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十ノ一  作者: 泰然自若
14/30

十四

 ティルラを守ると密かに誓って一日が過ぎ去っていた。いつもの朝が訪れて、挨拶を交わして今日は用事を済ませるために僕が村へ向かった。気になったこともあったから、丁度、包丁が鈍ってしまっていたので、ティルラには買い物ついでに包丁を研ぎに行くと伝えた。

 間違ってはいない。それに、包丁も研ぎ直してもらう必要があったのも事実で、鍛冶屋に寄る事に不審な点は無い。

 だけれど、僕にはそれ以外にやりたいことがあった。だから、買い物をしながらも村を歩き回る。広くは無いし、人も多くは無い。百人ほどの集落だった。だからこそ、あのときの視線が気になっていた。あれ以来、僕はあの視線を向けていた男を見ていない。それを確かめる意味も持って村にきていた。

 僕に向けられる奇異の目も気にはならないし、今ではもう慣れてしまった。村の人も僕に違和感を抱かなくなっていたのもあるかもしれない。だから、我慢する事は苦にならなかった。

「ほら、包丁はこんなもので良いだろう」

 そう言って、小父さんが野菜を今しがた研いでくれた包丁で綺麗に切断してみせる。綺麗に研がれているので、申し分ない切れ味だった。

「はい。大丈夫です」

 僕は鍛冶屋の小父さん元気良く答えた。

「あの」

 僕は、鍛冶屋に来たもう一つの目的を果たすために口を開く。

「小太刀はありますか?」

「小太刀。あるにはあるが、お前さんは何に使うんだ? いや、やめておけ。あれは普通のナイフや短剣よりも扱いが難しい代物だ」

 やっぱり、こちらの世界にも刀の文化が入ってきていた。その事に少しだけで安堵する。

「大丈夫です。僕の知り合いに扱っている人がいて、少しだけ覚えがあるんです」

 僕の言葉に、小父さんは胡散臭そうに顔を顰める。けれども、鍛冶屋の奥へ入っていった。

 きっと持ってきてくれるのだろう。

 辺りを見回せば薄暗い室内には鉄器が所狭しと並べられている。名札が付けられていることから商品というよりは順番待ちか持ち主を待っているのか。とにかく、ここの鍛冶屋が繁盛していて、腕が良い事を知る事が出来る。

 視線を奥に戻せば、熱気が微かに伝わってくる。

「こんなものでどうだ」

 小父さんの手に握られていたのは綺麗な黒塗りが施されているニ尺ほどの脇差だった。もう少し小さい”小太刀”を期待したけれど、長さも十二分な大脇差も欲しかったので一先ずは中身を拝見する。

「抜いても?」

「良いよ」

 僕は手渡されるとおもむろに抜き去る。凡庸な形でありながらも大脇差に類する長さ。

「もう一本を、これよりも半分ほど短い代物はありますか?」

 小父さんは僕の言葉に、怪訝な顔を見せたが奥に入って行く。

 刀が折れたり曲がった場合に長い小太刀――長脇差を持ちたいと思っていた。

 後は持ち運びを考えると一尺ほどの代物が良いと判断した。室内や、急な襲撃には小回りが利いた方が良い。

「ほらよ」

 今度も綺麗に黒塗りされている代物だった。

「良い物ですね」

 可もなく不可もなく。普通に使うなら何も問題はないはずだ。

「それより、払えるのかい?」

 提示された金額は銀貨三枚と思った以上に高かった。両刃の剣が一本と盾が買えてしまう金額だったけれど、問題なく購入する事が出来たので、お金をくれたラーレに感謝したい。

 自由に使えるお金は底をついてしまったけれど、これで僕も戦える手段や方法が増えた。

 それに、食材を買うだけのお金はまだ残っているから心配はいらない。僕は脇差を腰に下げながら市へ向かった。

 今日は僕が夕餉を作る番だった。始めは心配だった。ティルラの口に合うかどうか判らなかった。けれど、ティルラは美味しいと言ってくれたし、また作ってくださいと言ってくれた。なら、順番に作ろうと僕が提案したのだ。

 食事の一時は、本当に楽しい。この世界に来るまではずっと一人、残っている残飯を食べ、腐りかけのような食材だけを使う事を許されてきていた。それが、今では新鮮な野菜を買って調理できる。ゆっくりとご飯を食べても怒られないし、会話する相手もいる。

 楽しい。この生活は本当に楽しい。けれど、いつかこの生活の終わりはやってくることを思うとなんだか、悲しくなってくる。

 ティルラは、僕が戦人の訓練学校に行く事が決まっていると告げた時、本当に驚いて、それでいて、本当に喜んでくれていた。出会ってまだ一月も経っていない僕のために、笑っておめでとうと言ってくれた。

 嬉しくもあり、辛くもある。それでも、戦人になったら絶対に会いに来ると言えた事だけは、僕も成長としたと思えた。

「何、ニヤついてんの」

 市で野菜を売る小母さんが笑いながら、声を掛けてきていた。

「何でもありません」

「嘘いいなさんな。ティルラのことでも考えていたんじゃないのかい?」

 小母さんは見事に、僕の頭の中を読み取った。口が開いても言葉を出せない僕に向かって、小母さんを噴出してしまった。

「悪かったよ。まさか図星だったとはね。お詫びに少しだけまけてやるって」

 顔だけじゃなく、身体中が熱湯に使った時みたいに熱くなっていた。




 村の姿や人々との交流にもようやく慣れてきた。村の人は排他的だったけれど、それを面には出さない。きっと僕が若いから村の働き手になって欲しいと思っていたのかもしれないけれど、視線以外では、虐められたりする事はなかった。

 僕もティルラも異国人。村の人たちはそう思っていた。

 村での仕事を手伝ってお金を得る。銅貨一枚の安い仕事の方が多いけれど、皆から頼りにされるのは嬉しかったし、ティルラのために頑張ろうと決めていたから辛くもなかった。結果的に、僕の事を毛嫌いしてくる人が減ったのも良かった。今では定期的に開かれる市で、僕にも威勢の良い声が掛けられてくる。

 本当はティルラと一緒に歩けたら良かったけれど、ティルラへの偏見は未だに根強い事を僕は始めて二人で歩いた村で経験している。

 それから、僕がなるべく村へ行くようになった。始めは困った顔をしていたティルラだったけれど、今ではきちんと役割を分担して生活できているし、ティルラは本当に楽しそうな笑顔を見せてくれるようになった。と僕は勝手に思えるほどに、ここの生活に慣れたのかもしれない。

「おう、一磨。手紙はきちんと届けたからな」

「ありがとうございます」

 行商人の人が帝都へ行くと言うので手紙を持っていってもらったけれど、無事に送り届けられた事を本人の口から知る事が出来て僕は胸を撫で下ろした。

「早急に人を送るそうだ。良かったな」

「はい」

「しかし、お前さんが教会の人間とはね」

 小父さんが意外そうに僕を見つめる。まだ若いから仕方ないかもしれない。

「お前さんと暮らしている少女は、あれだろ」

「えっ?」

「領主の息子が捨てた娘らしいからな。真意はわからないが、ここの領主は反教会派だからな。良い顔はされないだろう」

 教会の動きに反対する勢力があることを初めて知った。

「貴重な話、ありがとうございます」

「あぁ、すまなかったな。変なこと言って。だが、最近領主様の街は暴政でな。満足に商いも出来んのよ」

「そうなんですか」

「おっと、お前さんに愚痴っても仕方がない」

 小父さんは笑い声を挙げて去っていった。

 僕はその後ろ姿を暫く見つめてから急ぎ足で家へ向かい始める。

 有益だけれど、聞きたくはなかった話を聞いてしまった。もし、小父さんの話が本当だったら、村で向けられていた視線は危ない。

 僕は走っていた。

 嫌だ。嫌だよ。そんな結末は。

 必死に、良い方向に考え直そうとするけれど、頭はそれを拒否し続ける。それはまるでそうなる事が決まっているかのように、僕の頭の中に広がっていった。



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