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十ノ一  作者: 泰然自若
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二十七

 初めはどうしてこんな事になったのか全然解らなかった。なぜ僕だけがこんな仕打ちを受け続けなければならないのかをずっと思っていた。それなのに、今の僕はこの世界で起こった事象の根源を断つために帝都へ向かっている。

 ラーレと向かうはずだった帝都。僕はそこで戦人としての訓練を積んで、立派な戦人になると誓っていた。だけれど、僕は魔族に襲われてティルラに助けられた。

 ティルラとの生活を思い起こせば、本当に二週間程度の出来事とは思えなかった。全てが充実していて、全てが楽しかった。その日常が崩れ去り、僕は人を初めて殺して、復讐を誓った。

 仇討ちの相手に大切な人をまた奪われて、おかしくなって、仇討ちの相手は満足して殺されていった。

”僕は何のために、生きている”

 そして、今の僕が行っている事は他人から押し付けられた事だ。どうして僕はこんな事をしなければならない。

 僕の中で、いろんな人が僕を急かす。

 母さんが生きてと言う。ティルラが生きてと言う。ラーレが生きろと言う。生きて、生きて。そんな願い事ばかりだ。そんな事、解っている。判っている。死にたくないから僕は生きているんだ。それなのに、皆がしつこく僕を生かそうとしてくる。

 うんざりだ。どうして僕はこんな生き方しか出来ないんだ。

 そう思って全てを投げ出そうとした。それなのに、身体は勝手に動いているようにさえ思えるほど言う事を聞かない。僕の身体を覆う殻がまるで僕を連れ去るかのように帝都へ向けて空を翔けていく。

 たとえ、僕が寝ていようとも、起きていようとも、僕にはつらくない。どうしてかは判らない。それなのに、ここは居心地が良かった。だからかな。僕は言われるままに動いている。

 身を委ねて、生きていくのも悪くは無いのかな。判らないよ。何が正しくて、何が違うのか。

 ただ生きていくだけじゃ、ダメなんだよね。

 ティルラは僕にどういう生き方をして欲しい?

 母さんは? ラーレは?

 頭の中に居るのに、誰も答えてはくれない。皆、口を開くけれど声を出してはくれない。けれども、笑っていてくれている。どうして笑ってくれるのかは判らない。けれど、その笑みは僕を苦しめる。何をして良いのか判らない。何故生きているのか判らない。何故言われた通りに行動しているのか判らない。

 どうすれば、良いのかな。

 誰か教えてよ。夢の中で僕は叫ぶように蹲っていた。何も考えたくは無い。だから、目を瞑り、耳を両手で塞ぎ込んだ。これは夢の中だったはずなのに、どうしてこんなにも冷たく、辛いのだろう。そんな事を思ってしまった。

 誰かの声が聞こえてくるけれど、それを必死で聞かないようにした。全てが怖かった。自分の夢なのに、自分が自分でなくなっていくような言いようも無い恐怖がそこにはあった。次第に全ての物音がとてつもない騒音になって、僕に襲い掛かってくる。何がなんだかわからない。だから、僕は必死に目を閉じ、耳を塞いだ。

 どうして、僕はいつもこうなんだ。




 気が付いた時、全てが消え去っていた。夢から覚めて欲しかったけれど、どうやら僕はまだ眠っているらしい。泣き付かれた疲労感はあるのに、おかしな感覚だった。

 真っ暗な世界がまだそこにはあった。だけれど、そこにはたった一人の人物を除いて誰も居ない。母さんもティルラもラーレも、殺した男も、仇討ちの男も、十河の者も。

 ただ、祖父が立っていた。何故だか判らないけれど、祖父が目の前に居た。

 何度見た事だろうか。この世界に着てから何度と無く見てきた夢の続きかもしれないと思ったほどに、同じ光景だった。厳しい表情で稽古着を着込む祖父がいる。

 刀を握っている。それは、それは綺麗な正眼だった。教わった中段の構えの基本形。僕は思い出したかのように、その構えを作った。いつのまにか、手にはラーレからもらった刀を握っていた。

 あれ? 

 僕は初めて知った。どうして、祖父の持っている刀と僕の刀は同じなのかを今、知る事になった。わけが判らない。ラーレの刀を祖父が握っているのか。祖父の刀を僕が握っているのか。見間違いではない。どこからどう見ても同じ代物。それでも、不思議と違和感が無い。

 何故だろう?

 それに気づいた瞬間、祖父は――

 笑った。

 何故だか判らない。けれども、僕は泣いていた。声を出して泣いていた。今までの全てが許せる気さえしてくる。それほどに僕は大声を挙げて泣いていた。夢の中で、自分の思いの全てを祖父にぶつけた。

 だって、嬉しかった。初めて祖父が笑ってくれた。稽古中ずっと鬼のような形相で僕を痛めつける祖父しか居なかった。それなのに、夢の中でただの一度も笑ったことの無かった祖父が、今回だけは笑ってくれた。僕の綺麗な正眼を見て笑ってくれた。

嬉しかったのに、なんで、こんな事……。

 泣いている理由が変わっていく。感涙じゃない。悔し涙になっていく。だって、おかしいじゃないか。どうして、僕は……。

”祖父の名前すら知らない”

 十河の者なのに、誰も僕に名前を教えてはくれなかった。皆、祖父を呼ぶ時は大殿様と呼んでいた。だから、だから僕は知らない。家族であるはずの祖父の名を、僕は知らない。

 笑っていてくれているのに、初めて笑ってくれているのに。僕は祖父の名前を呼べない。

 誰もが笑ってくれている。夢の中でなら、誰でも笑ってくれていた。それなのに、祖父の笑みだけが悲しそうに見えてしまった。

”一磨。お前は一磨だ”

 祖父の声が聞こえた気がした。

 それは一体何だのか。僕には判らなかった。




 耳から木々のざわめきが聞こえてくる。風がそよぎ、鳥がさえずり、夢心地だった僕を現実に繋ぎ止める。

 ゆっくりと目を開ければ、大きな木の根元で大の字を描いて僕は寝転んでいた。

「夢」

 そう、判っていた事だった。だけれど、不思議と不快ではなかった。曖昧でおぼろげながら、夢の断片を覚えているからかもしれない。いつもと違う悪夢ではなかったのは確かだ。

「大丈夫?」

 声が聞こえてきた。首を捻って左に目を向けると、一人の子供と老人が胡坐を掻いて座っていた。

「起きたかい。道端で眠っていたようだったからね。休憩がてら掃除させてもらったよ」

 老人はそう言って微笑んだ。

「すみません」

「行き倒れとは違うようだが、立派な刀を持っている。用心しなさいな」

「はい」

 お礼を言って、僕は立ち上がった。少しめまいがしたけれど問題は無い。少年が心配そうに僕を見上げると、

「これあげる」

 茎を渡された。

「その草の茎は、疲労に効く。苦いが吸っていきなさい」

「ありがとうございます」

「魘されていたけど、もう良いのかい」

「――はい」

「なら、わしらも行くかね」

「ありがとうございました」

 きっと、僕をずっと見守ってくれていた。

 その感謝を込めて、僕は今、やるべき事をやる。

「見つけた」

 僕の呟きに反応して、不思議そうな顔の少年が見上げてくる。

「何を?」

 優しそうな少年だった。きっと大事に育てられているんだろう。

「やりたい事、聞きたい事、知りたい事。色々と見つかったんだ」

 そう言って僕は少年の頭を撫でた。きっと僕は笑えている。

「離れて」

 そう言って目を閉じた。力はある。だからこそ、僕は殻を纏う。だけど、もう隠さない。隠したくない。だから、前を向いて生きて行く。自分の全てを知るために。

 やり方なんかわからない。教えてもらった事は無い。だけど、力がそっと寄り添ってくれるから、怖くも無い。大丈夫、僕はやっていける。

 僕は、母さんの願いを受け入れて、ラーレの遺言を守って、ティルラとの約束を守る。

 そして――

「甲士様だったのか」

「お兄ちゃん、すごい」

 ありがとう。

 背中から聞こえる声に反応せず、僕はゆっくりと浮き上がる。慣らすように、感触を確かめながらゆったりと天を舞う。

 腰にはしっかりと、少しだけ伸びて形を変えた刀が定位置に収まっている。僅かに左手で触れてから、僕は翔け出した。

 祖父に会いたい。

 一度、真正面から向き合って話をしたい。大事なんて関係ない。僕にとってそれこそが今、一番やりたい事。だけれど、ラーレとティルラの約束も守る。だからこそ、僕は生きて、戦ってみせる。

 そうだよ。生きる理由なんて小さくて良いんだ。その場しのぎでも良いんだ。

 生きているから、やりたいことが出来るんだ。

 母さん、ごめん。僕は母さんのためには生きない。僕は、僕のために生きていけるようになる。

 だから、行くよ。

 忘れない。絶対に、忘れないからね。


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