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十ノ一  作者: 泰然自若
18/30

十八

 開かれた議題はいつもと変わらない内容だった。

 帝位が空いているので、皇帝の座も同じく空のまま会議は進んでいき、特に何事もなく平穏無事に終わった。

 人間とも魔族とも拮抗状態。国内の反乱騒ぎも大部分が示威行為だという事を参加者は知っている。そして皇女が体調不良と言い張り議会に参加しなかったとしても、誰かが文句をいう事もなかった。

”それが当たり前であるかのように”

 議会閉会後は誰もが悠々と議場となった大広間を後にする中で、公爵とマイダンだけは会話を続け、公爵は不満そうに議場を後にし、マイダンは一人、その場に残った。

 マイダンはその空位を一瞥しながらも、己に指定されている座席に腕を組んだまま座している。

 茶の短い髪の毛は反り立たせ、髭は綺麗に手入れが行き届き、下顎から左右の頬下まで短い毛が伸びている。赤い瞳が鋭く、引き締まった顔つきと風体からからただの文官というわけではないだろう。

「持たぬ時が、来ているか」

 マイダンの低い声が、誰も居ない議場にひっそりと漂っては薄れていく。

 彼の取り巻きである公爵は帝位継承権を持っているため、否応にも立会いたいとマイダンに意見していたが、マイダンはそれを是としなかった。

 理由としては、相手に必要以上の警戒を与える事。そして、公爵が殺気立ちすぎて魔族化する危険性があったからだった。

 公爵は冷静な意見をマイダンから出され、がっかりと肩を落としつつも不満げな顔を作りながら、先ほど退席していったのだ。

 爵位では公爵の方が上であるが、執政ともなればマイダンの能力を知らぬ者は居ない。公爵とてそれは知っているからこそ引き下がる辺り、ただ権力にしがみ付く貴族の一人ではない事が伺い知れる。

 マイダンは、今ここで皇女が殺される事は得策ではないと考えていた。

 僅かに痛む体の節々を今更労うつもりもマイダンにはない。だが、この時ばかりは痛みに顔を顰める事はあってはならない。必死に平静を装い、痛みが引くのをじっと待っていた時、レオノーレ皇女が姿を見せた。

「ご機嫌麗しゅう。レオノーレ皇女様」

「うむ。お主も健勝で何よりだ」

 レオノーレの言葉に、緩やかな笑みを作り出すマイダンは座したまま話を続ける。

「ここには俺以外――人はお前しかおらん」

「ふん。仮にも帝国の臣下であろう。口くらいは臣下らしくしたらどうだ?」

「貴様がそれを本気で望むならな」

 マイダンの言葉にレオノーレは膨れっ面を作り出す。

「して、お主は何用じゃ。我を殺そうなどと考えていない事だけは確かだが」

「異世界人、行方不明ではないか。僥倖だと思ってな」

 その言葉に、レオノーレは僅かに眼を細めた。

「大方、何処かの馬鹿な魔族が点数稼ぎをしようとしたのだろう」

「そうだろうな。だが、それで俺の計画は巧く行く」

 マイダンはそう言って笑みを作った。レオノーレから出た魔族という単語に臆する事は無く、逆に彼女の眉間に皺が寄る事になった。

「俺が直々に手を出す必要がなかった。これで、誰からも疑われる事はない。尤も、内海で襲わせたのは俺だがな」

 レオノーレは真っ直ぐマイダンを見つめる。その言葉の真意を確かめているような印象を持たせるが、どうにも訝しがっているという方が適当だろう。

 マイダンは懐に手を入れる。レオノーレが身構えないようにゆっくりと入れた。

「ここに、魔族との繋がりが確定している者を記してある」

 取り出されたのは数枚の書状だった。マイダンはテーブルにその書状を滑らせるように投げるとレオノーレに渡した。

 レオノーレはますます怪訝な顔をしている。

「どういうつもりだ?」

 レオノーレはその書状を読みながらも呟いた。

「だろうな」

 予期していたかのようにマイダンは嘲笑を浮かべた。その事に、レオノーレは不機嫌そうな顔を作る。マイダンは席を下げ、脚を組んでから肘掛に腕を立て顔に手を置く。

「魔族襲撃事件は今から大体、三ヶ月前だったか」

 マイダンの言葉に、レオノーレも頷く。

「その時、公爵家が総力を挙げて討伐したと報告されているだろう。あれは事実であり、嘘でもある」

 公爵領で魔族が少数の軍勢を率いて公爵の居城を襲撃。それが三ヶ月前に起こった事件。

「それもわかっておる。それは、お主が差し向けた囮だろう?」

「違うな」

「何?」

 せせら笑うその姿に、レオノーレは思わず背もたれに身体を預ける。まるで、その姿に気圧されてしまったのかのような仕草を見せた。

「俺を魔族にするための囮だったのだ」

 レオノーレは眼を見開いた。

「一体何を……」

マイダンは黒い衣類を肩口から大きくずらして素肌をレオノーレに見せる。

 見える右肩はすでに人の姿をしてはいなかった。

「魔石を知っているだろう」

 マイダンの言葉に、レオノーレは静かに頷き、この男の言葉に耳を傾ける。

「既に、あの事件当時から公爵は魔族の言いなりだった。全ては騒ぎを大きくし帝都に居た諸侯達を襲撃する囮。尤も、公爵がいつ魔族と繋がりを持ったかは知らんが、既に自我も無いだろう。もはや、新しい人格が公爵という人形を操っているだけに過ぎん」

「……既に人に化けた魔族が中へ入り込んでいたのか」

「そうだ。そして、俺の邸宅に侵入し、俺の体内に魔石を埋め込んだ。魔石は強大な力を得る。それこそ甲石と同等、いやそれ以上の力。それも甲石と違い誰でも力を得る事が出来る。だが、その代償はこの通り」

 マイダンは衣服を持ち上げて、化け物になっている姿を隠した。

「いずれ自我も失われ、俺は完全な魔に堕ちる」

「お主、まさか――」

 レオノーレはマイダンの真意を察したかのように声を挙げていた。だが、マイダンの鋭い視線とマイダンの言葉により、レオノーレの発言を切り裂く。

「自惚れるな。貴様のためではない」

 そう言って瞬きよりも長めに眼を閉じてから口を開いた。

「国とは、民なのだ。民が居るからこそ王となる存在が居る。王が居なくとも民は動く。民は生きていける」

 レオノーレが持った推測は当たっていた。

 今、大規模な反乱が起こり、皇女たるレオノーレが殺される事になれば、自ずと公爵に帝位継承権が移り皇帝となる。そして待っているのは魔族による独裁。捕食される人間を国という飼育場で飼う事に等しい事態に陥る。

「甲石を使って延命していたのか」

 レオノーレはぽつりと呟いた。

「そうだ」

「お主という奴は……」

 レオノーレはため息を吐き出した。この男、皇帝などに忠誠を誓っていたわけではなく、国という多くの民に忠誠を誓っていたのだ。

 民からの支持は決して高くはない。むしろ辛辣な言葉を投げ掛ける者は少ない。

 それでも尚、この男は国という民に忠誠を尽くしていた。

「お主は、何故そこまで」

「愚問だな。祖国を憂い、祖国のために働く。それこそ、臣下たる者の役目であろう。近習らは全てを承知している。その上で、俺は生き恥を晒し続けているつもりだが」

 ――律儀な奴だ。

 レオノーレは心底そう思っていた。今時、ここまで馬鹿正直に祖国のために働くなどと言う輩が居た事に驚いていた。けれども、彼女の表情は安らかなものとなっていた。

「なれば、異世界人の力も知っておるのか」

 マイダンは静かに頷いた。

「半月後、貴様の帝位継承の戴冠式が開かれるが、そこで俺が宰相となるのも発表される」

「辺境貴族も顔を見せるな」

「準備をしておけ。何事にも不測は起こる」

「ふん。言われるまでもない」

「――罠かもしれんぞ」

「なれば、お主も我もその程度の人間だったというまでよ」

 その言葉を聞くとマイダンは小さく笑みを浮かべ、静かに席を立った。

「マイダン」

 レオノーレは退出していく後姿を見て呼び止めた。

「もし、生き残ったのならばお主に政の全てを任せよう」

 振り返る事はせず、だがしっかりとマイダンは立ち止まった。

「是非もない。俺にとって、政治こそが最大の遊戯だからな……だが一つ、言っておく」

「なんだ?」

「教会を信用しすぎるな。奴らとて、二分化している。お前に擦り寄ってきているのは……」

「判っておる。何も全てが我に賛同しているわけではあるまいからな。所詮、末端の者が上を憂い、力を貸す」

「上は、末端の動きを苦く思うが、甘い汁を嗅ぎ分ければ黙認する、か。だが、上も中々に馬鹿ではない」

 甘い汁によって片方は死ぬ事になるか。マイダンはその言葉を飲み込んで、退室していった。

「互いに手綱を握りきれておらんか」

 レオノーレはマイダンの退出していった先を見つめながらため息を吐き出した。

「甘い汁……か。教会にとって我との繋がりが一つ。だが」

 ――もう一つ、か。

 レオノーレは力無く笑った。

「まったく、どうしてこう我の周りには馬鹿な男ばかりなのだ」

 とはいえ、マイダンが自ら教会への不信を告げてきたことは大きかった。ある意味、レオノーレにとって、マイダンが敵対関係ではなかったことよりも衝撃があったようだ。

「軍神派に、女神派か」

 元々は異世界人の信仰心を巧みに操るため、内海の地に根付いていた信仰を取り入れた物。それが今では帝国最大宗教にまで発展し、他国にも影響力を持つまでになった。

 異世界の内海大社を宗家。そして内海を聖地に位置づけながら、アイリスでは教会がやりたい放題に勢力を拡大させていた。

 絶大な力を持つ教会が反旗を翻せば帝国だけではなく諸国もひっくり返ってしまう。そう簡単に動くとは思えない。だが、何事にも絶対など存在しない事をレオノーレは知っている。自分の帝位継承権も絶対ではなく、第一位というだけで第二位も三位も存在する。それも虎視眈々と皇帝の座を狙っているのだ。

「興味がない。そう思って全てを捨てる覚悟など我には出来ぬ、か」

 それをすれば、帝国は傾くという嫌な自信がレオノーレにはあった。たとえお飾りであったとしても、何事も体裁を保つという事は大切なのだ。しかし、夢想する事だけは誰にも咎められる事はない。

「まずは、異世界人たる存在を手中に収めねばな。間に合えば良いが」

 レオノーレは不敵な笑みを作り成して、瞳に火を灯す。今は己の進退と並行し、人間の進退も係っている事を理解しているからこその笑みか。

 立ち上がり、扉を開け放ては衛兵が直立し両脇に控え、人が四人横に並んでもゆとりある広い廊下が左右正面と伸びていくのを望める。

 その隅、壁を背にしながらも決して接する事無く立ち続ける侍従のイルマに、護衛甲士の二人がレオノーレを見据えていた。



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