8.未来の奥さんは取り扱い注意
日曜日。
昨日から続いた引っ越し作業もようやくのひと段落を迎えた。
手伝ってくれる、心強い(?)人がいるもんで。
「これで、荷物はぜんぶ運びました」
「ありがとう、ございます」
軽々と部屋に持ち込んだ箪笥から離れたその人は俺が気遣うと。
「これぐらい当たり前です。あ、昨日の話し合いのこと、もうお忘れになっていらっしゃる」
奴隷紋を見せつけるように胸を張った。
「敬語、不要ですよ。開陽様はキヨの、ご主人様、なんですから」
奴隷紋を、一緒に手伝っていたアイスに見せつけるように。
俺じゃなくて。
「アイス、剣を収めて」
剣を鞘に収めるよう俺に言われ、しぶしぶアイスは従った。
「で、ですが」
「安全は、ほら保障されたし。学園長も言ってたしさ」
この自称・俺の妻。
得体の知れない来訪者を自由にしたのは、削銘とミチルの護衛騎士の判断だった。
ミチルの護衛騎士の鑑定によれば、奴隷紋の主導権は俺で間違いない。
魔族は神聖な存在への抵抗力があって、女神は支配下に置けない。
つまり。言い方は悪くなるが先日の教師よりずっと信用できる。
俺に危害は加えられず自由にするのは問題なく。
むしろ監禁状態が不信感に繋がり、周囲を攻撃するのが怖い。
ミチルを護衛対象にする騎士としての意見だ。
騎士に身を案じられているその張本人は、部屋で爆睡中。
言わずもがな、俺の立場は再び女神の策謀で危うくなっている。削銘にああ言ったものの自分の意志でこっちに移ったんだから、こういう場面では起きていてほしい。
削銘の決定にアイスは賛同しかねた。
警戒を緩めずにいる状況は心配だが、内心、守られている立場からではその疑いに対する嬉しさが若干勝ってしまう。
それに、俺の不安は別にあった。
従わせられない魔族を奴隷に送り込んだ女神の狙い。
俺の気持ちを揺さぶる思惑。
キヨの発言に現実性が増した。
一難去って、と昨日から眠っても全然疲れが取れなかった。
「ごめん、ちょっと横になる。その前にシャワーも浴びるよ」
削銘から、私邸の風呂場は自由に使っていいと許可はもらっていた。
私邸とは言っても生徒を二人匿える学園の一施設。全体の造りも学園の別棟の方がより正しい表現だった。
「お背中の方、お流しします」
「オーイなにナチュラルについてくる?」
洗面器とタオルを片手にピッタリ憑いてくるキヨの方が。
のけ反る俺にキョトンとした表情で言ってきた。
「汗、かいたって」
薔薇の花が開くように。
「昨夜は一晩中、縛られた妻を前に、欲情していたから」
「一晩中の見張りに気が休めなかっただけですが!」
俺が一番安全だから、削銘ですら見張りを交代できなかった。
「やはり魔族、無防備な状態で襲うなど、卑劣極まりない……!」
「あら。うるさい蚊が飛んでいますわね。掃除が行き届いていなかったのかしら。殺虫剤を樽で焚いた方がいいかも」
俺、汗流したいだけなんですけど。
それで、なんで殺し合う一歩手前みたいな表情で女の子が睨み合うの?
「どう? 引っ越し作業、今日は手が空いているから手伝いに来たよ?」
「久志兄ちゃん」
久志が様子を見に来た。
「あれ、もう終わった?」
「終わったと、いうか。新たな問題に直面している最中というか」
「おや、こちらの方は?」
俺の背中に引っ付いたキヨに久志が首を傾げた。
俺の背後に引っ付かないでください。
「お初にお目にかかります。キヨ、と申します」
「ああ、これはご丁寧に」
「開陽様の妻兼、奴隷です」
ギョッと目を開く俺、アイス。
「へぇ、開陽に本当の家族ができてうれしいよ」
正体不明からの意味不明な挨拶に笑顔で返しやがった。
久志兄ちゃんメンタルも常時はにかんでんの?
「作業で疲れている? 少し休んだら」
「そうさせてもらいます……」
耳まで遠くなってきた。
「仮眠したら元気になる。疲れを取ったら、街に出よう」
「……街?」
「一週間に一度、日曜日には最も学園長の加護が強まって、最寄りの街になら遊びに行けるようになるんだよ」
ああ。
だから今日は休みだって言うのに、昨日より静かだったんだ。
「休んでいる間はアイスが開陽の側についていて、キヨさんは僕と」
今の、なんか台本くさかったな。
何も考えず接触したのではなく、なにかしらの勘が働いていたようだ。
「キヨが、あなたと……?」
あっなんか、やばいこと考えている目になってないか。
その見開いた目がどんな感情なのかわからないけど。
久志じゃなく、後ろの護衛の騎士に敵意を持ったのか。
「……素敵な方ですね」
「え、僕がですか?」
「開陽様の身を案じての発言、率直に言って、感服いたしました」
なんか、賞賛してね?
久志の方が予想外の返しにキヨにタジタジと狼狽えていた。
「お連れの女性も、さぞ名のある騎士様とお見受けしました」
「私の時より、反応が露骨……!」
「…………」
敵意を抱くアイスまで狼狽する始末だった。
久志の一時的な代理である護衛騎士。その本人はキヨを警戒していた。俺の肌にも伝わってくる殺気だ。
俺とは関係のない異性には寛容らしい。
それでも、兜を被っても女性と見抜いた。やはり恐ろしい。
「さすが久志様……開陽様の慕う『おにいさま』でございますね」
「い、いやぁ。僕なんかそんな」
なんだか、イイ感じにまとまっている。
なにはともあれ。また包丁でも出すんじゃないかと思ったからたすかった……。
久志のことも、アイスのようにではなく。
ちゃんと名前で呼んでくれているし。
「……あれ。え、ちょっと待って」
「開陽さん?」
「アイス、俺、今めちゃくちゃ疲れているから、たぶん聞き逃したと思うんだけど」
変なことを確認したようで。
眉をひそめたアイスに俺は申し訳ない気持ちを吐き出すつもりで言った。
「俺、久志兄ちゃんのこと……いつ、あの人に話したっけ?」
久志の方は、キヨに名乗ったか。




