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LinkRing  作者: やくも
129/130

Episode129:リセット


 背中を両断されたその体は、瞬く間に体温を失っていく。

 苦痛に歪む表情と、消え入りそうなほど小さな声が痛々しくて仕方がなかった。

「真吾、何で……どうして……っ!」

 その体を抱えながら、僕はわけも分からずにそう繰り返すしかできなかった。

 駆け寄ってきた飛鳥と氷室も、その傷跡の惨状に目をしかめ、言葉を失っていた。

「何で……何で君が、こんなことに……」

「……いい、んだよ。これが一番、手っ取り早く……全てを終わらせる手段、なんだからな……」

 言い終える前に、その表情が再度苦痛に歪んだ。

「……最初に、言っただろ? 俺とアイツは、同一なんだって。俺が消えれば、アイツも消え……俺が、死ねば……アイツも死ぬんだ」

「……あなたは最初から、こうするつもりだったんですね?」

「……氷室? どういうこと……?」

「……要するに、私達は甘かったということです。特に大和、あなたのその優しさは普通に生きる上でならば間違いなく長所ですが、この戦いの中では不必要な……本来なら切り捨てなくてはいけないものだった。ですが、あなたにはそれができなかった。そのことを理解していたからこそ、こうするしかなかったのでしょうね……」

「……ま、さか……」

 僕は遠い声で呟き、真吾に視線を戻した。

「……悪かったな。でも、ここしかチャンスがなかったんだ。迷いを捨てたお前が、なりふり構わずに剣を振るう瞬間。それでもきっと、お前は迷わずにはいられない。剣を振り切る最後の最後の瞬間に、ほんの少しでも手を緩めてしまうかもしれない」

「…………」

「……だから、そうなる前に、俺は自ら命を絶つつもりだった。けれど、神の分身とも言える俺達に自分で自分を殺すことはできない。それは神に剣を向けることに等しいからだ。つまり、俺はアイツを殺せないし、アイツは俺を殺せない。だったらもう、別の第三者にどちらかを殺してもらうしかないんだよ……」

「……でも、だからって……!」

「……氷室にもな、一回頼んでみたんだ。殺してくれってな。けど、あっさり断られた。お前ら三人の中で、一番感情を押し殺せそうなやつに拒否された時点で、もうお前にも飛鳥にも同じことは頼めないと悟った。それどころか、余計な迷いを生ませることになっちまったかもしれないしな……」

「…………」


「……けど、どうして今なんだよ! あのままでも僕は、もしかしたら相打ちくらいには……」

「それじゃ、ダメなんだよ」

「……え」

「……お前が死んだら、何の意味もないだろ。何で今、お前が生きていられるか……分かってんだろ?」

「……っ」

「それにな、確かに相打ちにはもっていけたかもしれない。けど、やっぱりそれは無理だ。こうして今俺が、喋っていられるのが答えだろ?」

 それはつまり、あの一振りで完全に絶命まで追い込むことができなかったということだ。

 苦しみや苦痛を与える暇など、それこそ与えてはいけない。

 どれだけ死が近づいても、死に至る前の時間は生きているのだから。

 ならばそのわずかな時間でも、種子を破壊してこの世界を破壊するくらいの芸当は、十分可能だっただろう。

「けど、これでもうその心配もない。俺が動けない体なんだから、アイツも動けない。あとはこのまま、死を迎えれば……それで全て、丸く収まるんだよ……」

「っ、そんなの、納得できるわけ……!」

「できなくてもするんだ」

 その言葉だけで、僕はそれ以上何も言えなかった。

「理屈だけで全てが整理できるほど、この世界ってやつは綺麗にできてないんだよ。どんな時代でも、どんな場所でも、必ずどこかで犠牲は必要になってくる。例えどんなに些細な出来事であってもだ。俺はそれを、嫌というほどこの目で見てきた。だからもう、慣れちまったんだよ」

「……真吾」

「……お前らはお前らなりに、できることをした。胸張れよ、俺が保障してやる」

「……そんなの、全然嬉しくなんか……」

「……バカヤロウ。泣いてんじゃねぇよ。あの子との約束、ちゃんと守れたじゃねぇか」

「……っ」

「お前らはただ、笑ってればいいんだよ。面倒ごとは全部、俺が引き受けてやる。こう見えて、お前らの何千倍の時間生きてきた人生の大先輩なんだぜ? 死ねるなんて、願ったり叶ったりだ。怖くも、何ともねぇよ……」

 そう言い放つ真吾の目の端からは、言葉とは裏腹に、透明な雫がわずかに滲み出していた。

「……クソ、何だよ、これ。ハハ、笑えねぇ……笑えねぇよ。何で、俺……泣いてんだろうな……?」

 ハハハと、真吾は痛みの中で乾いた笑いを見せた。

 その声も、しだいに掠れたように遠のいていく。

 とうに冷え切ったその体を、今の今までかろうじて動かしていた力が……なくなる。


「……時間だな。そろそろ、お別れだ」

「真吾……っ!」

「…………」

「っ……!」

「……大和、最後に一つ、頼まれてくれ」

「……何?」

「施設のあのバカに、伝えといてくれ。心配かけて、悪かった。もう、全部終わったってよ」

「……嫌だ」

「……」

「伝えたいなら、自分の口で言えよ。そうじゃないと、意味がないだろ」

「……ふぅ。最後の最後で、キッツイこと言うぜ……しかし、まぁ……」

 真吾は静かに眼を閉じる。

 涙の跡が乾き切る前に、その目は光を失った。


 「――できると、いいな…………」


 その体はもう、二度と動くことはないだろう。

 そして対となる、もう一つも。

「……結局、僕もまた手のひらの上……そういう、こと……か…………」

 たった一言、それだけを言い残してそれは息絶えた。

 二人の死体はその後、音もなく空気に溶け、風化するかのようになくなった。


 その跡には、二つの『Ring』だけが取り残されていた。

 僕はそれらを拾い上げる。

 力を失いかけた二つの『Ring』は、もうただの銀細工でしかない。

「大和」

 氷室の声に、僕は振り返る。

「これを……」

 言って、氷室は僕にそれを手渡した。

 それは、二つの『Ring』だった。

「一つは私の、もう一つはあの男から奪っておきました」

「はい、私も」

 飛鳥からも同様に、二つの『Ring』を受け取る。

「私のは、相手が持っていけって投げてよこしたんだけどね」

 これで計八つの『Ring』が、この場に集まったことになる。

 しかし、最後の一つは……。

「余計な心配はしなくていい」

 その声に、僕達は振り返る。

「君は……」

 そこには、日景の姿があった。

「どうして、君が……」

「構えなくていい。もう、全て終わっているんだろう?」

「僕達はその言葉に無言で頷いた」

「そうか。僕の『Ring』からも、力の大半がなくなっている。もしやと思ったら、案の定だったか」

 日景は手の中の『Ring』を一瞬だけ見つめ、それを僕に向けて放った。

「これは……」

「持って行け。もう僕には用のないものだ。お前が思うように、使えばいい」

「……大和、全ての『Ring』を持って、あの種子のところへ」

「あ、うん……」

「……黒栖大和」

 名を呼ばれ、僕は振り返った。

「お前は……」

「…………」

「……いや、いい。何でもない」

 その時、日景が何を言おうとしていたのか。

 僕には何となく、見当がついていた。

 日景もそれを察したのだろう。

 だから、その問いを投げることまではしなかった。


 根の階段を上り、種子の前に立つ。

 青白く光りながら鼓動を繰り返すそれは、間近で見れば生命の躍動そのものだった。

 生物の心臓が鼓動を繰り返すように、この巨大な樹もまた生き、鼓動を繰り返している。

 それも、何億年という、それこそ気が遠くなるような昔から。

 決して人目につかない、この大地の底の底。

 たった一人で、時を刻み続けてきたのだろう。

 僕は手の中にある九つの『Ring』を、種子の前に置いた。

 すると、種子の鼓動に反応するかのように、光を失った『Ring』から同じ色の光が放たれ始めた。

 九つの『Ring』はやがて、それぞれが溶け合うようにして一つになり、光の球になった。

 眩しいほどの光を放つそれは、やけに暖かく、優しく包まれるような感覚だった。


 「――九つの遺産全てを束ねし者よ」


「……声が?」


 「――古の契約に於いて、汝の望みを受けましょう」


「僕の、望み……」


 「――汝が富を望むなら、数多の財宝を捧げましょう。汝が力を望むなら、血肉に働きかけましょう。汝が滅びを望むなら、あらゆる全てを葬りましょう。しかし、もしも……」


「…………」


 「――汝が、他の何かを望むと言うのなら。汝が願いを、叶えましょう」


「……僕の、願いは……」

 静かに僕は、後ろを振り返った。

 そこにいる氷室と飛鳥、そして日景は、目が会うとただ黙って頷いてくれた。

「……僕の願いは、一つだ」


 「――訊きましょう。汝が何を望むかを」


 「――僕達が生きるこの世界を、ありのままの姿に。二度と、捻じ曲げられることがないように。ただ、それだけだ」


 「――それが汝の望みとあらば、契約に従い、叶えましょう」


 そう答えると、光の球は静かに種子の中へと浸透していく。

 僕の……僕達の願いを、ゆっくりと受け入れていくかのように。


 「――契約はここに成立しました。汝が望みし世界に、価値ある未来があらんことを……」


 そして、全てが光に包まれた。

 僕を、皆を、樹を。

 全てを包んで、光は消え、そして始まっていく。


 ――全ての記憶が、還っていく…………。





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