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LinkRing  作者: やくも
115/130

Episode115:たった一つの


「……っ! 今の音は……」

「どこかしらでまた、決着が付いたのだろう」

「飛鳥、氷室、真吾……」

「……いつまで他人の心配をしている、黒栖大和」

 と、いたって冷静な口調で日景は告げた。

「余裕か油断か、どちらにしてもこちらに背中を向けるなど、あまり感心できないことだな」

「っ、何言ってるんだ。戦ってるやつらだって、君の仲間だろ? 気にならないのか?」

「ならないな」

 日景ははっきりと言い切る。

「それ以前の問題だ。俺があいつらを案じる理由などはなく、同時にあいつらに案じられる理由も何一つない」

 言いながら、数歩歩み出る。

「さて。お喋りもこれくらいにしよう。お前達に時間がないように、こちらにもあまり余裕はないのでな」

 スゥと、その場の空気が急激に冷え込んだ。

 その寒さに身震いすら感じそうになるほどだ。

「迷う暇はやらん。分かったのなら戦う意思を見せろ」

 凍てついた空気が一点に凝縮し始める。

 その一点とは、日景の右手。

 パキ……ピキ……。

 透明な粒子が集まり、徐々に型を成していく。

 瞬く間にそれは、透き通った氷の刃へと変化した。

「さて、始めるか」

 剣を振り、切っ先を向ける。

 やむなく、僕も同様にその手に剣を握り締めた。

 原型のない、透明な風が渦巻く刃を。


 トンと、音もなく日景は地を蹴った。

 瞬間、その姿は正面を構えていた大和の視界から消える。

 目で追うが、その姿は捉えきれない。

 右か左か、背面……それとも上か?

 あらゆる方向からの攻撃に反応できるよう、わずかに身を屈める。

 だが。

「……っ!」

 その一瞬の気配を察知し、僕は大きく後ろへ飛び退いた。

 他でもないその気配は、真正面から迫ってきていたのだから。

 ヒュンという空を裂く音が響き、日景が姿を現した。

 一方、飛び退いて回避を試みた大和ではあったが、鋭い切れ味を持つ氷の剣の切っ先は、わずかに頬を切り裂いていった。

 真一文字の傷痕から、うっすらと血の雫が流れ出す。

「……っ、速い。目じゃほとんど追いきれない……」

 厳密に言うのならば、それは速さではなく、読みづらさというべきかもしれない。

 予想できる範囲の全てのパターンを裏切る……トランプで言うところのジョーカー的存在とも言うべきか。

「いつまで休んでいる?」

 と、気が付けば今度はいつの間にか背後を取られている。

「くっ!」

 恐らく、その言葉がなければ反応はできなかったかもしれない。

 どちらにせよ、ここからの状態ではさっきのように飛び退いてかわすことなど到底不可能だ。

 となれば、受けきるしかない。

 横一線に振りぬかれる一撃を、僕は剣を縦にして受けた。

 キィンという、頭の芯にまで響いてきそうな共鳴。

 それは音と言うよりも、すでに音楽に近いような効果音だった。

 透明な二つの刃がギリギリと互いの刀身を削りあう。

 そこに飛び散る火花はなく、わずかに削り取られた氷が、やけに奇麗に宙を舞った。

 恐らく、腕力の差はほどんどない。

 こうして受けている立場からでも、それは何となく分かる。

 とにかく一度、どうにかして捌いて距離を取った方が……。


「……フン」

 と、つまらなそうに日景は鼻を鳴らした。

 それに気を取られたのがいけなかった。

 ズンと、直後に僕の脇腹に第二の衝撃が走った。

「が、あっ……」

 その勢いに、僕の体は吹き飛ばされる。

 根の地面の上に何度も体のあちこちを打ちつけながら転がり、ようやく動きを止める。

「げほっ……う、あ……」

 口の中に鉄の味が広がっていた。

 蹴りを見舞われた右脇腹もズキズキと痛む。

 鋭い角度で放たれた蹴りは、僕にガードする暇さえ与えてはくれなかった。

 武器として目に見える剣ばかりに気を取られていた結果がこれだ。

 思いのほか、ダメージは大きい。

「ぐ……あっ……」

 剣を支えにして立ち上がりこそするものの、痛みだらけで頭がまともに回らない。

 とはいえ、休み暇などあるわけもない。

 空いている左手に力を集中させ、もっともダメージの大きい脇腹にあてがう。

 淡い光が瞬いて、患部の痛みが少しずつだが退いていく。

「なるほど。風の力というのはそんなこともできるのか。思った以上に厄介だな」

 やや離れたところでそれを見ている日景は、表情も口調も変えずに呟いた。

「どうやら、思った以上に長引きそうだ。いちいち回復されたのでは面倒だからな」

 言って、日景はその手の剣を虚空に振った。

 ヒュンと音が鳴り、その直後に、氷の剣から白い煙のようなものが立ち上り始めた。

「え……」

 その煙のようなものは、尽きることなくどんどんその量を増していく。

 そしてやがて、視界全てを埋め尽くした。

 冷気を孕む、白いカーテン。

 まるで猛吹雪の中にいるかのように、一メートル先の景色さえも見通すことができない。


 「――フロストサンクチュアリ」


 日景はその名を告げる。

「説明するまでもないだろう。この冷気の霧が、俺の支配する領域だ。お前からは俺の姿は見えないだろうが、俺からはよく見える」

「く、そ……」

 前後左右、さらには上空に至るまで、全て真っ白な霧に覆いつくされた。

 密閉空間に閉じ込められたわけではないので、動き回ることはできるだろう。

 だが、どこから攻撃の手が伸びるか分からないのでは、大した違いなどありはしない。

「……お前に、個人的な恨みなどは何もない」

 一歩、日景は歩を進める。

「よって、俺がお前を殺す理由もない。逆もまた然りだろう」

 さらに、一歩。

「だが、それでも譲れないものがある。そのために、お前達はやはり障害になる。だから、ここで倒す」

 その足が止まる。

「……恨んでもらって構わない。呪ってくれて構わない。来世で殺されても構わない」

 氷の剣を、構えて。

「だが、お前はここで倒す。何が何でも、だ」

「…………」

「……悪く思うな…………終わりだ」

 音もなく駆け出す。

 冷気の層を突き抜けて、その剣を。

 一直線に、振り抜いて……。

 しかし、その瞬間に。


「な……」

 轟という音と共に、爆風が生まれた。

 生まれた風は、周囲を覆いつくしていた冷気の霧をことごとく振り払い、やがて日景の姿を暴き出す。

 吹き付ける突風に、日景はたまらず腕で視界を遮った。

 この風に紛れて攻撃される可能性は高い。

 剣を握る手は、いつでも反応できるように構える。

 が、しかし。

「……い、ない……?」

 細目で覗いた視界の向こう、ちょうど突風の中心にあたる場所。

 そこには、誰の姿もありはしなかった。

 ほんの一瞬前まで、そこに標的がいたのは間違いない。

 今の一瞬で移動したのか?

 だとしたら、一体どこへ……。

 考え始め、日景はすぐに気付いた。

 いや、気付かされた。

 ものすごい重圧の力が、すぐそこに迫っていた。

 そう……背後に。

「ぐっ!」

 すかさず振り返り、氷の剣で受ける。

 が、すさまじいほどの回転速度で放たれたその一撃は、見る見るうちに氷の剣の刀身を削り取っていった。

 氷の破片が飛び散る。

 剣としての原型が、なくなっていく。

「ぐ……あっ……!」

 とうとう、日景はその風の塊に吹き飛ばされた。

 十メートル以上も吹き飛ばされ、根の壁に体を直撃させてようやく止まる。

「が、は……」

 ダメージは大きい。

 できる範囲で威力を削ぎ落としたというのに、それでもなおこの威力。

 もしもそのままの威力で直撃を受けていたら、一撃で戦闘不能に陥っていたかもしれない。

「く、そ……」

 日景は立ち上がった。

 ダメージこそ受けたものの、まだ倒れるには早い。

「……僕も、同じだから」

「…………」

「やらなくちゃいけないことがあるから。助けてあげたい人がいるから。だから、譲れない。折れない」

 風の剣を掲げ、言う。


 「――そのために、君を倒す」


 賭けたのは命なんかじゃない。

 たった一つ、譲れない思いだけ。



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