表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LinkRing  作者: やくも
127/130

Episode127:最終戦開始


「……頃合、かな?」

 それは一人、虚空へと呟く。

 大樹の根の、その最深部。

 本来、何者の手によっても犯すことは許されない禁忌の領域であるその場所。

 はるか昔、神の手によっていくつもの並列世界が創造され、その一つ一つの世界に最初に撒かれた大いなる種子。

 原初の記憶。

 その種子が、今こうして……それの目の前にあった。

 青白い光をわずかに放ちながら、まるで生物の心臓のように静かに鼓動を刻み続ける。

 ドクン、ドクン。

 ドクン、ドクン、と。

 いや、心臓のように、ではない。

 それは紛れもなく、心臓そのものなのだ。

 何世紀という、気が遠くなるような歳月を、ずっとこの場所で過ごし続けてきた。

 そして様々な時代を超え、この世界のありとあらゆることを記憶してきたのだ。

 それが目的とする、世界を新しく造りかえるということは即ち、そこにある過去に記憶を改竄するということだ。

 そうなれば、歴史は狂いだす。

 ありもしない事実が真実となり、あるはずのない舞台が目の前に広がるだろう。

 死人は甦り、逆に生きる人こそ死に絶える。

 そしてそれらは、誰の目にもおかしいという風には映らなくなる。

 さもそれが当然というように、それが正しい記憶となってしまう。

「……辿り着いた。ようやく辿り着いたよ。神でさえ触れることのなかった領域に、今、ようやく……」

 それは不敵な笑みを浮かべる。

 その笑みは素直に喜びの感情から生み出されたものであったが、誰の目に見てもその笑みは狂気を含んだものだった。

「これでこの世界は、もう一度やり直すことができる。正しい道だけを歩み、誰もが苦しまずにすむ理想郷になる……」

 その手が、原初の記憶へと伸びる。

 手の中にすっぽりと納まってしまうほどの大きさのそれは、わずかに力を込めるだけで粉々に砕け散ってしまいそうなほどの儚さだ。

 伸びた手の指先が、触れる。

 ……その、刹那。


 バチンという音と共に、触れかけた指先を見えない何かが弾き返した。

「っ、この期に及んで、まだ抗うというのか、種子よ」

 問いはすれど、種子は答えない。

 青白い鼓動は静かに繰り返し、何事もなかったかのように今を流れる。

「……いいだろう。抗うのならば、どこまでも抗うがいいさ。そして、その記憶に焼き付けろ。世界が変わる瞬間を」

 それはさらに、強引に手を進入させていく。

 バチバチと、抵抗する白い火花が周囲に飛び散った。

 しかしその上からでも、伸ばした指先は徐々に種子へと近づいていく。

 ビシビシと、亀裂が生じるような音がした。

 見れば、障壁のような光の壁にいくつかのヒビが入っている。

 進入する力に耐え切れず、悲鳴を上げているようだった。

「……無駄なことを。悟るがいい、抗うことの無力さを」

 さらに押し出す力が強まる。

 亀裂が一つ、また一つと増え、そして透明な破片が少しずつ崩壊し始め……。

「終わりだ……」

 ダメ押しと言わんばかりに、更なる力を込めたそのとき。

 その背後で、巨大な爆音が響いた。

 次に、まるで台風を思わせるような強い風。

 確かな敵意を持って飛来するそれを、それは咄嗟に両手で受け止めた。

 ものすごう風圧。

 岩壁さえ楽々に抉り取るであろう威力の風だったが、それを受け止めた両手にはかすり傷程度しか与えられてはいない。

「ち……」

 しかし、咄嗟に両手で受け止めてしまったせいで、種子へと伸びていた片手も引き抜かれてしまっている。

 ヒビだらけになっていた障壁が、ここぞとばかりに瞬く間に修復されていく。

 それは舌打ちしつつも、視線を背後に向ける。

 衝突した突風の名残が煙を巻き上げ、視界は薄い霧の壁に阻まれていた。

 その煙幕が、次第に薄れていく。

 そして、その向こう側に。

「……なぜ、お前が……」

 確かに命の鼓動を奪い取ったはずの少年が、立っていた。


「……お前の好きには、させない……!」

 風の剣を構え、僕は告げた。

 もうここしか、チャンスは残されていない。

 ここでアイツを食い止めないければ、何もかもがおしまいになってしまう。

 この世界の運命も、僕達の運命も、そして……僕達に全てを託してくれた人達の気持ちも。

「……本当に、君には驚かされるばかりだ」

 身を翻し、それは言った。

「これで実質、二度目かな? 君が死の淵から這い上がってきたのは。理解できないな。僕が言うのも変な話だが、君は本当に人間なのかと、考えさせられるよ」

「悪いですが」

 氷室が口を挟む。

「あなたと呑気にお喋りしているほど、こっちは余裕がないんですよ」

「そういうこと。今までの分もまとめて返させてもらうからね」

 氷室に次いで、飛鳥も弓を引き、矢を構えた。

「頭数さえいれば僕に勝てると思ったかい? 確かに手間はかかるだろうが、さしたる問題ではないさ。一人消すも三人消すも、もう大して変わりはないのだから」

「……そうやって」

「ん?」

「……そうやって、他人を傷つけてきたのか? そういう気持ちで、かりんを殺したのか……?」

 ふと気がつくと、僕は声を押し殺すようにして聞いていた。

 そしてそれは、勤めて冷淡に言葉を返す。

「考えたこともないな。どの道、君達が倒れれば世界は生まれ変わるんだ。その世界でまた生を受けるのだから、どちらでもいいだろう」


 何の含みもない、ただトゲを剥き出しにしただけの茨の言葉。

 分かっていたはずだった。

 もうすでに、言葉を交わすような状況などはとっくに通り越しているということ。

 それでも心のどこかには、甘さが残っていて。

 僕は今でも、戦わずに済む道があればそれを選びたかったんだろう。

 ……けど。

 今の言葉で、今度こそ理解した。

 もう、交わす言葉はない。

 どちらかが起き上がれなくなるまで倒れることでしか、互いの気持ちを現実にすることはできないのだと。

「……氷室、飛鳥。頼みがあるんだ」

「え?」

「……一応、聞きましょう」

「アイツは、僕一人で倒す。ううん、僕が倒さなくちゃいけないんだ。だから、二人とも手を出さないでほしい」

「……大和、本気で言ってるの?」

 呆れたような飛鳥の声にも、僕は無言で頷く。

「……癪ですが、彼の言葉は間違っていませんよ。仮に私達が三人がかりで一斉に向かっても、恐らく勝てません」

「分かってる」

「分かっていて、それでもなお一人で戦うと?」

 僕はもう一度、無言のまま頷く。

「そんなの、できるわけ……!」

 怒鳴りだした飛鳥の言葉を、氷室が目で制した。

 そして氷室は、その手に握っていた水の槍を静かに消し去った。


「……いいでしょう。あなたの好きにしなさい」

「ちょ、ちょっと氷室、本気なの……?」

「……納得したわけではありません。ですが、大和にはそうするだけの権利があるような気がするんですよ」

「あ……」

 氷室の言葉を受けて、やがて飛鳥も構えた弓矢を静かに下ろし、消した。

「……分かった」

「……二人とも、無理言ってごめん。ありがとう……」

「大和、その代わり私達からも条件があります」

「……ん」

「……必ず、生きて彼を倒すこと。たとえ相打ちで倒したとしても、それじゃ誰も救われません。それだけは覚えておいてください」

「…………」

 その言葉に、僕は答えることも頷くこともしなかった。

 できなかった、と言ったほうが正しいかもしれない。

「……ちゃんと、戻ってきなよ。私達のところへ」

「…………うん」

 僕は数歩、前へと歩み出る。

「話し合いは済んだのかな?」

「……ああ、終わったよ。そして……」

 その手に握った剣の切っ先を、それに向ける。


 「――お前も今、ここで終わるんだ」


 「――世迷言、だね」


 合図はない。

 しかし、二つの影が地を蹴ったのは全くの同時だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ