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エピローグ.勇者じゃないだれか

 エントランスホールに飾られたツリーの周りは大賑わいで、ショッピングモールから出るだけでもひと苦労だった。


 今年オープンして、街で最初のクリスマスを迎えた。これは、街中の人間が24日きっかりに一気に集まったのではないのか。


 さすがに一晩は掛かりはしなかったけど、人混みを抜けるのにかなりを要した。


 正面出入口から出るなり俺は携帯を耳に当てた。


「今からみんなで孤児院に寄って戻る、……おいおい、側を空けたと言ってもまだ半日も経っていないぞ。安静にしてないとダメって言われただろ。おいミチルになにする気だ! もしもし……もしもしぃ!?」


 切られた。切りやがった。


「キヨさん、どうでした」

「怒ってるよ」


 言い切る前に、大量の紙袋を抱えた肩を落とした俺にアイスはむずかしい顔で一度だけ笑った。


 俺に荷物を少し分けるように言ったユノ。


 優しいと思いきや追い打ちをかけてきた。


「今が一番大事な時期なのに、側にいてやらないお義兄(にい)さまが悪いんじゃないんですか」


 その当たり方に俺はなんだか、と昔を思い出した。


 ますます背が高くなって、一段と久志の騎士だった前のユノみたいだ。背が伸びて昔に近付く、なんていうのも変な表現だが。


 いや今回に限ってのユノは、今も昔も関係はなかった。彼女の言い分は正しいのだから。


 しかし俺は同行してくれたユノに余計な一言を言い返した。


「怒っていたのは、同行の許可を下ろさなかったミチルにだよ」


 幽閉されるなら、目の前で、予定日より早く産んでやる。


 電話で最後に宣言したキヨ、これには彼女の味方に立ったユノも蒼ざめた。


 力んだ現場をホムンクルス達が総出で押さえていた。

 あんなに元気じゃあ本当に早く産まれそうかも。


 出産のために学園に着いてから、俺はずっとキヨに付きっきりだった。


「あんな顔、結婚式を園内の教会で挙げて以来見たことがありません」


 咳払いするアイスが俺を問い詰めたと思ったら。


「キヨさんに、私も早く、開陽さんと結婚して子どもを作れと言われました」


 対等な立場になったうえで、どちらが開陽の正妻にふさわしいか競い合う。

 元引きこもりが一児の父になる不安に押し潰されそうになっているよそで、彼女達はとんでもない戦いの真っ最中だったのだ。


「子どもの情操教育に悪影響を及ぼす。止めてほしい」

「それがそうでもなさそうなんです」

「? どういうことだ?」

「キヨさんの長女は姉として弟を支え、私の長男は弟として姉を慕う。親どうしの仲に対する反発によって、やがて二人は女神さえ制御できない存在となる」


 ちなみに姉弟はどっちも開陽のことが好き。

 倫理に触れかねないレベルで。


「なんだその予言!?」


 アイスが俺に教えた内容は、未来視の研究に着手してすぐの頃、ミチルから護衛騎士を通じて又聞きした原文そのままだった。


 そういえばミチルが法律関連の知識をキヨに入れ知恵し、助産師に名乗り出たのもそんな頃だったような。


「ミチルさんは信頼してもなんら問題ありません。久志さまと今の王女様も、お姉さまの子も取り上げた百戦錬磨の腕があります!」


 ユノの信頼も相手がミチルとなると性格に似合わず熱く燃えた。


 ミチルは女神をも認める腕前。

 勇者の子どもが生まれる時に限り、手紙を久志に寄越させ異世界との行き来を許していた。


「ミチルのことは昔以上に尊敬しているよ」


 本格的に孤児院をキヨと継いだ身として、おなじく学園で教師になった彼女に意見を伺う機会も増えてきた。


 とはいえ、あの言葉、今考えると別の意味に聞こえてきた。

 キヨとアイスが俺に見えるところで互いに対抗意識を燃やして日常に支障が出て間もない頃、友達としてひと肌脱いでやったという、あの俺の悩みを吹き飛ばした言葉が。


 アイスに削銘までをも『開陽君がキヨといっしょになった時のように、法律は、また、こっちでなんとかするから』と言ってくれた。


「じゃあ、いつか私にもチャンスが……」

「ユノさんや!?」


 未来がどんどん確定していく!


 改めて俺は考えそうになっていた。


 二人の奥さんと子ども達を大事にする、仮にそんな未来がこれからやってくるのだとしても、自分にそんな甲斐性があるのか……。


「勇者の資格を失くしてもう五年になるのに」


 異世界での漂流生活も合わせると、引きこもりを止めてもう二十年になる。帰りを待った人達は変わらず俺の手の届く場所にいてくれている。


 俺が、勇者でなくなって『俺』だけになった俺がそんな人をこの手で大切にできたら、と期待くらいはしていいのだろう。


 歩道を俯きながら、そのせいで皆には先を越されたように、とぼとぼと歩いていた俺の耳に、それは響くように聞こえた。


 トラックのクラクション。

 歩道の先の赤信号になった横断歩道で、親から手を離した子どもが宅配便のトラックに轢かれそうになっていた。


「おいおい、なにやってんだ!?」


 プレゼントの入ったおもちゃ屋の袋を託されたアイス達が俺を止めたのはわかったけど。


 クラクションが横断歩道を、尾を引いて通り過ぎていった。


「ひさしぶりに、全力で走ったな」


 挫いた足を信号の真下に投げ出していた俺に、駆け寄ってきた子どもの両親は汗と涙ですっかり汚れた顔で何度も感謝していた。


 抱えられた俺の手から親の腕元に走っていった子ども。どうやらケガはなさそうだ。


 クラクションを鳴らされた俺は歩道に急いで引き返した。


 垣根を飛び越えた時に付いた葉を、合流したアイス達は俺から払う。その顔は危険を冒した件をどこか呆れていた。


「開陽さんが急に飛び出していなくなったから、驚きましたよ」

「いなくなった、俺がか」


 あまりにもみんなの目が俺を心配そうに見つめてきた。


 俺は子どもを助けようとしただけだ。


 道路じゃなくても、トラックじゃなくても、その行動に変わりはなかった。


「開陽さん、もう、いなくなったりしないでくださいね」


 重い荷物を返してもらうと、みんなを前にし、聖夜の夜に誓いを立てた。


 トラックに轢かれそうになった俺に、この誓いは生涯、破る事はできないのだった。


「みんなを置いて、俺が、いなくなったりするもんか」

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