19.現れた敵と降り出した雨
「これ、ひと雨来るんじゃないか?」
ルキが空を見て言った。
街を出た時はまだ晴れていたのに、空は重たい雲が覆っていた。
山の中腹になると雲は、完全に太陽を覆い元々暗かった道は日が落ちかけのようだった。
やけに静かな山の中は、虫の音すら聞こえない。
「なあ、昨日何話したんだよ。朝、普通に話してたじゃん」
ルキに肘で突っつかれた。
ーー帰ったら伝えたいことがある。
オレは前を歩いているゼノの姿を見る。
「ただ、約束した。必ず生きて帰ろうって。お前はどうなんだよ」
「俺はうーん」
何て言おうか迷ってるルキの襟元をシドさんが捲る。
「お楽しみだったんだね」
慌てたようにルキが襟元を戻す。シドさんは爽やかな笑顔を見せていた。
「シドさんはセオドアと話とかしたんですか?」
今回、もし何かあればここのバディは再び離れ離れになってしまう。とても気になった。
「そうだね。愛とか囁きあったかな?」
「愛じゃなかった!囁いてもない!むしろ痛かった」
シドさんの横にいたセオドアが声を荒あげる。
みて、また噛まれたと腕を見せてきた。綺麗な歯型が付いていた。オレとルキは一歩下がる。
「ねぇねぇ、ルキ、みて」
リンネルが小さな声で話かけてきた。
「見て、あそこ。団長と副団長、なんか同じネックレス付けてるよ。いいなぁ」
リンネルが羨ましそうに見つめる先には団長と副団長が周囲を警戒しながら歩いている姿があった。
この間までは何もなかった首元にシンプルなチェーンのネックレスが付けられていた。
「俺はちょっと恥ずかしいかな」
「えー、いいじゃん付けようよ」
「分かったって、じゃあここだったらいいぞ」
ルキは自分の耳たぶを指さす。そこには幾つものピアスが付いているが空いた空間を指さしていた。
「わーい!じゃあ、ボクも開けてみようかな」
「いや、君が付けたら見た目が怖くなって誰も近寄らないでしょ」
自分の耳を触っていたリンネルにセオドアが苦笑する。
「……ちょっと、お前ら黙れ」
シドさんはそう言って足を止めた。オレたちは話に夢中だったが、いつの間にか周囲は霧が濃くなっていた。
オレ達は周囲を警戒する。静寂に包まれたその空間は生唾を飲み込む音でさえ、大きく聞こえた。
バキッ。
ボキッ。
微かに遠くの方から音がする。何かを食べ、咀嚼しているような音だった。獣人達がオレたち人間を庇うように前に出る。
大きな足音が聞こえ、近くで止まった。
次の瞬間。
「ぐおおおおおお!」
耳を貫くような声と共に現れたのは禍々しい黒いもやに覆われた獣だった。白い毛並みに三角の耳。そして長い尻尾。
「…父さん」
前に立つゼノから小さな声が聞こえた。それは現実を受け入れられないようだった。
あんな大きな獣鬼は見たことがなかった。オレの足は震えていた。
「くそっ!」
竦む足をオレは殴る。
「やばいやばいやばい!」
ルキがリンネルの後ろで青ざめている。
ゆっくりした足取りかと思ったら急にこちらに走って向かって来る。獣鬼はオレ達に向かって鋭い爪を振りかざす。
「避けろ!!」
団長の声に固まってしまっていた騎士団員達が一斉に動く。
オレとゼノの元にレオが合流した。
「とりあえず、もう少し距離を置こう。霧が邪魔だね」
レオの言葉にオレたちは後ろに下がる。
「うわぁぁあ!!」
目の前を見ると足を掴まれた獣人がいた。近くにいるのは人間のバディだ。しかし、その光景を見て震えているのか動けないようだった。
赤い何かが、勢いよく通り過ぎる。その人物は獣鬼の腕に剣を刺し、獣人を助ける。
「シドさん!?」
オレは思わず声を上げた。うっすらとギフトを纏っているようだった。しかし、すぐ消えてしまう。シドさんの眉間に皺が寄る。刺した剣から吸われているようだった。
「シド!!」
セオドアがシドに向かって走る。獣鬼が腕を振るとシドさんが宙を舞った。それをセオドアが受け止める。
その2人に向かって間髪空けずに振り下ろされた爪が襲う。
しかし、それは団長によって防がれる。副団長もそのサポートに入った。
「早く、ギフト寄越せ駄犬!」
シドさんの声にセオドアが頬に口付けをする。
「足が震えて動けない奴は山を降りろ!!死ぬぞ!!死にたくなければ動かせ!!」
団長の声に動けなくなっていた騎士団員達が動き始めた。オレの横を走って駆け下りていく。
ゼノの手は剣に手をかけているのに抜けないでいるようだった。その顔は恐怖とはまた違う何かだった。
「ゼノ、おい、ゼノ!!」
はっ、とした顔をしたゼノは剣を抜く。
オレの声に反応してしまった獣鬼がこちらを向いた。
「まじかよ!」
オレは思わず声が出てしまう。
にたり、と笑った顔でこっちに向かって走り始めた。
オレは剣を抜き、震える足を踏みしめる。
「ナティス、馬鹿野郎!避けろ!」
レオに腕を引かれる。
しかし、ゼノがまだ避けていない。受け止める気なのだろうか。オレは無理だと思った。
「ゼノ!」
レオの手を振り払い、ゼノを抱きしめ、2人で地面に転がる。
「……っ!」
オレはゼノを横目で見る。
ゼノがおかしい。父親の姿を見てからずっと。どこか呆然と、そして過去のトラウマを思い出しているかのようだった。
獣鬼が爪を振り上げた瞬間、オレはゼノを蹴り飛ばした。そして、その爪を受け止める。
「ナティス!!」
やっとその状況になって、ゼノが正気に戻ったようだった。その獣鬼の手に剣が食い込むと、オレの中にあるゼノのギフトが吸われて行く。力でどんどん押されていく。押し潰されそうになる。
「おりゃあ!」
ルキとリンネルが獣鬼の背中に攻撃をする。その痛みなのか、呻き声をあげた獣鬼にオレは吹き飛ばされた。
バキバキ、と木に当たる音がする。一回一回当たる数を覚えていられないほど、速かった。
「いってぇ……」
体を起き上がらせる。木の枝がクッションになり幸い骨は無事だが節々の痛みに顔を顰めた。背中が痛い。
「ナティス!」
オレの元に来たのはレオだった。
「ゼノは!?」
「大丈夫だ、戦えている。立てるか?」
レオの言葉に安心しつつも、不安が大きくなっていく。
オレの中のゼノのギフトは食べられてしまった。本当はゼノから新しいギフトを貰いたい。
しかし、もしゼノが手が離せなかったら?
レオがオレを追いかけて来たというのことは、きっとギフトのためだろう。オレは拳を握りしめて決意する。
「……レオ、ギフトくれ」
「分かった」
レオはオレの手に口付けをする。体の中にレオの豪快で優しいギフトが巡っていく。
「ありがとう!」
オレはまた戦っているであろう場所までギフトを使いながら駆け上がった。




