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LinkRing  作者: やくも
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Episode117:偽りの扉を越えて


 道に迷ったわけではないと思う。

 確かに薄暗くはあるが、ここまで続いてきた道も、この先に続く道も真っ直ぐ一本のみのはずだ。

「……どうなってんだ? 行けども行けども何も見えてきやしない……」

 何の進展もないままに歩き続けていた真吾は、たまらずそう口にした。

 ただでさえ時間がないというのに、こんなところでもたついているわけにはいかない。

 一秒でも早く最深部に向かわなくてはいけないはずが、これでは全く時間の無駄遣いだ。

 まさかとは思うが、やはり分かれ道のいくつかは何かしらの罠が仕掛けられていたのだろうか?

 例えば、同じところをぐるぐると回り続けるだけの永遠に終わらない道、とか。

 そんなものに引っかかってしまったのだとしたら、状況はかなり悪くなる。

 もとから不利な前提で始まっているだけに、ここにきての必要以上のタイムロスはもはや致命的ともいえる。

 とはいえ、今の段階ではまだ何ともいえない。

 もうしばらくは道なりに歩いていくしかないか……。

「……ん?」

 ふと、視界の先に明かりが映った。

 出口の光だろうか?

 いや、それにしてはあまりにも小さく弱々しい光だ。

 例えるならそれは、地下通路に灯されたロウソクの炎の揺らめきのようなものだった。

 が、真吾はそれによく見覚えがあった。

 なぜなら……。

「くそ、どうやら本当にそうなのかよ……」

 その灯りを見下ろして、真吾は吐き捨てた。

 足元にある灯り。

 それは、真吾が自らの手で生み出した炎をまとった短剣を、道標の代わりに道の上にあらかじめ突き刺してきたものだった。

 それがここにあるということは、だ。


「間違いないな。この道は、どこまでいってもループしてやがる」

 メビウスの輪という言葉がある。

 紐状の紙切れやテープなどを、片側を一度だけひねってくっつけて輪を作った場合、表と裏が同時に存在することになり、いつまでたっても終わることがなくなってしまう。

 この道はまさにそのような構造をしているのだろう。

 ゆえに、どれだけ歩いたところで終わりが見えてくることはない。

 そんな道を歩かされていたんじゃ、最深部なんかに辿り着けるわけがなかった。

「さて、どうするかな。後戻りはもうできそうにもないしな……」

 とりあえず、これ以上歩くことはもはや無意味だ。

 体力の無駄遣いにしかならない。

 どうにかしてここから抜け出したいのはやまやまなのだが、何かいい方法はないものか。

 真吾は立ち尽くし、しばし思考する。

「こんな芸当ができるのは、アイツだけだろう。アイツの飼いならしてるあの闇は恐らく、様々なものを喰うことできる。それは物体に限ったことじゃなく、万物の理や定義までも。だからアイツは、この道に対しての道という定義を喰った。つまり、始まりがあって終わりがあるという定義を壊しやがった。だとすると、入り口まで戻ることもできそうにはないか……」

 あらゆる法則性を無視したその力は、強大さを通り越して非常に厄介だ。

 定義を壊すということは、理屈が通じない。

 早い話が何だってできるということになる。

 言葉にする分にはさほど重みも感じない言葉だが、それを有言実行できるとなれば話は別だ。

 その力の前では、ありえないことは一切ありえなくなる。

 これはないだろうとか、そんなはずがないとか、そんなことを考えた瞬間に喰い殺されてしまう。

 もはや油断とか隙とかの時限の話ではない。

 ルールは常にそこで作られ続けているのだ。

 それも、自分の都合のいいように、だ。


「くそ、認めたくはないが、アイツも神の力を引き継いでるだけあって厄介だな。いや、ヘタをしたらもう神の領域を踏み越えようとしてるんじゃないか……」

 定義の分解は、この世の中のバランスを一気に狂わせるものだ。

 それだけの影響力を持つ力は、まさしく神のみにしか扱えないとされている。

 が、それをこうして現に使っているわけだ。

 力が戻ったというのはどうやら本当らしい。

 もしもこれがまだ全力でも何でもない、ほんの一部の力にしか過ぎないとしたら。

 決着の行方には、暗雲が立ち込めることになる。

「……とにかく、今はここから抜け出さないとな。うまくいくかどうか分からないが、何もしないよりはマシか……」

 真吾は呟くと、その手にまた一つの炎をまとう短剣を生み出す。

 そしてもう一度、今まで歩いた道の上をなぞるように歩き出した。

 しかし、今回はゆっくりと、足元を念入りに確認しながらだ。

「この道がメビウスの輪の定義を孕んでいるとしたら、どこかに……」

 あるはずだ。

 その、表と裏を繋いで一つにしたはずであろう、隠しきれない繋ぎ目が。

 短剣の炎を頼りに、足元を念入りに照らす。

 ただでさえ蠢くように重なり合う根の道は、ところどころに隙間があるので見極めにくい。

 しかし、現段階でこの状況を打破できる可能性があるとしたらこれくらいしかない。

 もちろん、そうさせないようにあらかじめ手を打たれていることも十分に考えられるが……。

「…………」

 今はやるしかない。

 いざとなれば、全力でこの根の道全体に炎をたきつければ焼き尽くすことも可能だろう。

 が、それではそこにいる真吾自身も巻き添えを食らう可能性がある。

 一か八かで決行するには、あまりに不利だ。

「……さすがにないか。アイツもそこまで油断はしてないってことか」

 どうやら本当に一か八かで、周囲一体を焼き尽くす必要が……いや、まだ手がないわけではないが……。


「出し惜しみしてる場合じゃない、か。できるなら、使いたくはなかったんだけどな……」

 真吾とて、神によって生み出された存在だ。

 それゆえに、その内には強大な力を秘めている。

 が、真吾はそれを使うことを自分に対しての禁忌としていた。

 緋之宮真吾という一人の人間として生きると決めたその日から、もう二度と使うまいとして封じ込めてきたものだ。

 その気持ちは今でも変わってはいない。

 しかし、今に関してはもはや止むを得なかった。

 それだけ状況は切羽詰り、一刻を争っているのだから。

「……我、神の名を借りてここに力の片鱗を示さん。我が願うは定義の回帰。幻想の焔よ、その揺らめきで彼の真実を惑わし、ここに……」

 スゥと、小さく息を吐き、続けた。


 「――偽りの真実を偽造せよ」


 言い終えると同時に、真吾の目の前に炎の壁が立ち上った。

 しかしそこに熱はなく、それらの炎は全てがまやかしのものでできていた。

 炎の壁は、しだいにその中央に穴を広げていく。

 それは徐々に広がり、やがて一つの輪になった。

 そしてその輪の向こうには、こことは違う密度の闇が佇んでいた。

 その炎の輪は、扉だった。

 真吾はその力で、この輪の向こうに出口が在るという偽りの真実を偽造し、この空間の定義を無理矢理に捻じ曲げたのだ。

 よって、輪の向こうはこのループした空間とは別のところに繋がっている。

 恐らく、正規の出口……本来辿り着くであろうその場所に。

「よし」

 真吾はそのまま輪をくぐる。

 通り抜けると、炎の輪は風にかき消されたかのように静かに消えた。

 そして、出た場所は。


「……ここが、最深部か?」

 出たところは、やけにがらんどうな広い空間だった。

 暗さのせいではっきりとは分からないが、ドーム状のような造りをしているようだ。

 周囲を見回してみるが、他には誰の姿も見えない。

 どうやら一番乗りしてしまったようだ。

「……どうなってんだ、この場所は」

 シンと静まり返っているにもかかわらず、すぐ間近で大きな何かが脈打っているような感覚。

 一言で言えば、それはものすごく不気味な感覚だった。

 あってはならないものが、すぐ近くにある。

「ん?」

 ふと、何かが見えた。

 真吾はそちらの方向へと歩く。

 やや歩くと、視線の先に何かが見えた。

 根の道がそこを境に隆起し始め、傾斜になっている。

 その坂道の、一番上。

 そこに、ある。

 あってはならないものが。

「……何だ、あれは……?」

 坂を上りきったその場所に、根で作られた檻のようなものがあった。

 球体のような形をするそれは、まるでその中にある何かを守るように見える。

 いや、間違いなくあれは何かを守っている。

 一体、何を……。


 ドクン。

「っ!」

 それは、真吾の心臓の鼓動ではなかった。

 そんなものとは比べ物にならないほどの、巨大な鼓動。

 間違いなくそれは、あの根の檻の中から聞こえていた。

 とてつもない威圧感。

 何もされていないのに、膝をついてしまいそうになる。

「まさか、あれは……」

 見覚えがなく、しかし知識としての記憶だけで真吾は覚えていた。

 神がいくつもの世界を生み出したとき、最初に種子を撒いたという。

 種は発芽し、成長することによって世界は形を保っていく。

 やがて発芽を終えた種は、長い年月をかけて力を蓄えるべく、自らを巨大な繭に包み込むという。

 今、それが。

 目の前に、あった。

「アイツ、まさかこれをぶっ壊すつもりじゃ……」


 「――ご名答」


 と、願ってもない答えは、すぐそこから返ってきた。

「……お前」

「君ならもう少し早く気付くと思ったけど、そうでもなかったようだね。まぁいい。どうあろうと……」

 わずかに目つきを鋭くし、それは告げる。

「邪魔はさせない。君にはここで果ててもらう」

 冷たく暗く、哂って言った。



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