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十ノ一  作者: 泰然自若
17/30

十七

 ラーレにとって査察団といえば、ただ外遊して適当に貴族のご機嫌を伺い、上辺だけを調べて報告書に纏め上げるものだと思っていた。だからこそ、彼自身が今の怠惰な勤務態度を矯正してやる。そんな意気込みを持って、馬車に乗り込み、文句や注意をしていこうと決めていたはずだ。

 だが、結果からいえば彼にはそういった仕事は向いていなかった。今も、これから向かう城にうんざりしながらため息を吐き出し、妙に疲れたように瞼を腫らしている。

「お疲れのようですね、この茶をどうぞ。疲れに効く我々御用達です」

 一人の使者がラーレに陶器のカップを手渡すとラーレは「ありがとう」と力無く笑みを浮かべて受け取った。

「美味しいな」

「後味に、風が優しく流れていくので目が冴えて、書類整理などにも重宝します」

「なるほど」

 暫し、その余韻を感じつつもラーレは窓から見える丘陵地を眺めた。心が洗われるような脱力感に肩は下がっている。

「体調の管理や上辺の言葉。そして見るところ、視野の広さ。君は本当に凄い仕事に就いていたのだな。正直、舐めていた」

「恐れ入ります」

 過剰な持て成しに、過剰な立食形式の会食と、会談とは名ばかりの宴ばかり。それに臆する事無く、当たり障りのない会話から領主の何かを感じ、聞き出す。それがどれほど難しい事であるかを身を持って知る事が出来たラーレの瞳にははっきりと賛辞と敬服すべき意志が使者に向けられていた。

「それにしても、民の環境、悪くは無かったな……表向き。という言葉が付くだろうが」

 ラーレは、視線を憂いに揺れる瞳を見せないように視線を外に戻した。

「エルツェ家に関しては、お覚悟を」

 言葉は固い。

「判っている。レオノーレ様もそれを思い、俺を寄こしたとも言える」

「では、その場で」

「公開処刑をせねば民が納得せんだろう。我らにも落ち度はある……いや、落ち度しか見付けられないのなら、せめて詫びる事しか出来ん」

 入ってくる情報の雨は悉くが氷雨となって身体に叩きつけられていく現状にラーレは言葉を選ぶ事も出来ずに言う。

「魔族との関わりは限りなく黒い。それ以上に、検閲によって何人の人間が殺されてきたかを察するに、早急に処置する必要がある」

「あくまで我々は査察団、護衛人数としては十分過ぎるほどですが」

「甲士に無理をさせるだろう。それに君達にも危険を背負ってもらう」

「判りました。そこまで仰っていただけるのなら、我々の命を差し出しましょう」

 そのやり取りには、城制圧も辞さないと言う覚悟が込められていた。

 民の噂が人伝で広がる事は日常茶飯事だった。だが、帝都にまで辺境の情勢が伝わる事は稀である。それらは行商人であったとしても、黒く染め上げられているのならば当然口止め、もしくは行商人自身も絡んでいる場合など、多岐に渡る可能性によって複雑怪奇な情報の網目を作り成していていく。真実は断ち切られ、嘘がまかり通る。それらを取捨選択し、綺麗なまま保存していく。査察団が定期的かつ大規模に組織され行動している裏にはそのような水面下における水鳥のような激しさを知る必要があったからに他ならない。

「すまない」

 ラーレは大きく吐き出したその言葉に、今回の件に関する空気の重さ、憂鬱さを表現させていた。

 民が日常的に虐げられ、殺されている。そして、本来民を管理し税を納めさせるように配慮するべき領主が筆頭となって行動している。衛兵も騎士も甲士も、皆が領主の下に集い、欲望のままに過ごしている。そんな話を耳にした時、ラーレは唖然とした。本来ならば、そのような話が湧き出る事すらあってはならない事で、事実かどうかはさておき、民が不平不満を抱いている事を示唆するには十分な情報だった。ただ、強烈なものだな。程度の認識を改めなければならかった査察団の空気は重くなるのも頷ける。

「ここまで隠蔽をしてきていたとはな」

「辺境貴族間でのやり取りで綺麗さっぱりだったのでしょうが、時期的に押し迫っているので……と言ったところでしょう」

「同類には親しくせよ。か」

 裏での繋がりが悪いとは言わない。だが、今一度帝都たる中心に権力を集める事の重要性を認識させた。そして、その意味するところは、ラーレの妹であるレオノーレに全てを押し付けるという事。

 今更、何を感傷に浸る。

 ラーレははっきりと自嘲を浮かべた。

「それが、行商人によってこの情報がもたらされたのですが……」

 それを知らずに使者が話を続けていく。

「どうした?」

「マイダン派閥、とでも言って宜しいですか? とにかく、マイダンに組する動きを見せているものからの情報です。最初は疑いましたが」

「こうして、我々の調査でも調べがついた」

「はい」

「罠であるか、あるいはマイダンに付いていながら本質を知り、後の保険と擦り寄ってきたか」

 もしそうならば、異世界人たる一磨が生き残る可能性が高い。ラーレはそう考えていた。何事にも、手土産は必要だとも。

「後の?」

 使者は興味深そうに聞き返す。

「皇女殿下にもお考えがあるということだな。とにかく、抜き打ちというわけではないのだろうから、洗い出すのも問題になるのではないか?」

 あくまで査察団は知らぬところの情報。ラーレとて、全ての手札を見せるような真似はしなかった。

「風評が出回っているので、ここは強気に押していけると思います。今更、体裁を取り繕ったところで、綺麗に掃除できるはずもありません。たとえ、数日を要そうとも我々には見分けることも嗅ぎ分けることも」

「頼りにしている」

 その自信にラーレは素直な感情を吐露してみせた。

「我々はラーレ様の武に期待をしております」

「存分に。といったが、今回は教会も参加してくれているからな」

 そう言ってラーレは笑ってみせる。

「確かに、ラーレ様を合わせれば六人二個小隊ですか。加えて騎士十二名に衛兵兼従者が三十名……軍勢と呼べる一団と交えても十分に戦えてしまいますね」

 ラーレもこれには苦笑いを禁じえないが、従妹が頑張ってくれた結果でもある。加えるならば教会も今回に関しては積極的に関与してきていることも大きかった。教会からすれば、魔族に帝国が支配されてしまえば支持母体を失うようなものでもあるので必死になるのも頷ける。

「教会は、それを見越して呼んだのではないかな」

 その言葉に、使者は怪訝な表情を浮かべた。

「教会が積極的に関わってきている事に関係が?」

「無いとは言い切れない」

「だとするならば、少し耳に入れておきたいことが」

 ラーレは眉をひそめる。使者とはある程度ではあったが情報のやり取りを行っている。あらかた共有していたはずだったと思っていたのだ。

「今回、女神派と言われる教会関係者は皆無。皆、軍神派の構成です」

 ラーレは一瞬、何を言っているのか理解するのに時間を要したが、すぐにこめかみを押さえた。

「教会内部での権力闘争か。難儀な事だ」

「詳しくは存じませんが、かなり露骨な衝突になっているようです。枢機卿でも対立が」

 だとするならば、嫌な予感しかしないラーレであった。教会が深く関わっている今回の案件。帝国の動きは全て、教会によってもたらされた情報による要因が大きい。

 ――いや、まさか。

 ラーレは感情を表に出さないように、当たり障りのない会話に終始する。

「大方は点数稼ぎだろう。軍神信仰ゆえに荒事の匂いに釣られただけかもしれん」

「そうとも考えられますな」

 違うとラーレは胸中で吐露した。

 辻褄が合ってしまう事をラーレは否定出来なかった。理由はどうあれ、今回の帝国内部に発生した反乱騒ぎと魔族と公爵家派閥との繋がり。そして異世界人召喚と行方不明。全てに教会が関与している事は紛れも無い事実だった。

 ラーレは教会への不信を持ちながらも、エルツェ辺境伯の住まう領主城へ向かい、馬車は進んでいく。


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