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LinkRing  作者: やくも
105/130

Episode105:終焉の開幕


 眠りは浅かった。

 この非常事態な時に、呑気に眠っていられるほど図太い神経は持ち合わせていない。

 けど、少し寝てまた起きてを繰り返していたのも確かだった。

 そんなことじゃ疲労は抜けるどころか溜まる一方だと分かっていたが、体がまともに言うことを聞いてくれない。

 何度目かの目覚めが訪れる。

 まぶたが重く、比例して頭と体も重い。

 そっと周囲に視線を向けてみると、飛鳥はまだ静かに寝息を立ててた。

 氷室も……怖いくらい静かではあるけど、ちゃんと眠っている。

 一人、真吾だけはソファに背中を預けて明後日の方角を眺めていた。

 僕は緩慢な動作で体を起き上がらせる。

「ん、起きたのか?」

 それに気付いて、真吾が口を開く。

「うん」

「どうだ? 少しは眠れたか?」

「……正直、あんまり……」

「ま、それが普通だろうな」

 言って、真吾は足を崩す。

「こんな状況で、安心して寝てられる神経のほうがどうかしてる。もっとも……」

 視線が移り、飛鳥へと向けられる。

「コイツはどうやら、例外のようだけどな」

「はは……」

 僕は小さく笑い返し、改めてソファに座り直した。

 壁にかかっている時計に目を向けると、時刻は夜中の一時半を示していた。

 もっとも、この時計が現実世界の標準時間と同じ時刻を示しているかどうかは不明ではあるが。

 一応、ポケットの中から携帯を取り出して時間を確かめてみた。

 その限りでは、時間の流れだけは狂ってはいないらしい。

 間違いなく今は夜中の一時半だ。

 ここでも、現実の世界でも。


「……何か、あった?」

「いや、今のところは何も」

「そっか……」

「眠気覚ましにコーヒーでも飲むか?」

「コーヒーって……そんなの、どこに?」

「一応ここは喫茶店だしな。どうせ誰もいないから、勝手に作らせてもらった。カウンターにまださっきの残りがあるから、温めて飲むといい」

 そう言って、真吾はカウンター席の方を指差した。

 確かに、空腹感はまるでないけれど咽喉はからからに渇いていた。

 僕は席を立ち、カウンターへと向かう。

 と、そのときだった。

 ガクンと、片方の膝がその衝撃に耐え切れずに折れかけた。

「わ……」

 声にもならないそんな言葉が出かかったところで、床の上に膝を付く。

「じ、地震?」

 店の中の椅子やテーブルがガタガタと揺れながらスライドし始める。

 天井のランプも振り子のように揺れ、食器やカップはカチャカチャと音を立てている。

「大和、平気か?」

「うん、大丈夫……」

「え? え? 何これ? 地震?」

 と、今の衝撃で目が覚めたのだろうか、飛鳥が慌てた様子で起き上がった。

「落ち着け。その辺にしっかり捕まっておけ」

 壁に手を添えて真吾は立ち上がり、体勢を崩さないようにして揺れに耐えている。

 僕も手近な壁を支えにし、揺れが収まるのを待つ。

 が、揺れはそれ以上強まる様子こそ見せないものの、かといって弱まる様子も見せず、じれったいほどに長々と続く気配だった。

「ちょっと、長くない?」

 たまらずに飛鳥がそう漏らす。

 確かに揺れの時間が長い。

 普通の地震とはどこか違う感じだ。

 そのままさらに、二分ほどの時間が流れた。

 その頃になり、ようやく長く続いたその揺れは弱まってきた。

 間もなくして、揺れはピタリと止まる。


「……収まったみたいだな」

「ふぅ……」

 僕達は口々に安堵の息を吐き出し、一塊に集まる。

 幸い物が壊れたりランプが落下したりすることはなく、けが一つせずに済んだ。

 眠ったままの氷室の様子にも変わったところはなく、またこのまま時間が流れていくのを見守る展開が続くのだろう。

 ……そう、思っていた。

「…………」

「どうかしたの、飛鳥?」

 妙に黙り込んだままの飛鳥に、僕は声をかける。

「シッ、ちょっと静かにして……」

 耳を澄ますように、飛鳥はその場で目を閉じて集中し始める。

 僕と真吾は最初、それが何をしているのか分からなかった。

 だが、すぐに気付くことになる。

 足の下から徐々に、それを感じ始めたから。

「……おい、これって」

「まさか……」

 僕と真吾が互いにそう口にした直後、飛鳥が叫んだ。

「ここから離れないと! すぐに!」

 僕達は無言で頷き、氷室の体を抱えて急いで店を抜け出した。

 が、店を抜け出してもまだ安心はできない。

 僕達の頭上には、アーケードの屋根が続いている。

 そしてそれらはもうすぐ、僕達目掛けて落下してくるだろう。

 そうと分かっていたからこそ、急いでその場を駆け抜ける。

 出口はそう遠くはないが、氷室を抱えていることもあって走る速度は遅い。

 間に合うか?

 いや、間に合わなくちゃ死んでしまうかもしれないんだ。


 全力で走れ。

 踏みしめる地面の下からは、一度は収まったはずのあの揺れが再び襲い掛かってきていた。

 それは最初、ほんの小さな微動だった。

 しかし、次第にその規模を高め、僕達が走り出したときには先ほどの揺れを上回る大きさになっていた。

 地震、いや、すでにこれは地鳴りの領域に達しているかもしれない。

 本能的に分かったのは、このままいれば確実に倒壊に巻き込まれてしまうということだった。

 走る横で、街路樹がざわつくように揺れている。

 店の看板が崩れ落ち、派手な音を立てた。

 柱に入るヒビが、遠目からでもはっきりと分かった。

 時間がない。

 間もなくここは、崩れ去る。

「よし、抜けたっ!」

 真吾のその声が響いた直後、それは起こった。

 轟というほどの凄まじい物音を立てながら、僕達の背後数メートルの位置にあるアーケード全域が崩れ落ちた。

 その衝撃による砂煙や風圧が僕達を襲う。

 間一髪のところで物陰に入り込み、その場をやり過ごす。

 轟音が続く。

 それは爆弾が爆発したような派手な音ではなかったけれど、静かに、そして確実に全てを呑み込み、砕く音だった。

 あまりにも静謐なその破壊の光景に、逆に寒気すら感じてしまいそうだ。

 やがて、静かなままに倒壊が終わる。

 砂煙が蔓延する中、とりあえずの安全を確認して僕達は物陰を出た。

 見るとそこは、平地の上に瓦礫の山が積もっただけの場所に成り果てていた。

 あまりにも優しすぎる破壊の爪痕。

 しかし跡形も残さず、跡に残ったものは何もない。

 だが、それ以上に。

「……何、あれ?」

「…………」

「あれは……」


 僕達の視線は、すでに別のものに向いていた。

 崩れ去った瓦礫の山。

 その上を舞う、砂煙の残滓。

 空まで立ち上りそうなその汚れた蜃気楼の、向こう側に。

 今度は文字通り、空を突き抜けて聳え立つそれはあった。

「……樹だ」

「ああ、確かに樹だ。あれは、まさか……」

「……永久の、永久の樹?」

 見つめるその先に、巨大な樹が聳え立っていた。

 その様はまるで、天へと届くバベルの塔。

 傘のように広がる青葉は、空の青と混ざることなく色鮮やかな翼を広げている。

 全てを包み込むように。

 全てを受け入れるように。

「じゃあ、あれが……」

 飛鳥が呟く。

 その先に続く言葉を、僕は引き受けた。

「……九つ目の……最後の、封印」

 見上げる僕達と、見下ろす大樹。

 それはまるで、神と人の差を思わせていた。

 今、間違いなく始まった。

 世界の終わりが、始まった。




「さぁ」

 その手は誰に差し伸べたものなのだろうか。

 少なくとも、それの差し出した手の先に、その手を取る別の誰かの姿は見えない。

「始めようか」

 小さく、そしてとても愉しそうに笑い、それは言う。

 それだけで、それの立つ大地は身震いするように震え、草は裂けるように凪いだ。

 大樹の幹を背にし、それは天を仰ぎ見る。

 空を突き抜ける大樹。

 遠い昔、ある一つの世界の礎となった一本の苗木。

 幾憶の時を経て、苗木は枝葉を広げ、やがて樹となり、大樹になった。

 その樹こそが、世界を支える柱だった。

 たった一つの、強く儚い、泡沫の夢のような存在。

 ゆえに。

 それさえ消えてなくなれば、世界を支えるものは他にはない。

 もうすぐ。

 本当にもうすぐ、あと少しで、望みが叶おうとしていた。

 勝利すら確信したその不敵な笑みを浮かべたまま、それは天に告げる。

 その先にいるかもしれない、自分を生み出した哀れな神に毒を吐くように。


 「――世界の終わりを始めるよ?」


 歓声とは似ても似つかない叫びが、それの背中でざわついた。

 ケタケタと、闇が哂っていた。



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