十五
三人称。
「甲士が退役?」
「はい」
イルマの報告にレオノーレは怪訝な表情を浮かべざるを得なかった。
「マイダンめ何を考えておる」
甲士とは国家防衛の要となる戦人であるが、多くの甲士は貴族階級出身者という実態がある。そうした甲士は自分の家を継ぎ、代々仕えてきた貴族の専従となったりするのである。
マイダンにも専従の甲士はいる。その甲士達が病気や怪我など様々な理由で退役を申請しているのだという。
「公爵家も大きくは動いておりません。もしかするならば、甲士は何も知らず傍にいたのかもしれません」
「しかし、あの男がそのような手際をするかのう? 退役などせずに殺すはずだ。今は反乱騒ぎもあったところ。闇に乗じて、なんてことは簡単に出来るだろう。例え、此方が疑おうにも証拠すら残さない。それをわざわざ……」
「教会の方でも退役理由を聞く義務がありますから、マイダンのところへ向かっているそうですけれど、力を失ってしまったのが原因として受理されているようです」
その言葉にレオノーレはさらに眉間へと皺を寄せる。
甲士が力を失うという事は甲石と呼ばれる力との契約を破棄し、適性を失った事に他ならない。契約破棄などそう簡単に行える代物ではない事をレオノーレは知っている。
甲石が力の付与を拒絶するか。人間側が極度に拒絶――例えば死ぬほどの恐怖を持ち、甲士として戦う事を拒むなどすれば甲石は適性者に力を与える事はしない。
「何か、しておるのう」
「甲石の力を圧縮し、まったく新しい力を手に入れているとも考えられます」
「研究は凍結されたあれか」
かつて、甲士以上の力を研究する機関が存在していた。魔族との戦争が泥沼化していく状況で甲士以上の戦闘能力を作り出されれば、この先の見えない戦争を早期に終結させる事も叶う。希望を多分に含まれた手探りからではあったが研究者はこぞって研究し、遺跡を調べ実験を繰り返した。
その代償として、甲士を使った人体実験による死亡事例と事故による研究機関の消滅。そして研究所のあった周囲が消失するという国益を損なう大事故へと発展したのであった。
帝国では禁忌とされ、以後五十年経った現在まで研究が再開されてはいない。勿論、研究資料も国庫の中で眠ったままだ。
「あくまで可能性、ではございます」
「だが、あれは一歩間違えばこの帝都が吹き飛ぶ代物だぞ? 奴とて危険性を知っておる。それを今更、これほど露骨にする意図はなんだ」
「魔族が強制させているとは?」
「判らんのう。だが、警戒はすべきだな」
「はい」
「……マリー姉様は?」
「ご健勝かと思いますが、報告は最小限に留めると」
レオノーレは小さく頷いた。
「過剰な報告は奴を刺激するかな。向こうとて動いておるだろう」
その時、部屋の扉に、入室を許可するための音が二度響く。
イルマの後に控えていた侍従が扉へ向かい開けると衛兵が、用件を伝えてきた。侍従は踵を返して、イルマへ書状を手渡す。
「マイダンからです」
レオノーレはその言葉に、意外そうに「ほぅ」と漏らした。
差し出された書状を確認すると確かに、マイダンのものだと判る封蝋が施されていた。ヴァルデマールの家紋が真紅の封蝋に形作られている。
レオノーレは丁寧に開けると中身を拝見する。
あたりに静寂が舞い降りてくるが、次第にレオノーレの顔が不敵に変わっていった。
「奴は、我と一対一を所望しているそうだ」
「なんと……」
侍従たちも驚きに目を大きくしている。
「なりません。罠で――」
「このようなもので罠を張るほど奴は愚かでも傲慢でもないさ。証拠を残しておる時点で罠は消える」
レオノーレは笑みを浮かべていた。イルマはその顔を見て、不安そうに口を開いた。
「そこまで、マイダンを評価して……」
「悪党故に、頭が切れる。そこを評価せずして奴の何を評価するのだ。悪党だろうが、才覚あればそこに気をつける。当然の事だろう?」
「申し訳ございません」
「良い」
綺麗な一礼を見せたイルマを邪険に扱う事もせず、飄々と許すレオノーレの顔は真剣ではあったが、どこか興奮しているようにも見えた。それは、揺らめく瞳のためか。釣りあがる口端からか。
「この誘い、乗るしかあるまい。十日後の議会終了後だそうだ」
「かしこまりました」
「無茶はせぬ。むざむざ殺されるような我ではないしのう」
レオノーレはその書状の破棄を命じるとイルマ達を下がらせた。
「さて、どう動くかは知らぬが……姉様。早く見つけてくだされ、異世界人たる救世主を」