5.人質
学園内。教室があるはずの空間は魔力によって塗り替えられ、入口からではその全容も窺い知れなくなっていた。
「開陽さん、やっぱり……こんなのやめましょうよぅ」
見張りの騎士の人数を俺と確認していたアイスが物陰で呟いた。
教師も面々が揃い踏みだった。削銘はかなりの人間をここに雇っている。
アイスに何度言われても、俺は自分の考えを変えるつもりはない。
「いいから……あの人達に、俺の身柄を」
強めた語気に俺の覚悟が伝わったのか。それでもアイスは渋々といった手付きで、俺自身が後ろ手に回した両腕を掴んで立たせた。
「お姉様、どうして……!?」
「……本当に来ましたか」
予想外の展開に誰もが声を上擦らせた。反応から垣間見えたその心境は、正反対のものだったけど。
「開陽さんを寮から連行してきました。ありがとうございます」
抵抗せず協力した俺に感謝を言うアイス。
もはや止められない状況まできたから不満さえ俺に表情で訴えていた。
教師と騎士部隊に随伴され俺達はダンジョンに入った。
俺だって、女神の要求になんか従いたくなかった。
よりにもよって!
今朝、アンナチュラルの神託が夢で下った。
数人の生徒を即席ダンジョンの深部に監禁した。
近頃、学園内にダンジョンが発生し生徒が迷い込む事件が多発していたのはアイスから聴いていた。単発的に発生していた即席ダンジョンの規模自体は大したものではない、生徒達の護衛騎士でも対処が可能だった。
それでも頻繁に発生し、いつか犠牲者が出る前に対策を講じていた。
そんな矢先だった。
かねて、そして今回まで女神に攫われ続けた生徒達は、数日前、俺と図書室で魔導書に関わる事件に巻き込まれたことが判明。
挑発的な行為ではなく、一斉に拉致され、さらに女神がその口で経緯を話した。
要求はもちろん一つ。俺の身柄と交換。
今日は臨時休校で、生徒は教会に避難している。学園内で最も守りの強い場所だ。
削銘は女神と、開陽の引き渡しを取り決めた。
締結書は、今俺の前を歩く教師の一人に預け、学園で最も力が出せる自室で教会の護りに徹しているらしい。
削銘が俺を売るような真似をするとは……。
見せられた締結書を信用したのは、俺の護衛騎士だった。悔しいがアイスも逆らえない。騎士達の主は創造主たる削銘。
俺の意志が拒絶すれば単独でも生徒達を救出すると剣に手をかけた時は、本当にヒヤヒヤした。
アイスまで、俺のせいで立場が危うくなるところだった。
自分のせいで周囲の人間が傷付いてほしくない。削銘はそんな俺の気持ちを汲んでくれたのかもしれない。
むしろ、この場所で誰かとの仲が深まる前にこうなってよかった。
ダンジョン内部はひたすら一本道だった。肌に覚える湿気が高い。ここが洞窟のせいか。
しばらく進んだ俺達は十字路の中心に立った。
そこで待っていたのは、女神から使者を仰せつかってきた一人の妖精だった。
「貴方ですか、アンナチュラル様の気持ちを袖にした勇者というのは」
膜のような衣を纏い美少年の顔と声を持った妖精は、翅をひらひらと羽ばたかせ俺を見た。
値踏みするように陰険な目つきで。
なんだコイツ。前会った妖精よりずっと、あの糞女神のムカつく気配にそっくりなんだけど!?
「女神派の妖精様、直々とは。少年はこちらに」
恭しく頭を垂れた教師達。その態度に騎士達は足踏みするように動揺。
「これは、一体どういう……まさか。あなた達、女神に開陽さんを!?」
えっ!
――そんな俺も、動揺を別の場所に向けた。
魔物の足音、虫や爬虫類といった様々な種類の魔物の群れが道から十字路の中心へジリジリ迫った。
「交渉役に任じた配下の私まで、餌になさる気ですか。もうついていけませんね」
「我々を騙したのか……!」
呆れる少年妖精に教師達はなにやら非難していた。
「先に自分達の教え子を騙したのは貴様らだろう」
「やっぱり、削銘様は開陽さんを、見棄ててなんて……」
魔法の光。
魔物のスタンピードを後方で護衛する騎士が続けて俺達から退けようとした。
「退きなさい、Aランクの魔物のスタンピードです。あなた達では無理よ!」
高ランクのダンジョンから湧いた強力かつ数が多い魔物の群れに苦戦するアイスら騎士達。
「ああ、こんなつもりじゃなかったのに」
「削銘様、お許しください。お許しください!」
懺悔するように頭を抱える教師達。
「開陽さん!」
「はいアイスさん!?」
「出口に通じていた道はなんとか……彼らを連れて、逃げてください!」
剣を振るいながらアイスは叫ぶが。
「でもまだ人質が」
しかも、アイス達を置いて逃げろなんて!
「俺が逃げたら、みんなが女神になにされるか!」
「そう思わせるのが女神の、奴の『狙い』なんです! 逃げて!」
叫んだアイスの髪が、風に吹かれて舞い上がった。
群れから一頭の巨大なグリフィンが出現。
後方の群れを引き裂き、蹴散らしながら俺を両脚で鷲掴みにした。
「なんだ!?」
「しまっ――開陽さん!!」
アイスが叫び、俺も手を伸ばそうとしたが互いに群れに阻まれた。
魔物の肉が壁になりながらも、アイスが飛び去ろうとするグリフィンの前足の根にナイフを投擲。
嘴の端を傷みにわずかに歪めはしたが。俺を連れて行こうと翼を広げた。
洞窟内をしばらく飛んだが、焦って翼の筋肉に集中を注いだせいか、鉤爪の力は少しずつ弱まっていくのがわかった。
そして、とうとう巣に辿り着く途中で落とした。
低空飛行で、徒に傷つけたりしない力で掴んでいたから身体の方に実害はなかった。
だけど。
飛んできた道を引き返しても、魔物と戦うアイス達の声は蚊の鳴く音ほども一向に聞こえなかった。
どころか、洞窟は途端に開けた。
「……ここはどこ……わたしは、ひょっとして、ひとり……?」
遺跡のような空間を目の当たりにし、俺は途方に暮れた。
ついに……むしろそう思うのが、遅すぎたことにも気付いていなかった。
光の届かないダンジョン。出口を探していたら迷って、誰の気配もない。食糧も水もゼロ。
遭難、それ以外の何物でもない状況だった。




