12.【幕間】愛しき人 side:セオドア
僕はあの日、ナティスを使って獣鬼となって死のうとしていた。
ジャラ、と足に付けられた重りのせいで僕をまだこの場所に引き止める。今度は食事を抜けばいいか、と思ったがあまりにもお腹が空きすぎて無理だと思った。
「早くあの人のところへ逝きたい」
僕のせいで目の前で獣鬼に殺されてしまったあの人の所へ逝きたかった。直ぐに寄宿舎に放り込まれて、墓参りにも行けない年月は僕を苦しめるには十分だった。
そんな感傷をぶち壊すように現れたナティスはひどく傷ついた顔をしていた。
首筋に見える噛み跡は跡になってしまうのだろうか。ごめん、という一言は僕の口から出ることはなかった。
あまりにも悲劇じみた顔をして怒られに来たようだったから。ついでに僕は八つ当たりをした。
落ち込んで動けないかと思うと顔を上げ、歩き始めた。その強さは僕にはなかった。あの日で足を止め、その場所から動けない。その領域に入ってくる者は僕の攻撃対象となっていた。
僕は今も先に逝ってしまったあの人の影をずっと、追いかけている。
なのに、どうしているのだろう。
忘れることなどできない。血のような赤い髪に人を見下すような瞳。
あの日と違うのは片目を覆った黒い眼帯。
幽霊でも見ているのだろうか。
「随分、人間に対してモノが言えるようになったじゃないか。セオ」
鍵が開く音がした。中に入ってくるその人は甘い匂いがした。僕が大好きだった匂いだ。
「シドニウス、なの?」
「シドって前みたいに呼んでくれないのか?」
本物だ。大好きなシドだ。今すぐにでも抱きつきたい。だけど、あの光景が忘れえられない。
「どうして生きているの?あの日、どう見たって死んでるように見えた」
「そりゃそうだ。どこぞのバカ犬が飼い主に手ぇ出してギフトをドバドバ流し込んでくるんだ。気持ち悪くて動けなかった」
シドは笑って僕をベッドに倒した。
「あー、あの獣鬼の爪痛かったな。片目持っていかれちまった。お前のせいで」
眼帯の中を見せられる。傷跡が生々しく残り、もう片目は閉じたままだった。
「お仕置きしてやりたくて、死んだ、ってことにしてもらったんだよ」
「なぜ。どうして……生きていたなら僕を罵ってくれればよかったじゃないか。僕はあの用意された家で一人で毎日君のことを考えて過ごしていたんだぞ!」
シドが僕の剥き出しになった歯をなぞり、指を口の中に入れてきた。その瞳は怒りで満ちていた。
「……4年間も反省期間与えたのに、お前はまた噛んだらしいな」
獣人じゃないくせに低く唸るような声。指が増やされ、口が閉じれなくなった。
「さっきの若いやつの首筋にこの歯形があった。聞いた話にそれば死のうとしてたんだって?本当に躾がなっていない。放置しすぎたか?」
僕の口から指を抜き取るとそのついた唾液を舐める。
どっちが獣人なのか分からなくなる。
僕にはこんな姿を見せるけれど、彼は外面は良くてとても優しい人だと評判が良かった。実際、側で見てきたシドは本当に他人に優しくて愛されていた。
あの日もギフトが満帆になりそうな知らない獣人のギフトをもらって助けていた。
「躾がなっていないって。君があの日、知らない獣人のギフトをもらったのがいけないじゃないか!だから、あの新人みていたら思い出して壊したくなったんだよ!それで枯渇して獣鬼になって死にたかった!君のとこに……逝きたかった!!」
「キャンキャン吠えるなよ。もう少し、放置してやろうと思ってたのになぁ」
シドが僕の足の間に入ってくる。
どうしてこの人は僕にだけ優しくしてくれないのだろう。もっと甘やかしてくれたっていいじゃないか。僕は確かに悪いことをした、だけど、それは全部シドのせいだ。
「また躾してやるよ。お利口さんになったら沢山褒めてやる」
「いらない。本当は生きてたくせに僕を放置した奴なんていらない!」
僕はシドの体を押す。しかし、ビクともしなかった。胸板が前よりも厚くなっている気がした。
「お前が悪さしないように鍛えたんだよ。どうだ?今度噛んで来たら、捻り潰せるぞ」
シドは意地悪そうに笑って、僕の目元にキスをする。
「優しくして欲しいなら、飼い主に楯突くな。いい子でいろ。俺の行動に口出すな」
「ひどい。ここまで傲慢な人間、出会ったことない。いやだ、こんな飼い主。嫌いだ」
「そう言いながら、この手はさっきから俺の服を握って離さないじゃないか」
そうだ。僕は彼がどこにも行けないように服を強く握っていた。好きで好きで堪らなくて、だけど嫌いな人。
「俺のとこに戻って来いよ」
「君が捨てたんじゃないか」
「捨ててない。仕置きだ」
シドが僕の流れた涙を唇で掬う。
「こんな長い仕置きは捨てたと一緒じゃないか」
「でも健気に俺を思って生きていたじゃないか。ギフトも定期的に獣人同士との鍛錬で発散してきたんだろう?大して量は減らないのに満帆にならないように」
微力だけれど僕たち獣人は自分でもギフトを使える。毎日こつこつと鍛錬して他の獣人達と傷の舐め合いをしていた。
「楽しかっただろう。いや、楽しそうだったじゃないか」
「見に来ていたの?」
「定期的に見に行ってたさ。門番に扮して」
「最低!ほんといい趣味してる!どうして僕も気づかなかったんだ!」
そんなに近くにいたのに僕は気づかなかったのか。どうして。
「顔とか全部隠していたからな。ここ最近は遠征部隊のサポートとしていなかったけど」
シドが僕の髪を撫でる。
「ほら、捨ててないだろ」
「最低、嫌い。大っ嫌い」
「……さて、体をつなげる?それともキスがいい?」
僕はシドの服を引っ張る。少しだけ近づくと大好きな甘い匂いがした。
「全部がいい」
「欲張りだな。躾がなっていないな、ほんと」
そう言ってシドは僕の唇に深いキスを落とした。




