7.糞女神の刺客
削銘の私邸に引っ越しは週末。
それまでの一週間は、俺もミチルも授業に出席した。
クラスメイトの刺すような目線に曝された。
久志も生徒会長である手前、俺だけを助けるわけにはいかず苦笑を送るばかりだった。
そして迎えた引っ越し当日。
寮の玄関口。
ミチルの護衛騎士の荷物を私邸に搬入してそろそろ日付が変わりそうだった。
「し、しぬ……」
「人の言葉を奪うな」
弱音を吐いたミチルにそれはこっちが言いたいと抗議した。
週末のミチルは夜型。
作業に合流したのはベッドから起きた今から三分前で、朝から俺とアイスが必死に荷物を運び出していた。
ミチル達の荷物を先に。
ちなみに、連中は前日から保健質に避難していた。
一番私物が多い方を優先したら効率を稼げると思った過去の自分にドロップキックしてやりたい!
怪しげな怪物の骨、魔導書でごみ屋敷と化していたミチルの部屋。
押し付けたのは紛れもなく部屋主だ、だが俺とアイスも意地を張って荷物を運び出してしまった。
そんな意地も一時間と持たず、俺は逃げ出したミチルを呼びに行こうとした。
それをあいつの護衛騎士が『途中で作業を中断すれば学園に黙示録が到来する』と脅してきやがった。
そんなこんなで、俺はもはや友達かもよくわからなくなっていた奴の部屋を綺麗にしようと軍手で汗を拭っていた。
力自慢のアイスがいても一晩かかりそう。
一番に力尽きていたミチルの護衛騎士。アイスが持ち上げ先に引っ越し先の部屋で休ませた。
重いベッドを真っ先に搬出したのが、余計な『荷物』を置かない不幸中の幸いだった。
主より先に倒れるなんて。
本当に護衛失格だろう。
「しにます」
背後でミチルまで倒れたのが聞こえた。
死ぬって断ってから死ぬことがあるか!
俺がふり返ったら。
「は?」
人影は、なんと増えてあった。
着物を着た綺麗な少女。
疲労が蓄積しイリュージョンでも起きたと俺は痛くなってくる目を擦った。
どうやらミチルが二つに分裂したわけではない。
赤い肌。おかっぱのように見える髪の一本一本は、よく見ると女郎蜘蛛の脚になっていた。
決定打に、後頭部に白い一角が生えているのが目に留まる。
夜景が反射しそうなくらい肌が透き通っていた。
死体?
これも騎士の『呪物』とは想像したくなかった。
アイスは、今は別棟へ荷物を搬入しに行っている。
俺は脈を計ろうと手首に触ろうとした。
背徳感が半端ない!
「これは善行。体調を見る行為」
俺は心の音を声に出し言い聞かせた。
その俺の手を、少女が吸い付いてきた。
吸い付くでは止まらず、力作業で流した手汗を手首から舐め取ってきた。
「やっぱり呪いの道具だ!?」
「ぺろっ……開陽、様」
驚いて離そうとすると。
譫言で俺の名前を呼んだ。
「今、俺のこと……?」
「キッモ!?」
気が付いたミチル。
繰り広げられていた行為にドン引き。
「ち、ちがうんだこれは」
弁解の機会を願った。
「おん、な……? おんな……!」
「なんだぁあ……!?」
驚くミチルに瞳孔を開かせ。
その頸にどこから出したのか出刃包丁を突き付けてきた。
「なぁあにか……あったのぉぉぉおお……?」
「悲鳴が聞こえましたが!?」
主人の危機を駆けつけ騎士二人が参上。
「おそすぎる……」
「開陽しゃん!?」
吐露するとアイスは涙目に潤んだ声を出した。
「開陽様のまわりに、おんな……おんなが増えた!?」
そう叫んで逆上した少女がミチルを包丁で押さえて問うた。
「開陽様と、どういうご関係!?」
まあ。と言うと。
「どう答えようと包丁が首を切り落とす運命は決まっていますけど」
「やめろ!」
叫んだ途端だった。
少女の胸が突然光り、稲妻に打たれたように少女はミチルともども伸びた。
「主人を巻き添えに呪いを発動させるなんて、いくらなんでもやり過ぎ」
「ワタシぃ、なにも……して、いませんけどぉお」
アイスに叱られた騎士はしわがれた声で、だがはっきりと否定した。
「叱るべきは、こいつぅう」
騎士は俺を指差した。
「誰に向かって、指差しているんですかあなた!」
なにがどうなっているのか俺には、まるでわからなかった。
○○○
用具倉庫。
少女は目を覚ました。
「開陽様!」
なにやらキョロキョロ周囲を見ると、表情が明るくなった。
ほかに女性がいないとわかるなり。
「やはり、開陽君の近くにいる女性にだけ敵意を向けるようだね」
削銘だけは同席。騒ぎを聞いて起こしてしまった。
帽子とか、子どもらしいパジャマだなぁ。
扉の外でミチルがまだ笑っており、アイスが咄嗟に咳き込んだ。
危険な荷物の搬入は削銘の魔法で一瞬で済んだ。
ミチルの護衛騎士は蒐集癖を怒られ、ほかも、ミチルを甘やかさず、悪癖を諫めるのも護衛の仕事と釘を刺された。
「納屋に連れ込んで「行為」に及ぼうとするなんて、大胆な開陽様」
「ノー」
倉庫にあった荷物に縛られた少女に頬を赤らめられ、俺はそれ以上に赤くなって事実無根と猛抗議した。
「異世界から送り込まれたにしては、彼とすでに親しい間柄のように話すんだね」
訝しんだ削銘。
「ようだ、ではありません。キヨは開陽様の生涯の伴侶」
人称で『キヨ』と名乗った。
恐らく異世界から来た者と思われる少女。
それも、人ではない。
「その証が胸に刻まされております」
「奴隷紋」
未熟な谷間に奴隷紋が刻まれているのを削銘、そして俺も若干の背徳を抱きつつ発見した。
「女神に命じられ開陽を殺すよう送り込まれた魔族か」
紋章は魔族用。
断言するように言った削銘であるが。
不敵に笑った魔族の少女――キヨは首を振り。
動揺する俺と目線を合わせてきた。
「いいえ。確かに、これは女神が刻んだ紋章ですが。これは、勇者となった未来の開陽様につけてもらう予定だったものです」




