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21.やり残したこと side:ゼノ


 気が付くと口内に鉄の味が広がっていた。頭を誰かが優しく撫でてくれている。ぎこちなくて、心地いいナティスの撫で方に似ていた。

 早く目を覚ませと言わんばかりに、雨が私の体を叩いていた。

 そっ、と意識の中で口の力を緩める。

 視界がゆっくりと黒から鮮やかに戻っていく。


「……ゼノ」


 少し掠れた声が聞こえる。


 私は何をやっている?


 最後の記憶を巡らせる。ギフトが枯渇しかけ、もう終わりだと思った。心残りがないように、ナティスにキスをした所までは覚えている。

 まさか、まさか、と心臓の音が早鐘を打ち、声のする方を見ることができなかった。怖かった。


「ゼノ」


 恐る恐る、声がする方向を見た。ナティスが青白い顔でこちらを見ていた。


「……ナティス……なにが」


 あったんだ、と言いかけ体を起こす。その瞬間、口の中に広がる鉄の正体を知った。ナティスの肩の付け根の噛み跡があった。肌が裂け、肉に到達していた。雨を飲み込む血液は更に広がりを見せる。

 私はナティスの上から退いた。


「ナティス!」


 私は駆け寄ってくるレオと目が合った。


「おい、ナティス。すごいじゃないか!ゼノが戻って来ているぞ!おい、手伝ってくれ、今は後悔よりも先に手当だ」


 レオに肩を叩かれ、呆然としていた私はナティスを横抱きに抱いて木の下へ移動した。

 レオが自分のシャツを引きちぎり、包帯らしき物を作っていく。

 私はナティスの上着とシャツを脱がした。血がゆっくりとナティスの白い肌を伝っていく。


「私が手当します」


「手がそんなに震えているのにか?」


 レオに言われて手を見る。確かに震えていた。私がナティスを傷付けてしまった。

 もし、首筋を噛んでしまっていたらと思うと怖くて仕方がなかった。

 震える手を握り締める。


「やります」


 傷口に布が触れると痛がるナティスにごめんな、と言いながら手早く布を巻いていく。レオはナティスの剣を拾って来たのか鞘に収めていた。


「とりあえず、応急処置だけだ。街に戻ったら医者に診てもらおうな」


 大きなレオの手がナティスの頭を撫でる。傷口が痛いはずのナティスは笑っていた。

 ナティスの中にいたギフトはもう何もなかった。私の中にあるギフトがそうなのだろう。


 バギバギバキ!!


 上の方で木が倒れる音がする。大きな音と共に降り注ぐ木の枝からナティスを守る。

 落ちて来たのは木だけではなかった。あまり大きい音を立てず、身を翻して着地したのは父さんだった。

 傷だらけになっていた。

 理性を失っている獣の瞳が私を捉える。その瞳はゆっくりと瞬きをする。


 ナティスが私の腕に触れる。


「楽にしてあげよう」


「……ああ」


 しかし、私には剣がなかった。きっとさっきどこかに投げ捨ててしまったのだろう。

 ナティスが私に剣を差し出してくる。


「これ使って」


 私がそれを受け取ると、獣鬼になった父さんが足を引きずりながらゆっくりやってくる。

 まるでそれを了承しているようだった。意識はもうないはずなのにあるように見えた。

 どうか、私のことを少しでもいいから思い出してくれたら、と願った。


「……父さん、私はあの日、絶望を知りました」


 私は、父さんに向かってゆっくり歩み寄る。


「残った弟は父さんの跡を継いでしっかり当主をしています」


 父さんも歩み寄る。喉を鳴らしていた。私は震える口元を歯で噛み締める。


「だから、もう休んで下さい」


 私は笑って剣を構え、横一直線に流した。

 父さんの首と胴体がゆっくりと切り離されていく。父さんは笑っていた気がした。

 そして、ゆっくり形も残らずゆっくりと灰になっていく。雨のせいか空に消えることなく地面へ吸い込まれていった。

 私は目を閉じる。


「どうか……安らか、に……っ…」


 墓は作れないが、祈ることはできる。雨が小降りになっていく。まるで父さんの憂いが晴れていくようだった。






 戦いが終わった後、団長達と合流をした。団長と副団長が泣いて私達を抱きしめてくれた。

 みんなで手を貸しながら山を降りると先に下山していた騎士団員達がいた。彼らは泣きながら謝罪をしていた。

 街の宿屋に帰るとルキとリンネルは疲れきったようで食堂で寝てしまっていた。

 セオドアはシドの手を取って自室に帰って行く。セオドアは怒っていた。きっと喧嘩になるのだろう。

 私たちは部屋に戻って泥や雨で汚れた体を綺麗にした。傷が痛むナティスは沁みると泣きながら私に抱きついて洗われていた。その後、団長が呼んでくれていた医者がナティスの傷を診てくれた。

 部屋に戻るとナティスは疲れたのかベッドに入って横になった。しかし、私の方を気にしてちらり、と見ている。可愛らしかった。


「……ナティス。横に行ってもいいか?」


 ナティスは何も言わず横を空けてくれた。私は傷に触らないようにナティスを後ろから抱きしめる。

 ナティスの体が強ばった気がした。傷に触れてしまったのだろうか、それとも急に私のことが怖くなったかのだろうか。少し体を上げてナティスの顔を覗こうとして私は止めた。

 耳は真っ赤でほんの少し見えた頬も同じ色をしていた。私は緩んでしまった口元を隠すように、ナティスの頭に顔を近付ける。

 石鹸のいい香りがした。







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