいえ、こちらから探して接触するのは得策ではないだろう。

 特に僕の場合は、いざ戦いになったら勝つことなどもってのほか、逃げおおせることも難しいだろう。

 だから一日も早く、時運の風の力をある程度まで使いこなせるようにならなくてはいけないのだが……。

「大和、気持ちは分かりますが、焦りは禁物です。特にあなたの場合、自分の肉体の限界を超える力……要するに許容量をはるかに超過するほどの力が流れているように思えます。しかも、それほどの力であってもまだ力は一部ほどしか解放されていない。もしもあなたが今のままの状態で全能力を開放すれば、間違いなくあなたの肉体が崩壊します。ですから、焦らないでください。大丈夫です。少しずつではありますが、あなたは力を吸収しつつある。今はまず、その感覚と呼吸を全身で感じ取ることが重要です」

 というのが氷室から言われた言葉だった。

 それは正論ではあると思うし、事実として僕はその言葉に反論する言葉を持っていなかった。

 そう、頭では分かっているつもりなのだ。

 ただ……。

「……やっぱり、このままじゃダメだよな……」

 僕は呟く。


 確かに僕は、まだ自分の力を丸っきりコントロールすることができない。

 言わば未熟者だ。

 だったら、未熟者なりに早くコツを掴もうとすることはいけないことなのだろうか?

 氷室から言わせれば、それこそが焦りということになるのだろう。

 けれど、僕だっていつまでも守られるだけの立場でいるわけにはいかない。

 事実として、先日の炎使いの少年との戦闘において、僕は飛鳥の足手まといにしかなっていなかった。

 結果、短期決戦を急いだ飛鳥は手の内を見透かされ、その身を危険に晒してしまった。

 それは誰でもなく、僕のせいだ。

 能力者としての覚醒から日が浅いとかそういうのは、結局は僕の中での甘えごとだ。

 僕は少しでも強くならなくちゃならない。

 せめて、自分のことを自分で守り通せるくらいには……。

「それができれば、苦労しないんだけどな……」

 ハァと、僕は大きく溜め息を吐き出す。

 いくら頭ではそう思っていても、結局はどうにもならないことというのは世の中に腐るほどあるものだ。

 僕は指の中の『Ring』に目を落とす。

 昨日僕が意識を失ってからもうすぐ丸一日が経とうとしているが、あれっきり何も呼びかけのような声は聞こえない。

 今朝になったら、体中の筋肉痛も完全に引いていた。

 つまり、風の力そのものはしっかりと機能しているということになる。

「……シルフィア?」

 ふと、僕はその風の名前を呼んでみた。

 しかし、返事はない。

 答える代わりに、冷たい木枯らしが一つ、僕の目の前を通り過ぎていった。


 そしてどういうわけか、僕はそのままの足でデパートの地下食品売り場にやってきていた。

 それはというのも、母さんからの電話で買い物を頼まれたからだ。

 しかしまぁ、何と言うか……。

「さすがに混んでるな……」

 当たり前だが、平日の夕方ともなれば雄藩の献立を考える近所の奥様方でこの場所は大いに賑わう。

 さながらにそれは早朝の満員電車を思わせる客足っぷりで、僕は買い物かごを片手に人の波を掻き分けながら進んでいた。

「えっと……」

 僕は携帯のメモ帳画面を開いて、母さんに頼まれた品物を確認する。

 台所用洗剤とゴミ袋、それにおそらく今夜の献立になるであろう豚肉とほうれん草。

 僕の買い物かごの中には、すでに台所用洗剤とゴミ袋は確保済みだ。

 人波を掻き分けてどうにか野菜売場にも到着し、ほうれん草も無事に入手。

 さて、残るは豚肉だけなのだが、なんというか、この日は本当にタイミングが悪かったようだ。


 『皆様お待たせいたしました。ただ今よりお肉売場で、タイムセールスを開始します。個数に限りがございますので、ぜひお早めにご利用くださいませー』


 などという店内アナウンスが流れたと思ったら、直後に大勢の客足が肉売場へと集中した。

 何もこんなときにタイムセールスを開始しなくたっていいじゃないかと、僕は内心でグチをこぼす。

 しかしまぁ、急がなくては肝心の豚肉はあっという間に売切れてしまう。

 どの道買うものなら、安いに越したことはない。

 というわけで、全く気乗りはしなかったが、僕はさらに密度の増した人山の中に果敢にも身を入り込ませた。

 が、これは思った以上の難関だった。

 どこにそんな体力があるんだと思うくらい、ご近所のマダム達は実にパワフルだった。

 僕はもみくちゃにされるのを覚悟しながら、すでに満身創痍になりつつもその中を突き進んだ。

 そしてようやく僕の視界の中にパック詰めされた豚肉が見え、それに向けて手を伸ばし、指先がパックを掴んだところで……。


 ――全く正反対の方向から、もう一つの手が伸びて、僕と同じパックを掴んでいた。


「え?」

「あ?」

 と、僕の声ともう一人の人物の声は同時に発せられ、見事に重なった。

 僕は恐る恐る、その手の方向に視線を向ける。

 想像したのは、血管が浮き出るほどに必死な顔をした小太りの団地妻のような人物……だったのだが。

「…………」

 予想に反して、そこにあった顔は僕と同じくらいの年頃の少年のものだった。

 ただし。

「……何で?」

 と、僕はそう呟かずにはいられない。

 対して、その少年も口を開く。

「……ホンット、どういう偶然だよこれは……」

 呆れたようなそんな声で、溜め息混じりにそう呟いていた。

 僕と同じパック詰めに手を伸ばしていたのは、あの炎使いの少年だった。


 そしてさらにどういうわけか、僕は今、その炎使いの少年と共に同じ道の上を歩いている。

 しかも、並んで歩いている。

 僕達は互いの手に買い物袋をぶら下げており、会話らしいものは何もない。

 当たり前だ。

 ほんの一日前に命のやり取りに近いことをした相手に、気軽に話しかける言葉なんて僕は持ち合わせていない。

 だが。

 どうやらこの少年に、そんな理屈は通じないようだった。

「しっかし、ホントにどういう偶然なんだかね、これは。ここまでくるともはや運命的ってヤツですか?」

「…………」

 僕は答えない。

 聞こえる言葉は全てただの空耳だと割り切ることに決めた。

「って、男同士で運命的だなんて、それこそキモイな。そんなシチュはお呼びでないな、うん」

「…………」

「……なぁ、さっきから必要以上に俺のこと無視してねーか?」

「……別に」

「何だよ、そう緊張すんなって。安心しろよ、別に今から殺し合いを始めるってワケじゃねーんだからさ」

 そう言いながら、少年はアハハと笑っていた。

 本当に、緊張感のカケラも感じさせない。


「……あのさ、一つ聞いてもいいかな?」

「あん? 何だよ?」

「……その、どうしてそんなに気楽って言うか……楽観的、なの? 僕達、表向きはれっきとした敵同士だよね?」

「んじゃ逆に聞くが、アンタはどうしたいんだ? たった今この場所で、昨日の続きをやりたいっての?」

「……そうじゃないけど」

「だろ? あのな、昨日も言わなかったか? 俺は、ムダな殺し殺されってのはゴメンなんだ。戦うからには、それ相当の理由があるときだけだ。で、今はその戦う理由が俺には全くない。それとも、アンタにはあるのか? 俺と戦う理由が?」

「…………」

「ま、少なくともアンタにはないよな。あの雷使いとかだったら、問答無用で襲ってきそうだけどな」

「……君は、本当に……」

「ん? ああ、同じだよ。アンタ達と何も変わんねーさ。幸か不幸か、望んでもない力を手に入れた、哀れな子羊の一匹に過ぎない」

「哀れ……?」

「ああ、哀れだ。こんな力、俺は望んで手に入れたわけじゃねー。ただあえて言うなら、これも運命ってやつなんだろーな。だったら、抵抗するのもバカらしい。流れに流されて、行くとこまで行ったほうが楽そうだ」

 スラスラと少年は言葉を並べる。

 やけにスッキリとした口調で、聞いてる僕の方まで嫌な気持ちが吹き飛んでいくようだった。

「アンタはさ、どーなんだ? その風の力は、望んで手に入れたものなのか? 違うだろ?」

「それは……そうだけど」

「だったら、やっぱ俺もアンタも同じだよ。結局は運命の掌の上で踊らされてるだけの、駒の一つに過ぎねーさ」

「運命、か……」

「……だがな」

 と、少年の声のトーンがわずかに変わる。

「俺はただ黙って、運命とやらに従ってやるつもりは毛頭ない。むしろ逆に、運命さえねじ変えてやる。だからそのためには、この戦争に勝ち残らなくちゃいけねーんだ。だから俺は戦う。その先に、本当に俺が望むものがある限りはな」

「本当に望むもの?」

「ま、それは企業秘密だ。お? 知りたいか? その顔は知りたい顔だな?」

「……いいよ、別に」

「チッ、ノリが悪ーな」

「…………」

 どうしろって言うのだろうか。

 と、僕達は敵同士と言う立場にもかかわらず、そんなどうでもいい会話をしながら道の上を歩いていた。


 しばらく歩いて、少年は立ち止まる。

「っと、悪い。俺はこっちなんだ」

「あ、うん。って、あれ? でも確か、この先には……」

「ん? 何だ、知ってるのか?」

「えっと……確か、孤児院があったんじゃ?」

「ああ、そうだ。そこが俺の家だからな」

「え……?」

 僕は少年の言葉に、思わず反応していた。

「あー、やっと帰ってきたかシンゴ!」

 すると、突然少年の背後からそんな声が聞こえた。

 見ると、孤児院の庭から顔を出した、まだ小学生低学年くらいの背丈の男の子が、その手にサッカーボールを抱えて小走りにやってきていた。

「オイコラ、年上には敬語を使えって、何度言われれば分かりやがる大樹」

「うるせーなー。いーだろ? シンゴはシンゴじゃんかー」

「……ったく、これだからガキは……」

 大樹と呼ばれたその少年は、憎まれ口を叩かれながらも笑顔を絶やすことはなかった。

「なーなー、晩御飯までサッカーしようぜー。今日こそシンゴからゴール奪ってやるからなー」

「ケッ、クソガキがいくらやったってムダなんだよ。黙って飯の支度が終わるまで絵本でも読んでろ」

「んだとー! キュウソ犬を噛むって言葉知らないのかー!」

「犬じゃねぇ、猫だ、猫。犬噛んでどーすんだよ……」

「いーからやろーぜー。皆待ってたんだからさー」

「皆? まさか、ガキども全員まだ遊んでやがるのか?」

「おー。みんなクモの子を散らしたように遊んでるぞー」

「……お前、どこでそんな言葉覚えやがった? しかも、微妙に用途方法が違ってやがる……」


 僕はそんな二人のやり取りを、どこか遠巻きに眺めていた。

 何だろう、この光景は。

 本当に当たり前で、どこにでもありそうなほどにありふれた日常の一ページ。

 ……ああ、そうか。

 そういう意味だったのかもしれない。

 僕も彼も、結局は一緒だったんだ。

 僕には僕の、彼には彼の日常が、当たり前の景色がある。

 そして僕達はそれぞれに、そんな当たり前を簡単に踏み越えてしまったんだ。

 だからこれが……今こうして僕の目の前に広がる光景こそが、彼にとっての何でもない当たり前の日常なんだ。

「なーなー、シンゴ。その人誰だー?」

 と、少年は……大樹は僕の方を指差して言った。

 さっきからずっと立ち尽くしていた僕のことが気になったのだろう。

「あー、その人はだなぁ……」

 と、しかし彼もどこか困ったような表情を見せる。

 それもそのはずだ。

 結論から言えば僕達はやはり敵対関係にあり、その人物を第三者に紹介することなど、どういう言葉を使えばいいのか分からない。

 それでも、僕は。

 このときだけは、あえてその言葉を選んだ。


 「――こんにちは。シンゴの友達で、大和って言うんだ。よろしく」


「…………」

 案の定、彼は……シンゴは目を点にして、しばらく僕のことを凝視していた。

 仕方ないだろうと、僕は目配せでその意図をシンゴに告げる。

「へー、シンゴにも俺達以外の友達がいたのかー」

 としかし、大樹はさらりとひどいことを言ってのけた。

「……オイコラ。そりゃ一体どーゆー意味だ?」

「え、違うのか? だって、ユウキが言ってたぞー。シンゴは目つきも態度も頭も悪い上に、性格も悪いから友達なんて全然いないんだーって」

「……あんのヤロウ、ガキに何てこと吹き込んでやがる」

「なーなー、大和ー」

 と、気が付くと大樹は僕の元へと歩み寄ってきていた?

「な、何?」

「…………」

 しかし、大樹はしばらくジッと僕の目を見つめ、そのまま沈黙の時間が流れた。

 そしてふいに顔を柔らかくして、小さく笑ってこう言った。


 「――ヘー、大和は優しい顔してるんだなー」


「え……」

 不意打ちのようなその言葉に、僕は一瞬だけ恥ずかしさを覚えた。

「コラ、ガキ。変なこと言ってからかうんじゃねーよ。仕方ねーな。少し遊んでやるから、先に中に戻ってろ」

「おー。シンゴ、早く来いよなー」

「分かった分かった。ホレ、さっさと行け」

 シンゴがそう言うと、大樹は嬉しそうにまた孤児院の庭の中へと走っていった。

 その姿を見送って、シンゴは僕に振り返る。

「悪かったな。口が悪いガキでよ。つっても、大半は俺の影響なんだろうけどな」

「いや、気にしてないよ。それよりも……」

「ん? ああ、まぁ、そういうことだ。俺はな、この場所に捨てられてたのを拾われて、育てられたんだ。ここにいる連中は、全部俺と同じような境遇のガキばっかりさ。だからっつーか……ムカツクガキどもばっかだけど、ここにいる全員が俺の兄弟であり、家族なんだよ」

 どこか遠くを見る目で、シンゴは言う。

「それよりも、よかったのか?」

「え、何が?」

「俺とオトモダチになっちまって。後悔するぜ? そのうちに」

「……どうだろ。そうは思わないけど、僕は」

「……ふぅん。ま、それならそれでいいさ」

 言って、シンゴは孤児院の方に振り返る。

「んじゃ、またな。戦うことになっても、恨みっこなしだからな」

「……ねぇ」

「ん?」

 引きとめたその言葉に、僕はその言葉を続けるべきか迷った。

 しかしわずかに考えた末に、僕はその言葉をあえて呑み込んでおくことにした。

「……その、名前を聞いてもいいかな? 僕は大和。黒栖大和」

「……ああ。俺は真吾。緋乃宮真吾ひのみや しんごだ」

 それだけの言葉を最後に交わして、僕達は分かれた。

 ガサガサと風に揺れた真吾の買い物袋が、少し透けて中身が見えた。

 どうやら、今夜はカレーらしい。



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