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4.腫物

 転校生としてHRで挨拶した……ところまではよかった。


「見て、アイス姉様よ。アイス姉様が目の前におられるわ」

「主神様の護衛から、本当にこちらの任にお就きになられたのね」

「私達はいま、同じ空気を吸っている……脳が融けそう……!」


「よっ……よろしくお願いします!」


 学校生活じたい久々で、今朝は不意に飛び起きるくらい緊張した俺が。

 もはや別の意味で緊張に悲鳴のような声を上げている。


 ほかの護衛達――妹達から憧れの眼差しを向けられるアイスも、俺に遠慮するように、対して羨望には応えないといけない……そんな気持ちの板挟みで苦々しく笑う始末だった。


 一番前の席に座っていた久志が、俺を慰めるように手を振ってきた。

 別の騎士が護衛に付いているとは。入れ替わりが早い。


「生徒会長? もしかしてアレは、睨んでいる?」


 クラスメイトが囁く声がする。

 というか、アイスを曝す視線とは裏腹に、開陽に対してクラス全体の視線は。


 まあ、怯えるのも無理はない。

 これは彼らも、夢の中で女神と会ったんだな。


 夢の中で女神は開陽を3度も殺し損ねたことを悔しがっていた。

 かなり。神もあんなキーキーと喚いて取り乱すんだな。


 ざまぁ。


 あの一言がいけなかったのかも。

 アンナチュラルは、学園にいて、誰を巻き添えにしようと俺を必ず殺すと宣言した。その声で俺はベッドから飛び起きたわけだが。


「じゃあ、開陽さんの席は、あの開いている所ね」


 教師の指した席を教卓から移動しようとした。

 それだけで周囲が怖がって避けている。

 あの女神、俺を孤立させ精神攻撃で追い詰める作戦か!?


「……乱数……因果律……フヒっ、完璧、だ……」

「あ、あのぉ」


 これも、ひょっとして作戦?


 隣にボサボサ頭の女子生徒がブツブツ繰り返していた。

 見た感じ俺より背は頭一つ分低くて、輪郭はふっくらしている感じだけど。

 前髪で表情全体は窺えなかった。


「転校してきました、開陽、です。隣……よろしく」

「素数、因数……計算が狂えば、世界が、滅ぶ」


 挨拶してもぶつぶつ繰り返すだけ。

 気味悪さが計り知れねぇ!


「……………!!」

「開陽さん!?」


 瞬きと口パクで俺はアイスに助けを求めた。


「いかがなさい――ってふぎゃあ!!」


「見て、アイスお姉様が転んだわ!」

「鼻から行ったわよ!」

「見事な転げっぷり、芸術……!」


 長姉、というのは事前に聞いていたが。

 本当に慕われているのか、あれ?


 ○○○


 特に変わった様子は一日を通してなかった。

 それもそうか。女神から匿っているのは普通の学校生活を送らせるためだし。


 で、迎えた放課後。初日は思った以上に堪えて。

 生徒に紛れて寮に戻ろうとした俺は、あの隣席の女子生徒に誰もいない図書室に呼び出された。


「あなぁたにぃ、話がぁ……あるのぉ」


 頭から蛸の妖怪にでも取り憑かれていそうな髪型だ。

 とにかく護衛の騎士も妖術師みたいなキャラの濃い格好。

 顔を隠して喉を潰したように喋るの、合わせているとか。


 てことは、最悪俺もアイスに倣って、頭から地面に突っ込むようなキャラにならないといけないの!?


 ていうか。護衛の騎士に代弁させ本人はその後ろに潜んでいた。


 友達らしい人もおらず、休み時間も教室にいなかった。

 昼休みに久志からは、彼女には注意するよう釘を刺されていた。


 なんでも女神に目を付けられてからは、未来視のスキルに目覚めたとかで。


 削銘がどうやって勇者の素質を俺達に失くさせるか。


 使っていないと、力はいずれ衰え、自然と消滅するらしい。だから俺達に普通の生活を女神から隔離して与え、騎士を付けて護っている。


 ところが俺の隣にいるこの女子は、無くそうとするどころか率先して自分の能力を社会で使えないか研究、『魔女』というあだ名で周囲から恐れられていた。


 本名は満知路(ミチル)というらしい。


「こ、これ……お前に、やる」


 おずおずと。


「なにこれ……え、ミサンガ?」

「ミチルのぉ……手作りぃ……」


 らしい。

 おっかない声のせいでそれ以外ほとんど頭に入ってこなかった。


「夢の中、でも……女神の干渉を妨げる、試作品。身代わりの効力も、持つ」


「羊、の毛に……魔力がある自分の髪の毛を、編み込んだ」

「かっ髪の毛!?」


 貰った後で思わず俺は声に出してしまった。


「やっぱ、り……迷惑だったな!」


 ミサンガを奪い返したミチルは、本棚の隅に丸くなるように逃げ込んだ。

 俺が、自分から図書室を出る未来でも視えていたのか。


「いやとかじゃなく……ごめんやっぱ、髪の毛入りは嫌だったかも」


「それより気になったのは、そこまでされる理由が、思い付かなくて」

「お前、私の……となり、くる未来を視た」


「力に、なりたい。でも……いつも、避けられる」


 ミチルは言った。異世界に行くのは嫌だと。

 だが授かった力をなにかに役立てたい。


「ミチルぅ、は、ねぇええ」


 護衛騎士の口調をクリーンなものに変換して紹介します。

 母の死を予知し、事故を未然に防いだ。それがミチルが自分に未来視があるのを知ったきっかけ。


 ミチル達によると。

 女神は開陽を本気で勇者に仕立て上げる気で。


 俺が、異世界で戦う未来を視た。


「きゃー!?」


「! 開陽さん!」


 アイスが剣を抜いた。


 俺達の挙動を遠巻きで窺うだけだった室内の生徒が、なんと宙を浮かぶ本の攻撃に晒されていた。


「また女神の仕業か!」

「魔法で本が怪物化してしまっているようです!」


 女神の干渉で図書室の本が暴走。

 魔導書へ変貌し室内の生徒を襲い出していたのだ。


「こっちに向かってくる!」


 羽ばたくような、あるいは張り付こうと飛びかかるように。

 本棚から次々と弾き出された本の大群が一斉に襲撃してきた。


「数が多過ぎる……対処しきれません!」


 ほかの護衛騎士達もアイス同様。

 周りにいる人間や棚で狭い図書室に攻撃が当たるのに注力するあまり、剣を満足に振るえていない状況だった。 

 魔導書が使える魔法自体は、見た限りでは弱い。それでも、火の玉に鉄砲水、無防備な生徒達に最悪致命傷になりかねない危険な攻撃だった。


 一冊の本がアイスの防御をついにくぐり、俺に紙一重の距離に迫った!


「避けて!」


 避けてと言われても!


 身が反り、俺は本に向かって突き出したような恰好になった。


 それは突然だった。

 手の中が光り出した、かと思い俺が目を伏せた直後、眩い閃光が図書室で爆発した。


 収まったその跡には。

 騎士達では対応しきれなかった本が、ただの物体に還り散乱していた。


「き、効き目は、十分……フヒっ」


 満足そうにミチルの鼻の穴が膨らむ。

 ミサンガの効力が干渉を断ち切り、魔導書をただの本に戻したのか!?


「た、たすかった……」


 そう膝を突いた俺は見た。


「ありがとう、ミチルさん……っ」

「今のミチルさんの身代わり魔法? の効果だよね!?」


「……ぅえ、えッ! なんでこんな」


 生徒達に囲まれたミチルの姿は一瞬で見えなくなった。


 これはどうやら、ミチルの功績が生徒達に改められた瞬間らしい。

 遠巻きから俺達の会話を盗み聞いていたのは、要注意人物どうし、どんな会話をしているか、そんな恐怖心からだとしても。


「転校生にあげていたミサンガ、まさか、あれほどの効き目とはな……」

「でも、あの転校生が、私達のそばにいなかったら」


 そんな生徒達のミチルに感謝する声が大きくなれば、なるほど。


 俺を、今回起きた騒動の元凶として、腫れ物のように見る目が増えていった。

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