20.泥の中で
皆が戦っている場所に戻ると何処にも獣鬼がいなかった。
周囲を見渡し、レオと共に音がする方向へ向かう。
シドさんの赤い髪が見えた。その瞬間、セオドアが吹っ飛んできた。オレは思わず避けるとレオが受け止める。
セオドアが吹き飛んで来た場所に行くと獣鬼が見えた。そして、ゼノが爪を丁度受け止めているところだった。
そして、オレと同じように剣に手を食い込ませてギフトを吸い始める。オレは獣鬼の腕を狙うが再びギフトを吸われそうになった。
剣では敵わないのではないか?
一気に切れる場所はないのだろうか。オレは皮膚が柔らかそうな場所を探す。
「ぐあああっ」
ゼノの声が聞こえた。団長と副団長が助けに行っているが完全に手と剣が食い込んで取れなくなっているようだった。
ゼノの足元から黒い炎が上がる。
「だ、だめだ……だめだ、それだけはっ」
オレは走って、獣鬼の目元を狙う。
「ぐおおおおおお!!!!」
獣鬼が両目を抑え、ゼノを振り払う。
レオが獣鬼の振り回した腕からオレを助ける。
「……あいつもうだめだ。枯渇しかけてるぞ」
レオの声にオレは唇を噛んだ。
「リンネルだって、なりかけから戻ったんだ!まだ戻れる!」
リンネルの満帆を解消できるんだったら、ゼノの枯渇も解消できると思った。
黒い炎に飲まれそうになっているゼノの前に行く。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ」
「ゼノ!」
苦しそうな声を出していた。ゼノの体に擦れると乾いた音が鳴る。じんじんと手に痛みが走った。ゼノに初めて手を振り払われた。
「ナティ、ス。逃げろ…はやく」
「逃げない!おい、一緒に帰るんだろ!?しっかりしろ」
ゼノは苦しそな顔をしながら笑っていた。
「……レオからギフト貰ったのか」
少し悔しそうな顔をしていた。
「んなこと言ってる場合じゃなだろ!オレに伝えたいことあんだろ!?意識を保てよ!」
「あれは、やっぱ何でもない。」
「はぁ!?ふじけんな、お前っ……っ!」
ゼノの手がオレの頬に触れる。そして、ゼノの顔が近付いてきて唇に柔らかくて乾いた感触が触れる。ほんの少しだけギフトが流れてきた。
「バカナティス」
目を閉じたゼノは黒い炎で覆われた。
「………ぐるるるっ」
ゼノから獣のような鳴き声が聞こえると同時に再び吹き飛ばされた。今度はゼノによって。
バキバキと音を立てて、オレは指ひとつ動かせないでいた。
ゼノが獣鬼になった。
指先に大粒の雨が触れる。オレは顔を上げる。ポツ、ポツ、と零れ落ちて来た雨は速度を増して地上へ降り注ぐ。
「うわあああ!」
オレは大声を出して泣いた。
最後のあのゼノの顔を見て、オレはあいつを抱きしめることすらできななった。
雨が頬を伝う。
体を起こす気にならなかったがゼノを楽にしてやりたかった。
足音が聞こえた。目線だけ向ける。
「なんだよ、ゼノ。お前から来てくれたのかよ」
ゼノが黒い炎を出しながらそこに立っていた。よく見るとまだ全身を覆われていなかった。
「まさか、なりかけか?」
ーーレオ、オレ試したいことがあるんだ。
「そうだ。まだ試せるかもしれない」
リンネルだってなりかけて戻ったんだ。
枯渇なら、譲渡すればいいのではないだろうか。それだと、もっとギフトが必要だ。
オレはレオを探す。上で戦っているようだった。
「レオ!!こっち来てくれ!!」
耳をピコッと動かし、オレの声に気づいたレオがこちらに走って向かってくる。
「ぐるるる!」
しかし、それをゼノが待っているわけもなくオレに襲いかかる。ぬかるんだ泥は足元の動きを悪くする。
「くっそ」
雨を吸った服が重くなっていく。
ゼノを木に押し付ける。
「ナティス!」
「レオ、早くオレにもっとギフトをくれ!あれを試す!」
「いや、しかし、それはもう……どう考えても戻らないだろ」
「いいから、寄越せ!!」
オレはゼノを剣で抑えつつ、傍に来たレオの胸元を引っ張り口付けをする。レオは眉間に皺を寄せながらギフトを送ってくれる。
ゼノの動きが一瞬止まった気がした瞬間、レオがゼノによって吹き飛ばされた。
「ぐっ!!」
そして、ゼノがオレの剣を押し上げ、木から離れる。
「ゼノ!しっかりしろ!」
ぬかるんだ地面が弾けるとその上にオレは倒れた。飛びかかって来るゼノの姿が見え、剣を構えて衝撃に備える。
「ぐるるる!」
剣に噛み付いて来たゼノのその瞳は獣のようになっていく。瞳孔が縦に細く鋭くオレを射抜く」
「一緒に帰るんだろ!」
もうゼノにオレの心が聞こえてないのだろうか。
少しずつ本当の獣鬼になってきてしまっている。
「くそがーーー!」
オレの声は雨と共に地面へ落ちていく。
ギチギチと音を鳴らし、ゼノの口から漏れた涎がオレの顔を汚していく。まるで泣いているようだった。
近づこうにもこの状況では噛まれてしまう。
オレは、はっとする。
「……そうか」
ゼノの顔を少し上に上げ、口から剣をそっと取る。レオの制する声が聞こえたが、オレは騎士団服の首元を大きく開く。
「来いよ、ゼノ」
唸り声をあげて、オレの肩の付け根に歯を立てた。
「……っ!」
ゼノの歯がオレの肩の付け根にくい込んでいく。皮膚が裂ける痛みが襲う。
「……あぐっ!」
獣人から譲渡できるならこっちからだって。オレは自分の中にあるギフトをゼノに渡すイメージをした。
吸われていっている気がする。
リンネルに聞いて置けば良かった。状況が違ってもやり方は聞いておいても良かった。どうやって戻れたのか、ゼノのことばかり考え過ぎて聞くのをすっかり忘れていた。
噛まれた場所が焼けるように痛い。このまま肩の肉を持っていかれそうだった。
「……間違ってばっかりだ」
オレは、そっとゼノの頭を撫でた。




