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十ノ一  作者: 泰然自若
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九 二ノ三


 日の陰りと共に、アイリス大陸では人々の住まう家々に蝋燭の火が灯り始める。その一つに教会の敷地内に建てられた修道院にも火が灯った。

 石造りの壁に囲まれた一室で、二人の人影が向き合うようにその影を伸ばしている。

「あの少年は一体何者なのですか? 異世界人であるにしても、」

 二人はテーブルを囲い合う向き合う形で椅子に座っていた。その表情は相違が歴然と見分ける事が出来、眼鏡を掛けている男は訝しげに顔に皺を作り、ラーレは飄々と気の抜けた表情を相手に向けている。

「――適性は」

 ラーレは相手からの問いかけに答えず、椅子に腰を落ち着けている男に話しかけた。自分の問い掛けに答えてもらえなかったことに対して少々腹立たしそうに眼鏡を人差し指で持ち上げると、眼鏡の男はため息を漏らして、

「言わずもがな。としか」

 そう言葉を吐き出した。

「だろうな。そうでなければ困る」

 ラーレはそういって微笑んだ。

「ですが、今だ”天””地”。どちらが高いかは不明です。こればかりは契約出来るかどうかを確かめなければいけません」

 眼鏡をかける男が怪訝な表情を浮かべながら、ラーレを見つめる。ラーレはその視線に応えるように、肘をテーブルに置いた。

「ゆっくりで良い。魔族の動きが活発化しているのは焦りの裏返り。そして、人に魔の手が伸びている事の方が問題だ。……だが、一先ずのところはこちらの世界に慣れてもらいたい」

「ですが、育成での違いは確実に出てきます。むしろ彼が地の適性ならば現状からすれば最大限活躍出来るはずです、早期に見分ける必要はあるかと」

「急ぐ必要はないさ」

 ラーレのその顔は憂いを持ち、湿った風のような纏わりを眼鏡の男に感じさせた。自分よりも一回り年下の女性がそのような儚げでありながらも艶のある表情をされては、引き下がるほか、男には選択する余地は無かった。男は静かにため息を吐き出すと口を開く。

「……判りました。帝都に護送後の手続きも教会本部への承認も済んでいます」

 互いに含むものを抱え込んでいる、そのことを察しているからこそ無駄な議論を避けた形になった。

「素早い判断、感謝する」

 ラーレの言葉に、眼鏡の男は「いえいえ」と相槌を打つ。

「ですが、宜しかったのですか? 帝国内で囲い込む事も可能でしょうに」

 眼鏡の男の言葉に、ラーレは苦笑いを浮かべた。

「ある程度の束縛はするさ、ただ雁字搦めはしない。それを帝国は望まない」

「……他国に引き抜かれる可能性がありますよ」

 眼鏡の男は特に突っ込んで聞き込みはしない。それが、二人の関係を表しているともとれる。親しそう会話をしていると思えるも、その実は明確な分別が行われている。

「それこそ愚問だ。そのような事を行えば帝国が動く。他国が我が帝国と対等でいられるのは連合を組んでいるからに過ぎない。それも連合は足並みの揃っていないものだ。抜け駆けすれば内紛を呼ぶ。誰もが手を出したくて出せないジレンマに陥るさ」

 その言葉を聞いて、眼鏡の男は何かに気付いたかのように僅かながら眼を見開き、口を開ける。

「たとえ、磐石ではないとしても?」

「そうだ」

 喉が鳴る。それは、眼鏡の男が鳴らしたものであった。

「ですが――」

 危険ではないか。その言葉を男は飲み込んだ。

「辺境貴族も動いている。私も、本業に戻る必要がありそうだ」

「証拠はまだありませんよ?」

「民からの話だ、信じるさ」

 その言葉に、思わず二人は笑みを浮かべた。

「捜索は少数ですね。我々は全面的に協力しましょう。上は何かと忙しそうですけれどね」

「助かる」

 ラーレは席を立った。

「一磨の勉学、頼みます。モーリッツ殿」

「はい、わかりました」

 そのやり取りの終わりに合わせて扉は開き、ラーレは退出していく。

 眼鏡の男は背もたれに体重を預けながら、弱々しく笑みを浮かべた。

「あのような少年を……巻き込むしかなかったのか」

 言葉には不満と、やる瀬無さが滲んでいるようだった。

「慈愛に満ちた信仰を。方や武と愛妻を持って戦に君臨した軍神。方や夫の帰るべき場所をたった一人で守りぬき、生命を尊び続けた気高き女神」

 その瞳には明らかな哀れみが浮かんでいた。

「いつから、溝が生まれたのか。……このような事を、誰が望む」

 誰かに答えを求めるかのようなか細い声が部屋の中に溶けていった。




 修道院は丘の上に建てられているので見張り台のようにも見える。強固な外壁を有する城塞と言える佇まいだが、そも教会の存在理由は管理にある。この修道院も異世界人を召喚する事が出来る術式が保管されている重要な土地として、また一般の民からは修道士が住まう場所として認知されている。

 教会は化け物との抑止力として甲士と騎士を管理していると言う事は一般的に知られているが、異世界人の管理に対しては各国首脳や諸侯の一部が知りえている事実だった。かつて、異世界人が甲士として優良な適性を持っているため、教会や帝国に対抗する目的で異世界人の召喚研究が行われてしまったという過去から、古代より異世界召喚が行われていた歴史的史料である遺跡を厳重に管理する必要が出てきた。そのため、一般には盗掘なども防ぐ目的で教会が遺跡に施設を建築し、諸侯らには教会という権力組織を据える事で正面切って強硬な手段を抑制する目的で、帝国や連合が各遺跡を教会持ちの不可侵地域として指定していたのであった。

 修道院というのも表向きで、その実は甲士や騎士が守護し鍛錬する施設としても機能している実態があった。

 その修道院の中庭は兵たちが隠れながらも鍛錬する場として利用されている。今、その鍛錬場と言って差し支えない場所で、一磨はラーレからの攻撃を避けた。


 平時は修道士としても過ごしている騎士や甲士達も、二人の稽古を興味深そうに一瞥しつつ、歩を進めていく。

 彼らにとってこの日常も二日目に入っている。今もまだ、甲士や騎士の興味を惹きつけているようだ。

 一磨を鍛えるとラーレが決心してから二日。服をアイリスの物に着替え、最初こそぎこちなさがあったが、シャツにズボンの組み合わせ、それに靴を履きなれる事から一磨の生活は始まっていった。

 稽古では、ラーレ自身が一磨の持っている型を知ることから始めていく事で、一磨自身に衣服が馴染ませるように配慮していくと共に、どんな技術を持っているかをラーレは見定めていった。素振りを観察し、足捌きを真剣に見つめ、その構えと日本刀を扱う一磨という一人の武人の粗を探し始める。

 次第に一磨の動きを知っていくと、今度はラーレの動きを見せ、どう対処するべきかをゆったりとした動作で確認しつつ、互いに木剣をぶつけ合う。最後には、素早い動作での打ち合いにまで、発展していった。

 稽古での打ち合いを重ね、ラーレは徐々に一磨の実力を知っていく。

 やはり、一磨は一角なんて物の才ではない。

 ラーレは綻ぶ顔を必死に隠しながら一磨への打ち込みを止めない。ラーレの眼から見ても、一磨は才能豊かな少年だった。剣術を始めて十年。たった十年でここまで完成された姿を今まで見た事が無いとラーレが思うほどであった。

 特に防御に関しては申し分なく、ラーレが本気で打ち込んでも決定打を与えられる事は無い。

 ラーレは一磨の動きに驚く。剣を持つもの同士での戦いは剣を打ち付けあう事が圧倒的に多く、甲冑や盾を持つ相手と戦う必要があるものがアイリスでは一般的だった。だからこそ、一磨がどんな悪手だろうと眼を離さず、視界に入れながらラーレの攻撃を避けて対処するその様に、衝撃を受けていた。

 滑らかでしなやか、その言葉が似合う立ち回りは美しさすら醸し出すものだった。流石に、避け切れない一打に関してはきちんと打ち合い防御する事を怠る事はない。つまりは、回避を第一優先として鍛錬を積んできていたというだけで、必ずしもその他の動作を疎かにしてこなかった事に他ならない。

 打ち付けあう木剣であったとしても、よくよく見てみれば、受ける刃の場所は一定の箇所に集中してくる。それも、下段はここ。上段はここ、と言った具合に複数の受け止める箇所を決めていた。

 ラーレは知らず知らずの内に、身震いしていた。一磨という才能の塊を目の当たりにしてしまった事から来る興奮。幾ら攻め込もうと切り崩せない、まるで難攻不落の城塞を一人で攻め立てていると思えるほど、まさに鉄壁の布陣に相応しい受け手だった。

 決して視線を切る事無く、迫り来る武器の線を読む事が出来るので、まず一対一では負ける事はないとラーレは太鼓判を押すほどだった。だからこそ、ラーレは一磨の粗を比較的簡単に発見する事が出来た。

 その類稀なる防御への意識、それこそが一磨の粗だった。

 端的に言ってしまえば攻め手が弱い。

 稽古という前提を持って打ち合っているにも関わらず、どうしても身体に得物を叩きつける事をしない。確かに木剣であろうとも、頭部に直撃すると死亡させてしまう可能性はあるが、ラーレはその程度の腕前ではない事を知っているはずだ。にも関わらずどんな隙があろうと決して打ち込めず、よくて身体に当たる寸前に打ち止めするくらいであった。

 ラーレにとって、この弱点を直すには非常に骨を折っている。今のところ、矯正の糸口すら見つかってはいなかった。

 行き詰っている一方で収穫は勿論ある。

 得物を持った相手ならば、まず負けはしない。ラーレは極自然な意見としてその事を受け止めていた。たとえラーレ自身であったとしても、そこまでの自負は無い。無いが、一磨が一対一で負ける場面を何故か想像することが出来なかった。ラーレがもし本気で戦ったとしても、負ける事も無ければ勝つ事も無いと思っている。それこそ、体力を削りながらの消耗戦に持ち込むくらいしかないと考えているほどだった。

 一磨の剣裁きから見れば、たとえ相手を殺す事が出来ずとも、相手の武器を落とす事も可能なほど繊細な剣捌きをしてみせる。これならば相手の戦意を喪失させる事も、賊相手ならば苦労はしないだろうとラーレは考えていた。尤も、これにも欠点はある。

 恐怖。という感情が、一磨の才能全てを摘み取っていた。

 相手を傷つける事に対して、極端なまでの嫌悪と恐怖を持っている、だからこそ、ラーレに満足な打ち込みも出来ず、ただ防戦徹したいという後ろ向きな考えをしてしまう。対峙する中で、剣とその姿から滲んでくるその感情に、ラーレが気付かないはずはなかった。

 元々、一磨は完成されている。それを今更鍛えるというのは一から新しい剣術を教え込むもの。一磨ならば覚えも早いかもしれないが、そも三日ばかりでは何一つ満足に出来はしない。

 類稀なる技術を持ちえながらも、恐怖を克服できなければ宝の持ち腐れである。

 つまりラーレは鍛えると言ったところで、外面も内面も確認する程度の事を行うしかなかった。

 多少なりとも、力になれるという自信もあった。

 戦人として、人を殺してきた、化け物と戦ってきた先輩として何か助言くらいはしてあげる事が出来る。そう思っていたラーレは、一磨に見つからないところで落ち込んでも居た。

 そんなラーレの姿を一磨は知る由もせず、充実した日々を送った。

 襲撃された前日よりも伸び伸びと身体を動かし、生き生きとした表情で稽古に励み、食事も残さず食べ、教会の者達とおっかなびっくりながらも会話が出来た事に安堵し、文字が読めない事に落ち込む。

 一磨には今までに無い経験だった。多くの人に接しては来た。接しては来たが誰一人として一磨に厚意を向ける者が居なかった。誰からも疎まれ、痛めつけられてきた。

 その反動からか、一磨は何事にも貪欲で、臆病ながらもしっかりと異世界という初めての環境に適応しよう、理解しようと必死になっていた。

「よし。今日はここまでにしよう。残りは座学だな、頑張れよ」

「はい」

 ラーレの言葉に一磨は元気良く返事をする。上下に揺れる双肩と荒い息遣いは苦しそうだ。それでも、一磨は笑顔を作った。

 三日、限られた短い期間ではあるが一磨はその三日で費やす稽古や異世界での生活を楽しんでいた。

「教会の人間とはどうだ?」

「とても良くしてくれています」

「そうか」

 座学に関して、文字の読み書きが出来ないと言う大変さがあったが、教会の人間からは好評を博している。ラーレも報告で知っているが、実際教員役をしている人物の話から事実だと判断していた。

 微笑ましくもあるし、素直に応援したいと思っているラーレにとって、一磨は何処となく弟のような存在に思えていた。まだ出会って四日程度ではあったが、人間としてラーレは一磨を放っておく事など出来なかった。それほどに執心している姿は、毎日の稽古や日常の会話から容易に周囲の人々へ知れ渡っている事をラーレは知らない。何よりも、一磨にとって、今の生活こそ人生の中で最も幸せな時間となっている事を、ラーレや教会の人間達は知らない。

 一磨にとって、今の生活――稽古をして、他人と会話し、雑務をこなし、勉強し、眠る。

 その全てが、楽しかったのである。

 たった三日。その短い時間が、一磨にとっては最良の時間となっていた。たとえそれが、ラーレにとっては茶番だと思われていながらも、十河一磨にとっては代える事の出来ないものとして胸の中へ、大切に仕舞い込まれていく。

 一磨にとって、この生活全てが新しい人生の始まりだった。

「どうですか、一磨くんは」

 廊下でラーレと出会った眼鏡の男は挨拶がてら、座学へ向かう一磨の背中を見つめつつ、ラーレに問いかけた。

「一磨は、一体どんな稽古を積んできたんだろうな」

 ぽつり、とラーレは零した。

「貴方がそんな顔をするとは、驚きです」

 眼鏡の男は顔を顰める。

「哀しいことだよ。十六歳で人を殺した事もない少年が、容易に人を殺せる実力を持っている。恐怖によって自制、と言ってもいいのかどうか……。とにかく、危うい事に変わりは無いよ」

 ラーレの言葉に感情が乗りすぎている事を知りながら、眼鏡の男はあくまで抑揚ある声を発していく。

「大丈夫ではないですか? 一磨くんは貴方に憧れているでしょうし、貴方の言葉ならば守るかと思いますが」

「何れ、人を殺す事にもなる。だからこそ、今だけは。なんて言うのは問題の先延ばしか」

 自嘲するラーレに、いよいよ眼鏡の男はため息を盛大に吐き出した。ラーレもそのため息に思わず苦笑いを浮かべている。

「貴方らしくも無いですね。天竜と言われたお人がそんな及び腰ですか」

「私もそう思う」

「貴方が一磨くんを身内のように扱っているのは判りますよ? だけれど、」

「判っている、大丈夫だ。力の扱いを間違わせるなんて事はさせない。それこそ望むべき未来ではないからな。馬車移動の際にでも、言うつもりだ」

「帝国のため、と言っても……おっと、これは失礼しました」

「構わないさ、帝国はもう体裁を保つだけで精一杯だ。だからこそ異世界人に頼らなければならなかった」

 ラーレは肩を竦めて見せる。

「大丈夫ですよ、少なくとも教会は帝国が崩壊する事を望んではいませんからね。打算的ですけれど、今滅びられると人類は衰退するしかない。教会としては甲士を管理している以上、」

「連合からの圧力に屈するか、人間同士の戦争か」

「難儀な事ですな。司教の私もこんなところにいるくらいですからね」

 互いに諦めたような疲れた顔をしてから、弱々しい笑顔を作り出す。眼鏡の男はとりあえず、愚痴を聞いてラーレの気分転換になった事を確かめてから、

「それと、公爵派に動きがあったそうですよ」

 と、伝えた。途端に、ラーレの顔が強張るが、すぐさま顔を引き締めて、自然体を装う。

「そうか、すまない」

「いえいえ、教会は表向き平等ですからね」

 その言葉に、何かを含みを持たせた眼鏡の男だったが、ラーレはただ「そうだな」と呟いただけで、それきり二人は会話もなく、各々の役割のために動いていった。


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