4.臭いにおい
オレ達は街の外に出たという獣鬼を討伐しに来ていた。
ギフトのお陰で獣鬼の攻撃は少し服に掠める程度であっという間に勝つことができた。
空に舞い上がっていく灰をゼノと共に見上げる。
「どうか安らかに」
小さな声が聞こえた。ゼノを見ると目を閉じていた。
ゼノにとっては同胞だ。
「お前がなったらオレが逝かしてやるよ」
「ナティスにだけはいやだな」
ゼノは剣を鞘にしまうとオレの髪に触れてくる。
首筋にゼノの手がわずかに触れるだけでその場所に熱が点る。
「バディに殺されたくはないかな」
「はぁ?意味わかんねぇ。なったら殺るしかねぇじゃん。ってか、触んな。報告はお前に任せるわ」
オレはゼノの手を払い、剣を鞘にしまった。
騎士団とは別の方向に足を向ける。
「待て、今日も行くのか?」
腕を掴まれた。そこすらも熱くなって、オレの体はどこかおかしくなっていた。
ゼノの腕を振り払う。
オレはわざとゴミを落とすかのように自分の腕を叩く。
「ったりめぇだろ。お前とバディ解消したいんだから」
「どうして」
ゼノは払われた手を見て悔しそうに拳を握っていた。
「……もう、抱かれたくねぇんだよ」
ギフトを貰うためだけの行為だから
我慢した。だが、抱かれる度にオレがオレじゃなくなっていく気がした。
ゼノに触れられる全てが熱くて、嫌いなのにもっと触って欲しいと思ってしまう。
もはや男の獣人だから、というのではない。ゼノだから嫌だった。
オレがオレでなくなる前に離れたかった。
「じゃあ、オレ行くから」
ゼノに背を向け歩き初めてすぐにオレの視界がぐにゃり、と歪む。
「…なん、だ、これ」
気持ち悪かった。何かが体内でぶつかり合っている感覚があった。
足元がふらつくと両肩を支えられる。
「ナティス、大丈夫か?」
ゼノが心配そうな顔でオレを見てくる。
その顔が癪に障る。
「うっせ、触んな」
「……報告終わったら私も後から行くから」
「ぜってぇ来んな!」
オレはゼノに背を向けて再び歩き出した。
コン、コン、コン。
オレはセオドアの家の扉をノックする。
街はやっぱり殺風景で、視線だけがオレに向けられているようだった。
「やあ、良く来たね」
穏やかな表情をしたセオドアが出てきた。
「あれ、顔色が悪いね。大丈夫?」
オレの頬に手を添える。その手はまた冷たかった。頭がふわふわして気持ち悪い今のオレにとってその冷たさは少し気持ち良かった。
セオドアがオレの腰を抱き寄せる。甘ったるい匂いがした。思わず離れると足元がふらついたオレは尻餅をついた。オレは顔を上げれなかった。
ほんの一瞬だが、セオドアがとても冷たい目でオレを見ていた。まるで腐ったゴミを見るようなそれだった。
「ほら、危ないじゃないか。具合悪いのに良く来たね」
セオドアはオレの腕を引いて立たせてくれる。声色は穏やかで優しいのにどこか怖かった。
「セオドア、なんか怒ってる?」
「なんで?」
顔は笑っているのに目が笑っていない。オレの腕を支えるセオドアの手に力が入る。
「そうだなぁ。昨日、僕があげたギフトが上書きされてるのは…なんでなのかな?とは思っているよ」
セオドアはオレの首筋を指でなぞる。
「知ってる?獣人はバディを大事にするって。そんな大事な人にギフトあげたのに上書きされるなんて、殺してしまいたくなるくらい辛いことなんだよ」
首を鷲掴みにされる。
ーーー私じゃなければ死んでいたぞ。
ゼノの声が頭の中で蘇る。
あいつも今のセオドアと同じことを心に抱いていたのだろうか。
「大丈夫、また上書きしてあげる」
「い、いらない…やめてく、れ」
ギチギチと締まっていく手はオレの視界を掠ませていく。
オレは体の中にあるゼノのギフトが腹の底から湧き上がってくるのが分かった。
セオドアの腕を掴み、顔を狙いつつ身を捩る。
離されると入ってくる空気の量に思わずむせてしまう。
「君、バディいないって言ってたのに」
「げほっ、はぁ?オレ一言もそんなこと言ってねぇ!新しいバディを探しにきただけだ」
「なにそれ」
セオドアの瞳に怒りが混じる。オレは失敗した、と思った。ここはバディがいなくなった悲しみに暮れる獣人達が隔離されて生活する場所。
バディを捨てようとしているオレはここの獣人にとって最悪な存在だ。
「……まぁ、バディがいることは知ってたけどね」
セオドアの指先がオレの顎下に添えられ、顔を上げさせられる。
穏やかな表情だった。けれど、添えられる指の冷たさにオレの手が震える。
「だって臭いもん。ぷんぷん、これは自分のだと主張しているそれ。鼻が曲がりそうだよ。反吐が出そうだ」
わざとらしく鼻を摘んで笑うセオドアにオレは街が殺風景に思えた理由に気付いた。
「もしかして……」
「そうだよ。みんな気づいてる。僕がここに呼ばなければ君、殺されてたかもね」
オレの頬をセオドアが舐めあげる。気持ち悪かった。
「ギフト、またあげるよ」
オレの唇にセオドアの唇が重なる。しかし、オレの中には何も流れてこなかった。どこか安堵している自分がいた。
「ネタバレ早すぎちゃったか。めんどくさいなぁ」
セオドアはオレの腕を掴むとずるずると引きずって行く。
「おい!放せって!」
「うるさいなぁ」
オレは放り投げられた。だが、そこは痛みはやってこなかった。むしろ柔らかかった。
ベッドの上にオレはいた。
今から何をされるのか、オレは瞬時に理解して逃げようとするが頭をベッドに押し付けられる。視界がまたふわふわとしてくる。
「だめだよ、逃げちゃ。今のバディと離れたいんでしょう?」
「いや、だ!」
「お前もあいつと一緒だったってわかって僕は死ぬほど嬉しいんだ」
「あいつって」
「僕の愛したバディのことだよ」
セオドアはそう言って悲しそうに、でもどこか怒りを含んだ顔で笑った。




