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十ノ一  作者: 泰然自若
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二十一

 馬車から飛び降りて、甲殻を纏うラーレの表情は刹那に白い膜に覆われ見えなくなった。ラーレの他にも五名の甲士が甲殻化し、変身を終えていた。一人は、前傾姿勢になっており、鋭い鉤爪が右手に装着されている。獣を連想させる姿を一様に地甲士から感じ取る事が出来た。その内の一人には角が生えている。左腕に巨大な篭手を装備していた。

「正面突破だ。三人一班行動」

「はっ」

 竜を纏いしラーレの指示に他の甲士は即座に行動する。地甲士編成三人は素早く城下へ侵入し、天甲士は空を翔る。

 天甲士は一様に、鋭く細い甲冑を連想させる容姿をしていたが、最大の特徴は背中に翼を持っていることだろう。爬虫類のような翼から鳥のような羽を背負い、空を泳いでいく様は天を守護する者という言葉が似合う。

 ラーレらは力強く翼を動かし領主城へ侵入していくと、先ほどから見えていた火の手が襲撃によって発生していた事を肉眼で確認する。

 そも、ラーレら甲士が可及的速やかに行動した発端はその火の手であったからに他ならない。延いては城下町へ到着する前に領主付きの下役などが案内に参上するのが査察団を向ける一般的な形式であったのだが、今回に限りそれら一切が成されず、あまつさえ領主城から火の手による煙が見えているという状況では、如何に査察団であろうとも動揺は禁じえなかった。

 そこで、先行する形を取る命令を出したのがラーレであった。彼の一言で即座に動揺は収まり、甲士を前に出し、本隊は騎士が守護する形式を持って、城下町手前にて待機するという配置が成されたのだ。

 地甲士を城門前に進軍させたのも、天甲士による領主城への強硬偵察とは別に城下の状況把握と場合によって後方に下がり、騎士隊との連携も兼ねる意味合いを取らせたのであった。

 ラーレの予想は奇しくも的中する。城門前に展開する地甲士らに魔族が襲い掛かった。

「城は既に落ちているか」

 地甲士の隊長格であろう角付きが静かに呟きながらも十を超える魔物を相手三人で取り始めた。




「襲撃があったようですね」

 天甲士の一人が呟いた。青竹の色が空に似合う甲冑を纏うようなその姿に、しっかりとした羽が背中から生えている。

 空中で静止している状態にも関わらずその姿を維持している事から、翼は移動のみに使われる代物で、浮遊事態には深く関与していない事が窺い知れた。

「反意が燻っていた。報告通りだな、降りるぞ。最早体裁を保つ必要もない。領主の拘束を優先せよ」

 そう命令を出した時、ラーレが突如、手を挙げた。その挙動に二人の天甲士が即座に身を引いて踏みとどまる。何事かとラーレへ顔を向ける。

「少年を助ける事を最優先事項とする。目標は中庭だ」

 そう命令を訂正すると真っ先に下降して行くラーレの背中に反応して二人も続く。しかし、差はどんどんと開き、二人が大地に降り立った時には既にラーレは少年を殺す寸前であった化け物に斬りかかっていた。

「優先させよ」

 ラーレの怒声に返答せず行動によって二人は示す。見たところラーレが相手をしている化け物の強さは尋常ではなかった。天甲士である二人がそう思うほど、熾烈を極めた剣戟が繰り広げられ始める。

「天竜。か」

 化け物の後から喜々とした声が聞こえてきたが天甲士二人はそれを一先ず無視しつつもラーレと化け物の攻防を視野に入れながら少年を観察する。

 少年は疲弊し、身体の至るところから刃傷によって流血しているのが見て取れる。

「動くぞ」

 二人の天甲士は即座に少年を担ぎ上げると間合いを取った。ラーレと化け物の戦いに影響を受けない程度に距離を取る。

「大丈夫か」

 天甲士の一人が少年に応答確認を行うと、虚ろな瞳が泳ぎながらも絡み合い、少年は静かに頷いて見せた。

「治癒を担当する」

「判った守護に回る」

 二人はきびきびと役割分担を始めた。一人――杜若の深みに身を染めた天甲士は出血が酷い肩口に手を置き、もう一人の青竹色の天甲士が剣を抜き去り周囲警戒に入る。

「く、来る」

 その時、少年が呟いた。

 天甲士とてそれを察知していたからこそ警戒を怠らず、ましてや臨戦態勢のままであったのだが、治癒に回った天甲士は密かに驚いていた。

 少年と呼ぶに相応しい出で立ちの人間が、魔族の襲撃を肌身で察知している事。そして何よりもこの少年が反意を持ち、行動したという事に素直なまでの感嘆と憤り。

 治癒を始めた天甲士を他所に、警戒させるに値する好敵手が守護に回った者の前に舞い降りる。その姿を見て、守護に回った青竹の天甲士は外からは見えない顔を顰めさせた。

 天の適性を持ちえる者か。

 男は静かに息を呑んだ。魔族で空を飛ぶ者はいる。人間とは違い、魔族では別段特別な能力では無い。量ならば圧倒的に飛行能力者は多いだろう。しかし、天甲士たる選ばれた者の一人である男には、天甲士が精鋭だという事を知っている。そして天甲士としての誇りもある。

 質で劣るような存在では決してあってはならない

 だがしかし、男は生まれて初めて両極端なる感情に挟まれる経験をすることになった。

 今すぐ、逃げ出したい、という恐怖と生存本能。

 天甲士として戦ってみたい、という好奇心と天甲士たる矜持。

 だが、答えが出るより先に化け物が動く。直線的であるが、その速度は眼を見張るという表現が適切だろう。天甲士はその突進を本来ならば避ける事も出来た。だがそれを選択できない理由があることを忘れているわけではない。

 敵の右腕が伸びてくる。しっかりと握られている得物の切っ先は上体へと狙いを定めている。

 天甲士は化け物と身体を打ち付け合った。交錯するのではなく、真正面からその突きを受けたのである。だが、切っ先は天甲士の上体を貫いたわけではなく、脇にしっかりと拘束されていた。彼は即座に剣を使って突きを受け流すという芸当を初見でありながら易々と行って見せた。

 それでも、天甲士たる男に油断も余裕もありはしない。今も化け物の身体からあふれ出てくる禍々しい――魔力とでも呼べば良いのだろうか――そんな力を感じ取っていた。

 その攻防から決して遠くない中庭の一角では、その化け物の片割れと壮絶な剣戟の円舞と言って差し支えない攻防を行っているラーレが居る。その事もあってか、天甲士はこのまま抑え付ける事を選択する。自身の右腕を使い、相手の左腕を封じ、脇でしっかりと得物を不自由にさせる。それは紛れも無く時間稼ぎ。

 その姿に、治癒をしていた天甲士が動いた。止血が済んだのだろう。即座に剣を抜きつつも、抑え付けられている化け物を斬りつける事が出来る側面に回り込みながら襲い掛かる。

 その一撃は本来、文字通りの効果を持ちえた代物で、死角からの攻撃だった。だが、確かに斬りかかった刃は硬い物体に阻まれ、高い音が響き渡っている。なれば、それは一撃となり得ず、敵は死角からの攻撃ですら対処できているという状況に他ならない。

「化け物めが」

 抑え付けていた青竹の天甲士が忌々しいとばかりに呟いた。その姿は既に化け物から離れており、かつ甲殻に欠損が見受けられていた。

「形状変化するか」

 杜若の天甲士が呟く。

 化け物は先ほどまで天甲士たる男達とあまり差異は無かった。とも言え甲冑を着込んだ人間程度の風体にしか見えなかった。だが、今は違う。はっきり化け物と呼べる姿になっている。化け物のわき腹辺りから”腕”が伸びていた。それも短剣のような鋭利な刃物を握り締めながら。その姿は異形そのものだったが、直立姿勢に化け物が戻るとその腕は何事も無かったかのように身体の中へ戻っていく。つまりは、何処からでも出せるという事を見せ付けてもいた。

「挟み込むぞ」

 それでも、二人の天甲士は揺るがない。彼らとて人間から選りすぐられた精鋭の中で、さらに希少なる天の適性を持った者である事に変わりはない。その落ち着きから、新兵ではなく、場数を踏んだ――文字通り精鋭たる天甲士と呼んで差し支えは無かった。

 示し合わせたかのように動く二人の天甲士は素早い。

 杜若は左手の篭手を指先よりも前に伸ばすと化け物に向ける。すると、閃光が何かを焼きながらも疾走して化け物に迫る。その光玉を化け物は避けるも、肩の表面に接触し、僅かに焼け爛れたような薄く球状な傷を負った。その瞬間、正面から青竹が逆袈裟を見舞う。それでも、化け物は打ち崩せず、伸びる腕と刃によって受け切られる。だが、ここで二人は終わりではない。杜若が肉薄するとさらに玉を形成して二発、発射する。すると、二つの腕が化け物から伸びて玉に当たって飛散していく。その間、青竹は身体を捻る事によって斬撃にかかる重さを増大させて今度は見事な唐竹を見舞う。

 青竹の舌打ちが響くと、化け物の纏っていた兜にあたる甲殻が真っ二つになる。だが、そこから見える素顔に傷はなかった。化け物は瞬時に身を引き一撃を避けつつも、援護し続ける杜若の攻撃を、生まれてくる腕を犠牲にしながら防ぎきったのであった。

「甲士、だというのか」

 青竹の言葉に、杜若も息を呑んだ。

 その時、

「ティルラ……」

 少年――十河一磨の悲痛な呟きが青竹の背後から漂ってきていた。


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