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8.トラウマ


「お前、まじでふざけんな。あーーーしみる!バカっ!」


 オレは風呂場にいた。ギフトを上書きされたのはいいが、やっぱり動けなくなったのでゼノに介抱して貰っていた。

 服を着たゼノはオレを足の上に乗せて、泡立てた石鹸で体を洗われる。

 セオドアに噛まれた所はまだじくじくと痛い。


「いだいーーー。もういやだーー」


「うるさいなぁ」


 ゼノが優しくお湯をかけ泡を流していく。

 濡れた髪を耳にかけられる。なんとなく甘い雰囲気になる。ポタポタと垂れる水の音しか聞こえなくなった。

 ゼノの様子がおかしい。

 オレをじっ、と見て尻尾をゆらゆらとゆっくり振っている。


「おい、なんだよ」


「いや、ナティスって黙っていれば可愛いなぁって」


 そういって微笑むゼノはオレの唇を撫でる。

 何なんだ、これは。どこもかしこもむず痒くなっていく。ゆらゆら揺れる尻尾を引っ張りたくなる。


「顔、赤いな」


「うっせ、黙れ、クソ猫」


 ゼノは笑いながらオレの頭をタオルで拭いていく。

 オレはほんの少しだけ口元を緩めた。





 1週間後、オレは傷もだいぶ良くなっていた。まだまだ全回復とはいかないが団長の手伝いとして書類仕事などをさせてもらっていた。

 その中でセオドアがどうなったのか耳をすることがあった。どうやら独房に入れられたようだった。

 オレがあそこにいかなければ、セオドアは穏やかに過ごしていたかもしれないのに。

 団長にセオドアは悪くないことを伝えたが罰は罰だ、ときっぱりと言われてしまった。


「セオドアは今日も食事を摂っていないようです」


「じゃあ、そろそろだな」


「あの人を呼び戻すんですか?」


「一応、連絡は入れておいてくれ」


 オレは団長と副団長の会話が気になって仕方がなかった。副団長が出て行った後、団長に話かけてみた。


「セオドアって大丈夫なんですか?」


「あー、たぶん。問題ないよ。お前は早くそっちの書類を終わらせてくれ」


「あの、会いに行って」


 団長が書斎の机の上にペンを強めに置く。


「行ってどうする。謝るのか?なぜ?セオドアはお前に無理矢理ギフトを流し込んだ。ましてバディがいる相手に」


「でもそれはオレが」


「くどい。とにかくセオドアは大丈夫だから。お前は自分のバディのことだけを考えていろ。まだ簡単にギフトを受け取れないのだろ?」


 団長達が何を考えているのか、セオドアをどうしたいのか分からなかった。彼に対しての罪悪感がオレの心に重くのし掛かっていく。

 団長はオレの頭に書類の束をポン、と乗せる。


「俺があそこへ行かせたんだ。お前が罪悪感を抱く必要はない。ごめんな」


「いや、それは」


「さあ、書類の山を片付けてしまおう。そろそろ遠征に出掛けていた部隊が帰ってくるからな」


「遠征、部隊ですか」


 団長は書類にサインしていく。


「そうだ。お前達は初めて会うな」


 書類にサインしていた団長が手を止めて、オレをじ、と見つめた。

 その瞳は何か迷っているようだった。


「今のお前なら大丈夫、だよな」


 意味が分からなかった。

 団長はそれ以上何も言わず、たた静かにペンを走らせた。オレも何も話さず書類の整理をしていた。





 その晩、オレは夢を見た。


 細い路地を歩いていると目の前に現れた獣鬼になりかけた男の獣人がいた。その姿は黒いもやに覆い尽くされそうになっていた。白い髪に大きな三角の形をした耳が少しだけ見えた。

 大きく振るわれた爪は建物を切り裂く。恐怖で震え上がったオレは背を向けて走る。

 1人の少年とぶつかった。

 獣鬼になりかけている獣人は、にたり、と鋭い歯を見せてその少年に向かって爪を振り下ろした。

 広がっていく鮮血はオレの足にまで辿り着き、絡めて離さなかった。震えて立てなくなるオレを見てそいつはゲラゲラと笑っていた。



「ーーーナティス!ナティス!」


 ゼノの声が聞こえた。浮上した意識は気分が悪かった。

 目を開くと白い髪に三角の耳が見え、伸ばされた手を思わず振り払ってしまった。

 怖かった。

 忘れかけていたあの時の獣人の特徴。ゼノに似ていた。

 正確には髪色と耳の形が似ている別人だ。振り払われた手を驚いた顔でゼノが見ていた。


「悪い、嫌な夢見てた」


「大丈夫か?」


「触んな!」


 オレに触ろうとしたゼノの手を完全に拒否した。ゼノではないことは分かっているのに、触られたくなかった。


「まじで今は触んな」


「……そうか、分かった」


 ベッドの上からゼノが去っていく音がする。自分で触るな、と言っておきながら遠くなっていく布音と足音に苦しくなった。

 こんなに互いのベッドの距離が遠く感じたのは初めてだ。本当は側にいて欲しいのに、姿を重ねて勝手に怖がっている。オレは頭までブランケットを被った。







 

 

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