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LinkRing  作者: やくも
102/130

Episode102:迷走


 静かに家の扉をくぐる。

 幸い、母さんはまだ寝ているようで、僕は足音を忍ばせながら自室へと戻った。

 と、ようやく気が抜けてしまったのだろうか、倒れこむようにベッドに沈むと、どっと疲れが押し寄せてくる。

 本当に長い夜だった。

 普段、こんなにも長い時間を知らずに眠って過ごしているとは思えないくらいに。

 全身が休息を求めている。

 すでにまぶたは落ちかかり、目を閉じれば間もなくして眠ることができるだろう。

 なおのこと、今は休んだ方がいい。

 皆にもそう言われたし、何より僕自身もそう思う。

 けれど、まだ胸のうちにある不安は払いきれていない。

 封印も残すところあと一つとなった今、言い意味でも悪い意味でも、開放は必要なことになるだろう。

 けど、それで全てが終わるわけじゃない。

 そのあとに、僕達は彼をなんとしてでも止めなくてはならないからだ。

 想像していたよりもずっと早く、僕達の終わりはすぐそこにまで迫っているのかもしれない。

「……少し、眠ろう」

 自分にもう一度言い聞かせる。

 焦ってもこればかりは仕方がない。

 今は来るべきに備えて、少しでも体を回復させておくべきだ。

 まぶたが落ちる。

 視界が暗転し、暗闇に包まれた。




「……どういうこと?」

 かりんは口を開き、問いただす。

「どういうこと、とは?」

 対して言葉を返すのは、闇を連れた少年。

「……約束が違う。無関係な人はもちろん。他の能力者にも。危害を加えないという。約束だったはず」

「……どこから仕入れた情報か知らないけど、耳が早いね」

「……ごまかさないで」

 口調がわずかに強張る。

 視線はしっかりと彼の目を捉え、その眼光もかりんの年頃には考えられないほどに鋭い。

「……大和が。死んでしまうところだった」

「…………」

「……ううん。大和に限らず。これ以上。他の誰かを。傷付けるのなら。私はあなたに。従えない」

「……分かった。今回のことはやむを得ずな部分もあったのだけど、僕に非があるのは確かだ。すまなかったね」

「……謝罪はいらない。約束して」

「……絶対、とまでは僕も断言できない。が、できる限りの善処はする。仕方のない場合は、必ず想定しておくべきだから」

「…………」

 とりあえずはその返答でよしとしたのか、かりんは無言のまま踵を返して部屋へと戻る。

「やれやれ……」

 その背中を見ながら、彼が不適な笑みを浮かべていたことを、かりんは知らない。


「……っ」

 部屋に戻るなり、急激な脱力感がかりんを襲った。

 閉じた扉に背中をこすりつけながら、ずるずると引きずって膝が折れてしまう。

「お、おいかりん、大丈夫か?」

 ようやく喋り出したクロウサが、ただ事ではないその様子に思わず口を挟む。

「……大、丈夫……」

 そうは言うが、呼吸は見て分かるほどに乱れ、表情も苦痛に歪んでいる。

「どこが大丈夫なんだよ! ほら、すぐに横になって休まないと……」

 と、口ではいくらでも心配事を言えるが、人形であるクロウサにはかりんの体を支えてやることもできない。

 壁に手をつきながら、かりんはよろよろと立ち上がる。

 見るからに危なっかしい動作だ。

 どうにかベッドに倒れこんだまではいいが、見れば見るほど容態は好ましいものではない。

 熱が出ているのだろうか、頬にはわずかな赤みがさし、息苦しさを思わせる。

「……う……」

 呻き声。

 苦しむように胸を押さえ、体をくの字に曲げる。

「かりん、しっかりしろよ、かりん!」

 何もできず、言葉だけを送るクロウサ。

 それだけでは何の解決にもならないと知りながら、しかしこれぐらいしかできることのないもどかしさに苛立ちさえ覚え始める。


 と、そんなときだった。

「どうかしたか?」

 扉を軽くノックする音と、そんな蓮華の声が聞こえた。

「あ、蓮華か?」

 思わずクロウサはその声に反応する。

「クロウサ? ということは、中にいるのはかりんか? どうした、何かあったのか?」

「と、とりあえす入ってくれ。オイラじゃどうしようもないんだ」

 クロウサが言うと、扉が押し開かれ、蓮華が中に入ってきた。

「なんだ? 一体どうしたと……」

 言いかけて、蓮華の視界にかりんの姿が映りこむ。

「かりん、どうした?」

 すぐさまベッドの横に駆け寄り、蓮華は横たわるかりんを見下ろした。

「どういうことだ、クロウサ? 説明しろ」

「オ、オイラにもよくわかんないよ。急に苦しそうになって……でも、オイラじゃ何もできないから」

「……よし。少し待っていろ。気休めかもしれんが、とりあえず薬を持ってくる」

「あ、オイラはどうすれば……」

「いいから、そこにいてやれ。何もできなくても、傍にいるだけで救われることもあるのだからな」

「あ……」

 言うや否や、蓮華は足早に部屋を出て行った。

「……いるだけで、救われる、か……」

 蓮華に言われた言葉を、クロウサは反芻した。

 どう自分に言い聞かせたところで、それは奇麗事や逃げ口上の延長にしかならなかった。

 事実として、こうして苦しんでいるかりんに対し、自分は何もできていないのだから。

 力になりたい、役に立ちたいと願うほどに、人形であるがゆえの無力感が痛感される。

 何もできない。

 ……いや、そうじゃないだろう。

 何もできないことと、何もしないことはイコールじゃない。

 きっと何かあるはずだ。

 オイラにしかできない、そんな何かがきっとあるはずだ。

 それが何なのか、今はまだ分からないけれど。

 見つけるんだ、答えを。

 誰にもできない、オイラだけにできる何かを。

 誰のためでもない。

 かりんだけのために……。


「どうやら、少しは落ち着いたようだな」

「ああ。感謝するよ、蓮華」

 蓮華が持ってきてくれた薬が効いたらしく、かりんは今浅い眠りの中についた。

 小さな寝息と上下する胸を見て、ようやくクロウサも安堵の息をつく。

「それにしても、一体どうしたというのだ? 疲労ではあるが、肉体的なものより精神的なものが強いように思うが」

「……ちょっと、心に負担がかかることがあったんだ。少なくとも、かりんとしてはね」

「……まぁ、詮索はしないでおこう。しばらく休めば落ち着くだろう」

 薬箱を片付け、蓮華もベッドの傍らに腰掛けた。

「……やはり、かりんは相当無理をしているのかもしれんな」

「そう、かもしれない」

「私達も同じことだが、かりんはまだ肉体的にも精神的にも幼すぎる。抱えるもの、背負うもの、その全てが負担にしかなりえないのだろう。そんなことが続けば、まず壊れていくのは体よりも心が先だ」

「……かりんはさ、こう見えて、何でもかんでも自分の中に抱え込んじゃう癖があるからさ。いいことも悪いことも、外に出さずに中にしまい込んじゃうんだ。アイツがいた頃は、こんなことはなかったんだけど……」

「アイツ? ああ、前に聞いた、かりんの兄の話か」

「うん。ハルヒコって言ってさ。生きてれば多分、今の蓮華と同じか一つ年上くらいだったかな」

「生きていれば、だと? まさか、かりんの兄は……」

「……ずいぶん前に、事故で死んだよ。かりんには他に身寄りがいなかったから、ハルヒコだけがたった一人の家族だったんだ。それを事故とはいえ、幼すぎるときに失ったから、ショックは大きかっただろうね……」

「そうだったか……。すまないな、立ち入ったことを聞いてしまった」

「いや、気にすることはないさ。むしろオイラは、蓮華や日景には感謝してるくらいだ。オイラは誰よりもかりんの傍にいられるけど、してあげられることなんて何もないも同然だから。今みたいなときは、本当に助かるよ」

「……まぁ、人形であるお前にこう言うのも酷かもしれんが、そう卑下にするな」

「うん。分かってはいるんだけどね……」

「難しいものだな、立場がどうこうという以前に、な……」

「全くだよ」

 聞こえはしないが、クロウサは乾いた笑いでそう言った。


「……立ち入った話ついでに、もう一つ聞いてもいいか?」

「ん、オイラに答えられることならね」

「……かりんがあえて能力者となることを受け入れたのは……自分の兄を、甦らせるためなのか?」

「……そう、だと思う。多分、間違いない。少なくとも、ついこの間まではね」

「どういうことだ?」

「……少しずつだけど、かりんのその気持ちは変わってきてる気がするんだ。多分それは、アイツに……ヤマトに出会ったからなんだと思う」

「あの、風使いのやつのことか?」

「うん。思えば、味方以外で出会った能力者はヤマトが初めてだったんだよね。ヤマトはさ、一言で言えば甘いヤツだよ。同じ能力者として出会った以上、殺し合うことだっておかしくないのにさ。初めて会ったあの時だって、全力で戦ってればかりんは負けてたかもしれないんだ。けど、アイツは戦うことを選ばなかった。かりんが女の子だからとか、幼いからだとか、そんなことよりももっと単純に、何かを得るために他に何かを傷付けるっていう行為そのものが、大嫌いだったんだろうな」

「……確かに、とんでもなく甘い考え方だな」

「だろ? ……けどさ、それがますます似てたんだよ。もともと、何となく顔や雰囲気も似てたこともあったけど、それがとどめになったんだろうな。かりんの中で、ハルヒコとヤマトが重なって見えたんだよ」

「……なるほどな」

「決して、ハルヒコが甦ったわけじゃない。けど、同じ考え方、同じ雰囲気を持つ人間が目の前にいれば、もうかりんは冷酷にはなれやしない。もともと心を閉ざしながら、この道を進むことを決めたん。けど、それは覚悟には程遠い。ほんの些細なきっかけで、ネジは緩んで板が崩れる。今のかりんは、その最盛期なのかもしれない」

「……かといって、手を引かせることも難しいだろう?」

「そりゃ、ね。だからオイラは、もうやめようなんて言い出せない。かりんが自分の意思でこの先のことを決めないと、何の解決にもなりはしないんだ」

「……全く、難儀な道を選んだものだな」

「本当に。今更だけどね……」

「だからこそ、生き延びてほしいものだな。この先の人生で、人一倍幸せになるくらいでないと、かりんもその兄も報われない」


 どう言葉を並べ立てたところで、結局未来というやつは誰にも見通すことはできないもの。

 だからこそ、願うのだろう。

 今日より明日が、明日より明後日が、少しでもいい日になりますように、と。

 ただ、今置かれている現実の場合、それすらも至難。

 誰かの願いは、きっと別の誰かの願いと相反している。

 同じ朝を迎えても、目に映る朝陽はきっと、別々のものだろうから。



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