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LinkRing  作者: やくも
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Episode17:不安と疑問と


 午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、同時に黒板を叩くチョークの音も鳴り止んだ。

「よし。では今日はここまで。週番、号令を」

 教科担当の教師のその声に、教室内はにわかに活気付く。

「きりーつ。礼」

 号令が終わると、すでに何人かの生徒は教室を急いで抜け出し、廊下を勢いよく走り出していた。

 まぁ、大半は食堂へと向かったのだろう。

 そんないつもの風景を見送りながら、僕は机の上に広がったままの教科書やノートを机の中へしまいこむ。

「あー、やっと前半戦終了かー」

 と、そんな声を出しながらグッと背伸びをしているのは、僕の席の後ろにいる悟だった。

「腹減ったー。大和、お前昼飯どうすんの?」

「僕? いつもどおり、売店で何か買うか食堂の席が空いてたら食券を買うけど」

「ま、そうだよな。んじゃ、俺らも食堂行こうぜ。おーい、健史」

 悟は僕の頭越しに、離れた席に向けて呼びかける。

 その声に振り返った健史は、手招きする悟を見てこちらへとやってきた。

「昼飯食いに行こうぜ。お前も食堂だろ?」

「ああ、まぁな。でも、今は混んでると思うぞ? 席がないかもしれないな」

「ま、そんときはそんんときで。ちょっと寒いけど、中庭に行くのも悪くねーだろ?」

「そうだな。まぁ、まずは移動だな」

 僕達三人は立ち上がり、教室を出て食堂へと向かうことになる。

「あれ?」

 と、その途中に僕は気付いた。

「ん? どうした、大和?」

「唯と美野里も誘おうと思ったんだけど……」

「あれ? あの二人、もういないのか? 珍しいな」

 僕に続き、健史がそんな声を漏らす。

 僕達三人と唯と美野里を含めた五人は、基本的にいつも昼食を共にしている。

 誰がそう決めて言い出したわけでもなく、自然とそうなっていたことだ。

 まぁ仲のいい友人同士の食卓ということで、それ自体は決して珍しいものではない。

 大体いつも僕達三人が唯と美野里に声をかけて、揃って食堂に向かうというのが定番のパターンだったのだが……。

「一足先に行ってるんじゃねーのか? ほら、席を確保しててくれてるとか」

「案外そうかもな。二人揃っていないなんて、珍しいもんな」

 と、僕達はそんな結論に至り、にわかに騒がしくなった昼休みの喧騒の中を歩き始めた。


「あーあ、あと二教科かぁ……」

 悟はそう呟くと、大げさに嫌そうな顔を見せた。

「悟、何もそんな顔しなくたって……」

 今にも泣きそうなその横顔を間近で見た僕としては、なぜかあるはずのない罪悪感がこみ上げてしまいそうだった。

「たった二教科じゃねーか。午前中の半分だと思えば、すぐに終わるだろ」

 健史のその言い分に僕も賛成だ。

 確かに授業はその全てが面白いというわけでもないし、眠くなることだって少なくはない。

 いや、今の時間だって実際、僕の後ろの悟の席からはわずかだがいびきのようなものが聞こえていたような気がするのは僕だけだったのだろうか。

「そうだよ。肝心要の数学のレポートだって、無事提出できたんだからさ。あとは気楽なもんだって」

 沈んだその横顔に、僕と健史はなぜか精一杯のエールを送っていた。

 端から見れば、それはきっとおかしな図式になっているに違いない。

「まぁ、そうなんだけどよ……」

 そう呟くと、悟は今の今までのいびきを髣髴させるかのように、大きなあくびを掻いた。

「ふぁ……寝不足なんだよなぁ、俺」

「……それ、いつもじゃないの?」

「同感だな。お前が丸一日学校で起きているときなんて、体育祭と文化祭のときくらいだろう」

「う……当たってるだけに言い返せねぇ……」

 図星を突かれ、悟は苦しい表情を見せた。

「でも、そんなに眠いの? っていうか、いつも何時ごろに寝てるのさ?」

「んー、大体夜の二時くらいには寝てるな」

「で、起きるのは?」

「七時半。その時間に起きないと、さすがに遅刻する」

「そういえば悟、未だに無遅刻無欠席無早退は一貫してんだよな」

「おう。健康は俺の代名詞だからな」

「それ、威張って言うことじゃないと思うけど……そのままそこに、無居眠りも追加しちゃえばいいのに」

「それだ。悟、ぜひそうしろ」

「バカ言うな。世の中には不可能なことが沢山あるんだぞ」

「……自信ありげに言うことじゃないと思うけど」

 僕達三人はそんな談笑を繰り返しながら、生徒の行き来の多い廊下を歩いて食堂に着いた。

 さすがに食堂の中も混み合っており、パッと見た感じで空席はなかなか見つけることはできない。

 券売機の前には未だに長蛇の列が控えているし、今から並ぶのは骨が折れそうだ。

「さすがに混んでるな。仕方ない、俺は売店でパンでも買ってくる」

「あ、僕もそうする。悟は? まさかとは思うけど、並ぶの?」

「……フ、世の中には不可能ということが……」

「あー、はいはい分かった分かった。まとめて買ってきてやるから、さっさと注文言え」


 まとまっていても通行の邪魔になるだけなので、買い物は健史に任せて僕と悟は一度食堂の外に出た。

「ふぁ……」

 と、悟はまた大きなあくびを繰り返していた。

「悟、やっぱりもう少し早く寝たほうがいいんじゃないの?」

「あー、そうしたいのは山々なんだけどよ。深夜のラジオ番組とか聴いてると、これが結構面白くてさー」

「あー、それは気持ち分かる。ああいうのって、ついつい長い時間聴き入っちゃうんだよね」

「そうそう。そんで、意外にDJとかが面白いキャラだったりすると、さらにな」

 そんな風に僕達が会話をしているうちに、食堂の中から健史が袋をぶら下げてやってきた。

「お待たせ。で、どこで食う? 教室戻るか?」

「どこでもいいぜ。どうする?」

「今日はちょっと風が冷たいからな。まぁ、ありきたりだけど教室でいいだろ。寒いの嫌だし」

 というわけで、僕達は元来た道を引き返すことになった。

「……あ、ちょっと待って」

 その前に、僕はもう一度食堂の中に入って周囲を見回した。

「どした? 大和」

「……いや、唯も美野里も、どこ行ったのかなって……」

「そういや、結局いなかったな。まぁ、アイツらにも色々あるさ。それよりも今は腹減ったよ。さっさと戻って昼飯にしようぜ」

 そう促す健史の声に、僕達は再び廊下を歩く。


 僕達が教室に戻ると、そこには美野里の姿があった。

「あ、三人ともやっぱり食堂行ってたんだね」

「ああ。さすがに混んでたから、売店で買って戻ってきたけどな」

「それよりも美野里、授業終わってすぐにもういなかったけど、どうしたの?」

「うん。今日は昼休みに、委員会の集まりがあったから、それでね」

「そっか。美野里は図書委員だったっけ」

「うん。そうだよ」

「何だよ。だったら一言言ってくれれば、お前の分の飯も一緒に買ってきてやったのに」

「あ、それなら大丈夫だよ。朝にコンビニで買ってきてあるから」

 そう言って、美野里はコンビニの袋を鞄の中から取り出した。

「んじゃま、いつもどおり俺達の席の方で食べるとしますか……って、なぁ美野里。そういえば、唯はどうしたんだ?」

「え、唯? ううん、私は知らないけど……てっきりみんなと一緒に食堂に行ってると思ってたから」

「ありゃ? んじゃアイツ、一体どこ行ったんだ? 貴重な昼休みだってのに……」

「さっきの授業のときは、ちゃんといたよな?」

「うん。それは間違いないと思う。唯の席は、私のすぐ近くだから」

 唯の席を見てみると、机の脇には鞄が掛かっているし、机の中に筆記用具の形も見て取れる。

「……まぁ、何か用事があるんだろう。美野里が委員会の集まりがあったみたいに、何かの用事で出払っているんだろうさ」

「ま、そうだろうな。んじゃま、唯には悪いけど一足早く昼食としようぜ」

 悟の言葉に頷いて、僕達は揃って席を移動する。

 僕と悟の席が前後で並んでいるということもあって、昼食時に教室を使うときはもっぱらこの場所が定位置となる。

 僕と悟は健史から注文したパンを受け取り、代金を渡す。

 机を合わせてその上に各々が食事を置き、他愛のない会話に花を咲かせながらいつもどおりの風景が始まった。

 ただ、その場所に。

 いつもはいるはずの唯の姿が見当たらないことに、どうしてか僕はわずかな不安を覚えてしまっていた。

 当たり前の景色が崩れた瞬間。

 それはまるで、現実からファンタジーへの境界線を踏み越えてしまったかのような、そんな……。

 ……いや、よそう。

 そんなこと、あるわけがない。

 人地不謹慎なことを考えていた僕の耳に、皆の笑い声が届く。

 その声で僕は、胸の内にあった小さな不安を消し去ることができた。


「ふぁ……」

「悟、またあくび出てる」

「お前、よっぽど寝不足なんだな」

「食べてすぐ寝ると、牛になるよ?」

 口々に感想を述べられ、しかし悟の眠気はなかなか強情で収まることを知らない。

「おっかしーなぁ。いつもはここまでひどくはないんだけど……」

「いや、ひどいとかそういう問題じゃ……」

「やっぱ、あれかなぁ。昨日の夜の、あれが原因か……?」

「あれ?」

「何だよあれって……って、ああ、もしかしてあれか?」

 と、健史は何か思い当たる節があるのか、わずかに身を乗り出して言った。

「二人とも、あれって何のこと?」

 その様子を見て、美野里が控え目に聞く。

「ああ、昨日の夜のことなんだけどな」

 と、そんなくだりから健史の話は始まった。

「大体、夜の十二時ちょっと前くらいだったかな? 街外れにさ、森林公園があるの知ってるだろ?」

「うん。あの小高い丘みたいなところだよね?」

「そうそう、そこだよ」

 ピクリと、僕はその単語に反応してしまう。

 街外れの森林公園。

 それは昨日、僕が生まれて初めて本当の意味での戦いを経験したその場所だった。

 あの炎使いの少年の姿が、ありありと思い出せる。

 一夜明けた今だからこそ、あれは悪い夢だったと言えるかもしれない。

 しかしそんなことはない。

 僕がこの目で見て、この体で感じたあれらの全ては、紛れもない僕の中のもう一つの現実だ。

 そう、ファンタジーという名の紛れもない現実なのだ。

 ……いや、この際この話は置いておこう。

 今問題なのは、健史の言葉のその続きだ。

 つまり、その時刻。

 昨夜の十二時少し前……もう間もなくで日付が変わるであろうというそのとき。

 その場所で、一体何があったというのだろうか?

 僕は無言で飲み物を一口含み、耳だけを静かに傾けた。


 「――その公園がさ、火事になったんだってよ。ひどかったらしいぜ。もう木なんて、一本残らず全焼だってよ」


 その言葉に、僕は飲みかけた液体を全て吐き出してしまいそうな衝動を覚えた。

 が、それをどうにか無理矢理に意の中へと流し込む。

「……っ、げほっ!」

 当然のように僕はむせ返った。

「だ、大丈夫、大和?」

 隣の美野里が心配そうに視線を向けてくるが、僕はそれを手で制して大丈夫と伝えた。

 しかし実際のところ、表向きは何とか平静を保っていられても、内面ではそうはいかなかった。

 全焼した?

 森林公園が?

 そんな、バカな……だって、あのとき僕達は確かに……。


 ――戦いこそしたものの、その爪痕はごく一部にしか残さなかったはずだ。


 しかも、僕達の戦いの結果であの公園が全焼するということはまずありえない話だ。

 確かにあの少年は炎使いではあったが、公園そのものを日で包むようなことはしなかった。

 僕はその戦いの結末部分の記憶がプッツリと途切れているままだけど、氷室から聞いた話の限りでは公園が炎上したようなことは何一つ聞いていないし、氷室がそれを僕に隠す理由もないはずだ。

 そして何より、僕達は夜七時以前にはすでに戦いの幕を下ろしている。

 にもかかわらず、日付変更直前の深夜になって公園は炎上し、全焼した。

 これは一体、どういうことなのか?

 そういえば昨日の昼間にも、街のどこかで火事があったみたいだけど……。


「それで、どうなったの?」

 その美野里の問いに、健史は続けて答える。

「いや、俺も詳しくは知らないんだけどさ。聞いた話だと、幸いなことに死傷者は一人もいないって話。でもさ、おかしな話だよな? 何でいきなり、あんな場所から火の手が上がるかねぇ」

「それった、放火ってことなのかな?」

「そう考えるのが普通だろうけど……よく分かんねぇな、そうだとすると。単なる愉快犯にしても、性質が悪いよな」

「そうだよね……。あの公園、この街のちょっとしたシンボルでもあったのに……」

 わずかに残念そうに、美野里は目を伏せた。

 その隣で僕は、一人考え込んでいた。

 何がなんだかワケが分からなくなっている。

 入ってくる情報は紛れもなく正確なものばかりなのに、僕の思考回路がその処理に追いついていない。

 ハードディスクはもう容量が限界なのに、デーダだけが一方的に流れ込んでくるかのようだ。

「でも、それと悟の寝不足と、どういう関係があるの?」

「あー、ほら。俺の家って、マンションの十三階じゃん? だから昨日の夜のその時間、遠目にだけど火の手が上がってるのが見えたんだよ。んで、何て言うか……野次馬根性みたいなので、しばらくベランダからずっと眺めててさ。で、気が付いたらもう夜の二時回ってやがんの」

「……完全に自業自得だな」

「呆れた……」

「何だよ。仕方ねーだろ? 気になっちまったんだからさー」

「…………」

 その会話に、僕だけが取り残されているようだった。

 食事の手も止まり、やけに意識がおぼろげだった。

 ……何だろう、このモヤモヤとした感覚は。

 いつまでも晴れない霧を目の前にしているようで、ひどく気分が悪くなってくるようだ。

 はっきりとしない物事。

 矛盾だらけの事実。

 どうしてこうも、当てはめられるパズルのピースに狂いが生じる?

 こんなにも近くで聞こえる友人達の声が、ひどく細い。

 僕はまた、いつの間にか現実を逸脱しようとしていた。

 が、それを引き止める手が、僕の背後から近づいてきていた。


 「――玉子サンド、いただきっ!」


「……え? あ……」

 そんな素っ頓狂な声を上げて、僕は自分の背中を振り返った。

 するとそこには、玉子サンドを摘み上げた唯が小さな笑みを浮かべて立っていた。

「お、ようやく戻ってきたか」

「遅かったな。何かあったのか?」

「唯、どこ行ってたの?」

 口々に質問が飛ぶ。

「いやー、ちょっと職員室に呼ばれちゃってさ。で、先生の話がちょっと立て込んじゃってね」

 そう説明をしながら、唯は手近な席の椅子を引いて僕と美野里の間に割って入った。

「…………」

 まるで毒気を抜かれるようなタイミングの登場に、僕はすっかり目が点になっていた。

 しかしそれは、同時に僕に落ち着きを取り戻させてもくれた。

 ありがとう、唯。

 と、声に出さずに胸の中で呟いた。

 きっと、この出来事に不信感を抱いているのは僕だけじゃないはずだ。

 そう、少なくともあの二人なら……氷室と飛鳥なら、同じ疑問を抱いているに違いない。

 今日の放課後、また会いに行こう。

 飛鳥の行方は知らないけど、氷室にはあの場所に行けば会えるはずだ。


 『各務探偵事務所』


 まさか、こんなことになるなんて。

 どうやら今回、僕は依頼者みいたいな役回りに立たされているようだ。



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