15.近付く距離と決意の時間
オレは何をしているのだろう。
ソファに腰を掛け、膝の上にはゼノの頭がある。
オレのお腹に顔を埋めて、顔は見えない。普段、爽やかな整髪剤の香りがするゼノの髪からお風呂上がりのいい匂いがする。
耳の後ろを撫でて、髪を梳くように撫でる。
気持ちいいのだろうか。
よく分からないままずっとこの状態だ。尻尾はまだ下がったままだった。オレは頬を撫でてみた。
ピクリ、とゼノが動いた。
「あ、ごめん」
「いい、もっと触って」
「……分かった」
どこを撫でていいのか分からなかったが耳の裏を撫で、頭を撫で、頬を指先で撫でる。
「ゼノってさ、肌綺麗だな」
オレはゼノの肌を指先で撫で、顎ラインを指でなぞった。どこを触っても綺麗で、男として羨ましかった。
ただ、顎の先には髭が生えて剃られたような触り心地があった。癖になりそうなその場所を撫でていると人差し指が食べられた。
「わっ…っ!」
ゼノは人差し指を甘噛みし、ザラザラとした舌で舐め上げる。背中がぞわぞわしてくる。オレの爪のラインをなぞり、再び甘噛みをされる。
「や、やめろって」
口から指を出そうとすると、手を捕まれた。
「じゃんけん、しよう」
その吐息はとても熱かった。そしてゼノが下からオレを見上げる瞳も熱を持っていた。
「いや、ギフト…まだあるし」
まだギフトをもらう時期ではない。そもそも、ギフトを貰う以外でしたことがない。
してしまったら、この関係はバディとして何か変わってしまう気がした。
「……そう、だよな。ごめん」
耳も尻尾も下がってしまった。
その哀愁漂わせるゼノにオレはどうしたものか、と悩む。
体を繋げるのは嫌だな。
キスくらいなら減るもんじゃないのか?
そういえば最初だけだっな、キスしたの。あれは別に嫌じゃなかった。
悶々と考えた。
「いや、でもキスぐらいならいいかも?」
そう提案すると、ゼノは目をぱちくりさせ、耳と尻尾を立たせる。
その様子にオレの胸が熱くなった。可愛い、という感情とはまた違うものだった。
訳が分からない感情がオレの中を支配する中、ゼノがオレの横に座り頬に手を添えられる。
この高鳴りは何なんだろう。緊張だろうか。
ゼノの顔が近付いて来て、オレは目を閉じてその深い口付けを受け入れた。
「んっ…んんっ」
あれからどのくらいたったのだろう。キスだけとは言ったが、こんな濃厚なものがくるとは思わなかった。
唇を離してもゼノの手がオレの頭を捉えて逃げることが出来ない。口端から漏れた唾液さえも舐め取られる。
オレはもうしたくなくて口を紡ぐ。
「ナティスが言ったんだろ?」
唇が親指で謎られる。微かに息が上がったゼノがオレの耳にキスを落とす。
「……キスぐらいならいいって」
耳に囁かれる声は熱く、オレは思わずゼノにしがみついた。
ゼノの尻尾がゆらゆらと揺れている。
「口開けて」
唇は閉じているのに、ゼノの親指がオレの唇をこじ開けて入ってくる。
ーーキスくらいならいいかも。
オレはなんてことを言ってしまったのだろう。
「逃げないで」
腰を思わず引いてしまうと、腕を回される。
ゼノがゼノではない気がした。怖くはないが、最初に抱かれた時のように何か塗り替えられるような。
自分が自分ではなくなってしまう感覚が襲う。前の自分だったら、ここでゼノを蹴ったりしていただろう。
今はそんなことできないし、する気も起きなかった。
「今、自分がどんな顔してるのか分かってるのか?」
ゼノが嬉しそうに口角を上げる。
オレはどんな顔をしているのだろう。分からない。
ただ、心拍数が上がっていくのを感じる。
「キス、やめないからな」
ゼノの瞳は熱を含んでいて、何か我慢しているような顔だった。そして、指で開けた隙間から舌を入れ、再びオレの口内を蹂躙した。
翌日、オレは団長に呼ばれていた。
ノックをして部屋に入るとルキとシドさんがいた。その他にも10人ぐらいの騎士団員がいた。バディの獣人はみんな連れて来てはいないようだった。
団長が真剣な表情を見せる。
「今度の遠征に選ばれたのはお前達だ。そして、獣人のバディを呼ばなかったのは理由がある」
そう言う団長の後ろにもいつも一緒にいる副団長の姿は見られなかった。
「今度の遠征は討伐任務だ。そして、その獣鬼は獣人のギフトを食べることが判明した」
ザワつく騎士団員達は、皆青ざめていた。そんな獣鬼に出会ったことがないからだ。
もし、バディのギフトを全て食べられてしまったら枯渇して獣鬼になってしまう。それか死んでしまうのではないだろうか。
オレは夜に撫でたゼノの匂いや髪、肌の感触を思い出す。
失うのが怖くなった。あの、はにかんだ顔も優しい顔もいなくなってしまうのが怖かった。
ルキも拳を握りしめていた。同じ気持ちなのかもしれない。
「そこで、その遠征でバディがいない獣人に許可を取り同行してもらう」
団長は真っ直ぐオレ達を見る。
「分かるな?他の獣人からもギフトを貰うことになる可能性がある、ということだ。稀にギフト同士が混ざらず具合が悪くなることもあるが、基本そんなことはないだろう」
オレはセオドアの時を思い出した。
ゼノとセオドアのギフトが混ざることなく攻撃し合っていた。あれは、本当に気持ちが悪かった。
そんな状態で戦えるのだろうか。
シドさんが手を上げて発言をする。
「団長、バディの獣人が黙っていないのでは?
「そうだ。別の相手からギフトの譲渡されることになるかもしれないことは今、副団長が獣人達に伝えに言っている。首と胴体を引き裂かれると困るからな」
オレはこの遠征の事の大きさに怖くなった。
他の獣人に接吻を受ける。今なら獣人達の気持ちが分かる。なんだか、すごくぞっとした。ゼノ以外から貰いたくない、と思ってしまった。
団長は頭を下げた。
「嫌かもしれないが、受け入れてくれ。それでも受け入れられないものは部屋を出て行っていい」
しかし、誰も出て行かなかった。
もちろんオレもだ。
ゼノの父親ということもあったが、その獣鬼がこの街に降りて来てしまったらそれこそ地獄絵図だ。
「……ありがとう」
団長は笑っていた。
執務室の扉がノックされ、副団長が入って来る。
「どうだった」
「みんな了承しました」
「俺も今回は同行する予定だ。お前達だけに辛い思いはさせない」
副団長は奥歯を噛み締めていた。きっと、団長が他の獣人からギフトを貰う事をよく思っていないのだろう。
だが、もしバディからギフトを貰えなくなれば死んでしまうのはオレ達だ。
ゼノは今、何を思って感じているのだろうか。




