10.突きつけられた真実
オレは食堂の床に叩きつけられていた。リンネルという獣人に当たる前に隣にいたバディの男がオレの襟首を掴んだからだ。食堂が歓声からざわつきに変わった。
「お前、俺様のバディに何しようとしてくれてんの?」
黒髪にエメラルドの瞳を持った男の体がうっすらと光っている。それはギフトだった。
「わわ、だめだよ。ルキ!団長さんに怒られちゃうよ」
リンネルが慌てた様子でオレの上に立っているルキと呼ばれる男を退かそうとする。
「いやいや、こいつからきたからね!俺どーみても悪くないだろ!」
なんなんだ。この2人の会話を聞いていると頭がおかしくなりそうだった。リンネルと言う獣人は気の弱そうな声で困っていた。
虫も殺せなさそうだった。頭は段々冷えて行くのに、怒りは収まりそうになかった。
ルキの手が横から出てきた腕に掴まれる。
「申し訳ないけど、今すぐにその足を退けてくれないか?」
ゼノの声だ。少し怒りを含んでいた。ルキの腕がギチギチと力が込められている音がする。
「お前、こいつのバディか?先に謝れや」
「あーーー!思い出したかも!ルキ、早く退いてあげて」
「え、なんで」
ルキをオレの上から下ろすと、リンネルがオレの手に触れる。
「触んな、人殺し」
オレはリンネルの手を振り払った。
周りにいた騎士団員達がこそこそと話す声が聞こえる。
「え、人殺しだって」
「どういうことだ?」
「ほら、あれだ。でも…あれは」
隣にいたルキが剣を抜く。
「……俺、こいつ殺すわ」
オレを見下ろす射抜く瞳は怒りを含んでいた。
ゼノを退かしながらオレは立ち上がった。
「やれるもんなら、やってみろ」
「ナティス、やめろ」
ゼノがオレの腕を掴み制止する。
頭はとうに冷めていたが引くに引けなくなっていた。
「はーい、お前達。何してやがる」
間に入って来たのは凄まじい怒りのオーラを出した団長だった。
執務室に連れて行かれたオレ達が待っていたのは説教だった。
「ナティス!お前は何をしているんだ!あの場所でリンネルに手を出しやがって!他の獣人達がどう思うか考えろ!それに、遠征部隊は先に俺に報告だろう!ふざけんな!」
オレは俯いて話を聞いていた。
リンネルとルキを残し、遠征部隊が部屋を出ていくと団長がオレの前に立つ。
「お前が過去にトラウマを持っているのは知っている。だが、あそこで人殺し、なんて言ってはだめだろう」
「だけど、本当に人を殺してるじゃないですか!それなのにヘラヘラ笑って」
団長はオレの両肩を掴む。真剣な表情だった。
「殺していない」
「嘘です。オレ見たんですよ!あいつに爪でやられて血が出て」
「だから、殺してないんだ」
「…え」
「ルキ、脱げ」
団長がルキに命令する。
リンネルの横にいたルキが騎士団の服を脱いでいく。静かになった執務室には布が擦れる音だけが聞こえる。ルキが最後の肌着を脱ぐとそこには獣の爪痕が残っていた。
リンネルが辛そうな顔でその傷を見ている。
「お前がきっと殺したと思っていた少年はルキだ」
「……お前、あん時の泣き叫んでたチビだったのかよ」
眉間に皺を寄せたルキは舌打ちをする。
ルキは再び服を着ようとするが、リンネルが着させ始める。
ルキは笑ってそれに応えていた。
「入団の時にも言ったが、お前はもう獣人とペアを組んだ1人の騎士だ。あの場所で獣人に手を出すなんて」
団長が大きなため息をつくと、
ゴッ。
鈍い音が横から聞こえた。副団長がゼノを殴った音だった。
「待って下さい、なんで……」
ゼノは何も悪くない。
悪いのは衝動を抑えられなかったオレなのに。
ゼノは殴られた頬を手で触れつつ、また真っ直ぐ立つ。
「バディの暴走を止めらなかったのはこいつの責任だ」
副団長がそう言い放った。
オレは拳を握りしめた。
今のリンネルとルキを見れば分かる。2人は思い合って信頼し合っていた。当の当事者達は前に進んでいるのに、オレは何も進んでいない。
それどころかバディのゼノを嫌悪し罵り、迷惑をかけてばかりだった。
ゼノのバディでいてはいけない気がした。
「オレ、騎士団。辞めます」
「え、ちょっと!」
ルキが慌てたようにオレに近寄ろうとするがそれを団長が止める。
「今は頭を冷やしてくるといい」
団長がそう言うと副団長が執務室の扉を開ける。出ていけ、と罵られた方が良かった。
執務室を出ようとしたが腕を強く引かれた。
ゼノだった。
オレはそっと、ゼノの手に触れ離す。
「悪かった」
オレはそれだけ言うと執務室を出た。
そして自然と足が伸びたのはセオドアがいる、と思われる独房だった。
騎士団の身分証を提示し、地下へ入って行く。
冷たくて小さな灯りだけ灯された空間はなんだか寂しい雰囲気だった。見張り番に頭を下げ独房へと足を進めた。
「久しぶりじゃないか」
小さな窓から中が見れた。セオドアは少し痩せ、足には鎖と重りが付けられていた。
オレは唇を噛み締めた。
これも全部、オレが招いた結果だ。
「ごめん」
「何、急に」
セオドアは置かれている本に手を伸ばしページを捲る。
「オレのせいだから」
「だから、何が」
「セオドアがここにいるの」
セオドアが鼻で笑う。
「傷は治った?」
傷はまだ治っていなかった。何も答えず黙って目を伏せるとページを捲る音だけが聞こえた。
「ナティスが来るのは問題なかったよ。僕は幸せそうなバディをめちゃくちゃにしてやりたかった。それだけ。だからここにいるんだよ」
ページがパラパラと捲られ、本が音を立てて閉じられる。
オレはその音に肩を揺らした。
「それともその動機すらも自分のせいだと思ってるの?どんだけ悲劇のヒロインになりたいの?」
セオドアはゴミでも見るような目でオレを見ていた。




