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十ノ一  作者: 泰然自若
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三十

 教会が甲士を人数規制を掛け、異世界人の召喚を可能とする術式を管理する事を行い始めてからもう四百年ほどの歳月が流れた。四百年前、全ての発端となった出来事が起こっている。

 誰もが恐れ戦き、敗戦を重ねた魔族との大戦争。甲士は次々と命を散らせ、人々は土地を追われた。この大戦争で、兼ねてより異世界人の召喚を行ってきた大帝国が重い腰を上げる。

 異世界人が初めて、アイリス大陸で起こった魔族と人間の大戦争に介入し、英雄的働きをすることになった歴史的な出来事の裏には、英雄の存在と教会の発展が関わりを持ち、やがては教会を管理する組織として動き出す要因となり、帝国と連合という二つに人類は分断されていく。

「落ち着いたか」

 連合。元々は大帝国へ軍事的に対抗するため結成された軍事同盟だった。軍事同盟は次第に相互な経済協力なども取り入れて発展して行き、現在では連合と称されるようになるまでの発展と繋がりを得ている。

 その連合に所属する一国と帝国が隣接するはずだったちょうど中間に、教会が規定する不可侵地域が存在し、教会本部となる大聖堂は荘厳な佇まいを見せている。元々、アイリス大陸で最も巨大な異世界召喚術式が発見された場所でもあった。現在こそ封印されてはいるものの、十分に重要拠点と成り得る土地と言える。帝国、連合両国家群が所有したいという欲望を持っていたのだが、甲士の管理、甲石の産出を行っている教会の機嫌を損ねるような行動を取る事はなくなったという思惑から表立って動く事はなかった。

 甲石に至っては連合各国の領土内、帝国領土内でも産出されているので、量は問題ない。 ただ良質な物はやはり教会が産出しているものしかなかった。粗悪品の甲石では騎士が精々と言ったところで、たとえ甲士適性が高くとも、騎士以上に甲殻化は出来ない。

「全ては万事予定通りです、いやはや骨が折れましたな」

 大帝国ですら教会内部を知り得る事はなく、連合もまた同じこと。

 その教会が二つの派閥に別れたのも四百年前の事である。故に、今回の軍神派と女神派の対立は必然とも言える衝突であった。

「ですが宜しかったのでしょうか。少なからずこちらも被害を被ったわけですし、多少の援助を期待しては?」

 何故、女神派は帝国内部に巣食う魔の手、公爵派に協力したのか。そも、今回帝国崩壊をも感じさせる事件となった帝国公爵家の反乱を急かしたのは女神派に他ならない。言わば火付け役と言っても過言ではなかった。

「被害、か。こちらが帝国に与えたものを考えるならば、そのような言葉を吐けぬよ」

 女神派がその帝国崩壊で求めたのは革新だった。技術の革新であり、人類の革新。追い求めた答えが公爵派に存在していた。

 まさに革新的と言える存在――エドゥアルトの実験と、研究から生み出されるはずだった甲士に対抗し得る兵器。

「しかし、こちらは半数もの、」

 甲士管理の実権を軍神派に奪われ、自分たちは本来あるべき姿である聖職者としての一面しか与えられていない事による不満を抱えていた。表だけを見るならば、不平不満の爆発と見るべきところだが、実際は違う。

 女神派は世界を変えようとしていた。人類を救おうと女神派なりに行動していた。理想への行動が、甲士体制の崩壊や女神派が教会の実権を握るように画策していった事にも繋がる。用は足並みが揃う。並行して動けるものは出来る限り巻き込んだ形になった。

 巧く事が運べばまさに理想の実現となっただろうが、軍神派はそれら女神派の行動を見逃してはおらず、そのことごとくを断罪した。結果として残ったのが、半数となった教会上層部だった。

「欲望と性急なる進化の代償だ、判っておるのか?」

 軍神派は、女神派が興味を持ったがためにエドゥアルトの研究の危険性を知る事になる。まったく新しい革新的な試み。非人道的とはいえ、実現すれば新たな抑止力の誕生も夢ではなかった。

「そうですな」

 軍神派はそれを恐れた。非人道的はさして問題ではない。問題なのは、性急なる進化とも言うべき変化だった。

 急ぎすぎる人類の進化は、自分たちの死を早める事になる。女神派も理解こそしていたが、手綱を握りきれると楽観的な予測を立てていたに過ぎなかった。

「枢機卿が減った事を喜んでおられるのではないでしょうか。敵対しても彼らは同じ信仰宗教の同胞だったのですぞ」

 女神派は人類を信頼しすぎていた。聖職者過ぎた考え方で物事を決め付けていた。

「硬いのう」

 軍神派は人類を信用してはいなかった。管理者として、絶対的な中立を貫くために身に着けた疑い続ける考え方に基づいて、物事を注意深く観察していた。

「いや、若いというべきですかな」

 相違は言わずもがなだ。これでは対立しない方が奇妙と言うしかない。両者は説得と協議を重ね、水面下では熾烈な攻防を繰り広げた。

「あなた方は――!」

 きっかけは確かに公爵が魔族に魅了されたことに他ならないが、それを利用したのは女神派であり、公爵を利用し女神派の粛清を進めたのは軍神派だった。

「女神派の独断を許せというのか?」

 全ては軍神派の描いた計画に基づいて行われた。計画通りとはいなかったが、修正が巧い具合に入り、万事巧く行った。偶然であろうと奇跡であろうと結果は変わらない。

「いえ、そもそもそのような浅い考えではありません。彼らは彼らなりにこの戦争を終わらせようとしていたのですよ」

「だから拙いのだよ」

 そう、女神派が求めたのは世界の革新。アイリス大陸の現状を変えるには何をするべきかと考え、行き着いたのが数百年と続く魔族との戦争終結だった。

「なんて事を、言うのですか」

 理想を追い求め続けた女神派を、軍神派は現実によって捻じ伏せた。

「お前はもう少し長い目で世界を見るべきだ」

 女神派は上辺しか見ていなかった。前線しか見ていない状態では視野が狭くなり、目に映る現実は強烈な印象を植え付ける。

 悲劇を終わらせたい。一途だと思えるその考えが、思春期の子供以上に不安定で危ういものになった。

「もはやこの戦争はただの生存闘争などではない」

 軍神派は努めてこの戦争、延いてはアイリス大陸全体を見つめていた。前線ではなく、自陣からでもなく、中立の立場からじっと堪え、見続けてきた。吟味に吟味を続け、戦争の重みを違う意味で理解したのだ。

「今更戦争を打開できる兵器が世に出てみろ。世界の均衡は容易く崩れ去る」

「何故ですか」

 止まるはずは無い戦争。止まってはいけない戦争。

「全ては戦争を中心にして回っているという事だ」

「連合も、帝国も、教会もだ」

「それは……」

 女神派のやろうとしていた事はまさに革新。行き過ぎた進化に他ならない。

「緩やかなる進化ならば我らも問題視はしない。だが、物事には段取りが必要で彼らはその段取りを見誤った。急かし付けて、しまいには欲望によって暴走した」

「だからこそ、我らが帝国の内乱に乗じ、こちらの掃除を行うべく動く。当然であろう。身内の不始末、それも世に出せない掃除だ」

 甲士と同等以上の力を内包する新たな抑止力の誕生。洗脳も可能で、恐怖も感じる事の無い戦闘兵器は前線で戦う多くの兵を助ける役割を担うだろう。

 もし、エドゥアルトの研究全てが成功実現していたのならば、施設の完成度次第ではそれこそ無尽蔵に兵器を生成する事も可能だった。

「判るだろう。お前は若いが有能だ、少々青臭すぎるのが問題ではあるがね」

 魔族との戦争の始まりを知っている者は誰も居ない。誰一人として生きている人間など居ないからだ。当事者無き戦争となるほど、長い殺し合いの歴史が積み上がっている。

「……連合と帝国の拮抗状態、いえ抑止力が魔族。さらに、相互協力の名の下に行われた技術革新」

「聖地たる内海から流入した異世界の文化もその一つ」

「その文化によって甲士はより抑止力としての価値を高めた」

「集団戦闘の確立と騎士の編成、刀や鉄砲という兵器。戦術の革新、それに付随する日常生活の発展は言うまでもあるまい」

「戦争によって、我らが発展した事は紛れも無い事実だ」

「ならばその発展をここで止める道理はない。まして終結を焦る必要はない」

 急速な進化は人々を置き去りにする。女神派は戦争終結後の未来を熟慮してはいなかった。

「……はい、申し訳ございませんでした」

「お前の潔さは清々しいな」

「恐縮です」

 戦争によって体裁を保ち、帝国と連合国家群が大規模な戦争衝突も無く、今まで平穏に国という組織を保ってきていたのは魔族という存在があってこそ。

「いずれ、領土も拡大されていくだろう。それもゆったりとした変化でな」

 性急な進化はアイリス大陸の情勢を一変させるには十分すぎる代物。

 エドゥアルトの実験が世に出てしまえば、何れ誰もが甲士を上回る力を得る事が出来る事を知る。誰もでも天地を統べる者となる事を知られてしまう。例え、その力によって魔族を打倒したところで待っているのは人間同士の戦争。

「さすれば領土分割協定もゆるやかに発展する。一気に広大な領土が帝国の隣に出来てしまってはそれが戦争の引き金になる。外交戦争で済むはずもないからな」

 魔族の勢力圏は広大だ。全てを帝国が手中に収める事など、まず連合が許しはしない。よしんば外交戦争に持ち込んだところで、仲良く割譲しあう保障はどこにも無く、まず間違いなく領土争いによる戦争が起こる。

 主戦力は言うまでも無い。今まで以上の人間が容易に死に絶える。

 軍神派は女神派の理想を打ち砕く形を取った。現実を重視し、人類には早すぎるとして緩やかなる開放を選択し、自らの半身を犠牲にした。

「全ては、万事巧く行った」

「はい」

 未来の事を知る事は不可能だ。神ならばあるいは、という次元の違う話にしかならない。軍神派出来得る限りの未来を予想し、最善となるであろう行動を取ったに過ぎない。必ず訪れる未来で、今回の事件がどのような結果を運んで来ようが、もはや動き出した時を止める手立てはない。

「失礼いたします」

 軍神派の暗躍により、女神派は粛清され、帝国も反乱分子を一掃し崩壊を免れた。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、その事実だけが何者にも得難いものだということを、軍神派は噛み締める他にはない。

 願わくは安寧とした平穏と緩やかなる変化が訪れ、人々の笑顔が曇る事なきようにと、祈るほかにはなかった。




 大聖堂での報告会は終わりを告げ、議場となった長いテーブルと整然と並ぶ椅子の群れに人影は二つを残すだけとなった。

 教皇と枢機卿は背もたれにぐったりと背中を押し付けて、目を瞑った。白髪の総髪は短く刈りそろえられ、顔も皺に溢れかえっている。そこには枢機卿や教皇といった責任ある役職から解放された、二人の老人が居るだけだった。

「若いな」

 教皇が目を瞑ったまま、苦笑いを浮かべた。先ほど、新しく司教に抜擢された男の事を言っていた。枢機卿は釣られたように似た笑みを作った。

 司教は齢四十を超えているのだが、二人からすればまだまだ若い男だった。

「だが、いずれは教会を背負う人間になる」

 期待を込めて吐き出された言葉に、枢機卿は大きく頷いた。女神派を一掃した事による管理職不足は深刻だ。有能だった人物も情け容赦なく罰したのは怨恨を恐れたがゆえ。生き残りが居るのならば扇動者とも成り得え、教会内部の情報を漏らしかねない。苦渋の選択ではあったが、緩やかなる進化を目指す軍神派、延いては教皇は涙を呑んで断罪に踏み切った。

 人材不足は背負うべき業だ。不満を述べる勇気も資格もないと多くの軍神派上部は思っていた。

 救いがあるとするならば、でっち上げた不正汚職を原因に処刑したという事実を、信者が想像よりも穏便に受け止めてくれていた事だろう。

 要因は一つしか考えられない。帝国に現れ新皇帝と各国特使を魔族から救った英雄の影響だった。

「天地を統べる者、使えるのか?」

 教皇は目を開け、首だけを動かし枢機卿を見つめる。対して枢機卿は遥か上に見える天井を眺めていた。

「報告によれば有能、人格も優れている。人類の革新を起こすとは考えにくい」

 甲士に進化の余地がある。進化させるにはどうすれば良いか。今、アイリスの人々を進化させる可能性が最も高い存在は天地を統べる者、十河一磨に他ならない。

 エドゥアルトの研究を目の当たりにし、自身も殻を破り真なる力を覚えつつあるからだ。

「十河の血筋だろう

「えぇ」

「ならば、何も問題はないな」

 報告を聞くと、教皇は興味を無くすように投げやりに言葉を放った。

「問題こそ起こしはしたが、力を見誤る事はなかったからな」

 経験からか、教皇はそんな言葉を漏らしていた。

「あるとするならば、魔族と諸国の動きか」

 話題を変える。

「皇帝陛下は聡明だが、人間を信用しすぎるようだ。あれではまだまだだな」

 言葉とは裏腹に、枢機卿の顔は穏やかだった。

「特使は心酔させる事が出来ただろうが、当事者でなければいかに口の巧い特使が報告したところでな」

 天地を統べる者が現れたと公言し、その直後黒い甲士と壮絶な一騎打ちの上打倒した純白の甲士。まさにレオノーレ新皇帝が言った通りとなり、誰もがその姿に興奮した。まるで劇場で見る英雄を題材にした演劇を特等席で見るようなものだった。勿論、現実においてその考えは間違いではない。特使達は最高の演劇を嬉々として王に話し聞かせた事だろう。目を輝かせ、子供のような無邪気さで持って報告した特使も中には居たかも知れない。

 その報告を聞いて、王たちはどう思っただろうか。特使の興奮具合に信じたものも居れば、信じない者も居ただろう。

「英雄の再来。帝国の再建。諸国が軍事行動に出る前に事が動いたが、各国は巧く統率出来れば良いのだがな」

 どれほど口が達者であろうとも、事実を見た事がない者からすれば実感も情景も浮かぶ事はない。諸国が必ずしも帝国を軍事的に揺さぶってこないという確証はどこにも存在しない。あくまであの宣言と一磨の姿によって、特使を麻痺させ事実を歪曲させているだけに過ぎない。言うなれば混乱させている内に帝国の再建を進めているというのが実情だった。

 目くらましに引っかからない連中が果たして動くか、静観を続けるか。教皇と枢機卿もそればかりは予測が付かなかった。教会の情報網も完璧ではない上に、長年悩まされてきた問題が、英雄再来により面倒な事になっている事も、予測を付けさせる妨げになっていた。

「遺跡の盗掘問題か」

 かつて異世界人を召喚するために用いた術式を配していた建築物の数々。戦争でその多くが色々な意味を持って破壊され、今では教会が管理するようになっている。

 英雄の乱立を防ぎ、アイリス大陸に無駄な戦力投入をさせないための防壁。優れた人間が数人ならば対処は出来るが、人数の把握も出来ないほどに存在した場合、待っているのは戦火と混沌。管理を強行するには十分すぎる理由だと教会は思っている。

「今はまだ秘密裏に処理は出来ているが……」

 快く思わない者は多い。戦力を制限されて供給されている事からくる不満が噴出するのも仕方がない事だ。対処は出来る限り行ってはいるが、強引に探る輩には容赦の一切を教会は否定する。

「異世界人召喚を自国でも、か。……わからぬ話ではないが」

「人類の進化を急がせる必要はない。処理はこれまでと変わらず」

「既に」

 重いため息が二人の口から零れ落ちた。


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