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十ノ一  作者: 泰然自若
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二十四

 突然の驟雨が世界を覆い隠す。たちまちに大地を染め上げて何もかもを泥に塗り消していくかのような勢いだった。城内に散乱する人と化け物の死体にも容赦なく恵みの雨は降り注ぎ、彼らを濡らしていく。

 その雨音に同調する足音が城内に入り込んできたのは、全てが終わった後の事であった。足音の正体は、ラーレによって査察団護衛の任を与えられていた騎士達だった。彼らは地甲士が魔族との戦闘に突入していたことを確認後、住人の避難などにまで手を回していた。本来ならば、このような城下で魔族が出る事など誰もが想像できる事態ではない。だが、それでも毅然とした対応を見せたのは紛れも無く鍛錬と経験の賜物だったと言える。

 彼らはその足で甲士の援護へとはせ参じ、この驟雨に見舞われる事になった。避難誘導を始めた頃合は晴れていた天候がだったはずが、気づけば曇り空になり、ついには癇癪でも起こしたような強烈な雨を降らせている。

 城内に突入したのは十二名。三人一斑として列を作り皆が同じ両刃の剣を持っている。その統率力から、錬度の高さを伺わせた。

 城内に入るまでには魔物の死体が数十体と確認する事が出来ていた。油断するという事のほうが難しかったとも言える。しかしながら、そんな騎士をもってしても目の前に広がった光景には皆、一様に足を止める。

 甲殻の力を失い、人として死体となった甲士が赤い血を雨で押し流されながら倒れている。手前には、天竜甲士と言われたラーレ・ライヒュンの全身を貫かれた状態で横たわっていた。

 何よりも、その死体が横たわる中心に、たった一人立ち尽くしている甲士と思われる存在がいることに、強烈なまでの違和感と緊張を騎士に与えていた。

 威圧。気圧されていると騎士らは素直に思えるほど、その甲士は異様だと言えた。

 本来、甲士は甲冑を連想させる風体になるのが一般的で、その中で適正のある者から、部分的な身体特徴が顕著化してくる。角や尻尾。異様に伸びた爪、翼。ある種、人とは違う獣のような風体を持つそうした者達は実力者として認知される一つの目印でもあった。

 だが、目の前にいる甲士は違った。背中から純白な突起物――翼に見えなくもない――ものが人の肩甲骨付近から三本ずつ生えている。生物を連想させる事の無い、磨き抜かれた刀剣のような美しさを兼ね備え、驟雨の玉雨を切り裂いていた。肩幅は広く、また肩から二の腕かけて丸い曲線を描いた肩当てが伸び、篭手には継ぎ目すら見とめる事が出来ない。全体的に、細身な甲士形態でありながらも背格好は常人よりも頭一つ分ほど抜け出るほどに高い。

 誰もがその純白に染まる甲士に見惚れていた。それほどに、完成されている芸術作品に見えてしまっていた。

 甲士はゆっくりと騎士の方へ振り返ってくる。表の全身像が露になったが、騎士は完全に萎縮してしまっていた。彼らとて甲殻を纏う者に他ならないが、普通の甲冑よりも硬く動きやすいものでしかない。自分の着込む甲殻がいかに未完成品だという事を、まざまざと思い知らされた結果になった。

 額は漆黒に染まり、その下にある二つのまなこは赤黒く光っている。胴は僅かながら迫り出す形になり、臀部は引き締まりながら、どっしりとした脚ではまた太く、逞しいものとなっていた。

 握る刀は水滴を垂らしながらも僅かに白く発光し、鞘は黒く左の腰に垂れている。

 騎士達は、何をすれば良いのかを完全に頭から抜き取られてしまっていた。あまりに想定外の存在を前にして、いかな経験豊富な騎士とて、凡人と等しく同じようにただただ唖然として立ち尽くす事しか出来なかったのである。




 白い甲士はゆっくりと刀を鞘に納めた。騎士が何もしてこないのを確認してから幾ばくかの時が流れ去った後の行動ではあったが、この行為によって騎士達はまるで今まで呼吸することすら忘れていたと思える大きな深呼吸を行った。とにも、騎士らにとっては生きた心地のしなかった一時であったのだろう。

 白い甲士はおもむろにラーレの死体の傍に立つと、肩膝を下ろしつけながらネックレスを引きちぎって右手に巻き付けた。そして、ラーレの死体を抱き上げた。力なく垂れ下がる腕と足に、ラーレが本当に息絶えている事が窺い知れた。だが、白い甲士はその死体を労るように、愛しそうにやさしく包み込むように抱き上げている。時折、ラーレの安らかな顔を拝み、僅かに首をかしげる仕草に、騎士の一人が敵ではないとようやく判断できたように、一歩前に出た。武器を降ろし、騎士側も敵意が無い事を態度で示した。

 その姿を白い甲士が確認すると、

「貴方がここに経緯を、話してほしい」

 と言葉を発した。

 騎士に向けて問われたその言葉は、凛と澄み渡る鋭さと清涼な聞き取りやすさを持っていた。雨音は先ほどよりも弱くはなっていたが、それでも静かな呟きははっきりと騎士らの耳に入っていった。そして、少年の声である事に騎士は少なからず驚いていた。

「あ、貴方は一体……」

 一人の騎士、先頭に立って入ってきた事から実力者ではないかと思われる者が、恐縮しながらも呟いた。

「妹を頼む、と言われた。遺言を、守りたい」

 騎士の求めた答えではなかったが、騎士は暫くの沈黙を保った後に、部下に指示を飛ばす。それは、死体の回収であった。その命令に騎士らは、ようやっと本来の機敏な動きを見せて作業に取り掛かり始める。労るように連れ出していく様子を眺める事もせず、指示を飛ばした騎士が白い甲士に近寄って頭を下げた。

「異世界人の方ですね。我々はラーレ様、延いては皇女陛下のお味方である教会の人間です。今回、このような事態に陥った経緯をお話致しましょう」

 仰々しく、はっきり丁寧に並べ立てる言葉に白い甲士――一磨は反応せず、ただ黙って歩き出す。

「ここでの出来事は我々が処理しますので、急ぎ貴方は帝都へ向かって頂きたいのです」

 騎士が一磨の背後から付いてくる。

「ラーレ様の妹様、いえ帝国そのものが大変危うい事態になっております」

 騎士は歩きながら、一磨に今の状況とやってほしい行動を説明し始めた。



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