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37.新たな神

 もはや最後の一棟となった。


 侵蝕が加速する空に削り取られ、なにもなくなっていく世界に俺はかける言葉もなかった。


 まるで信じられない。文明が跡形もなく消え去った『これ』を世界と呼べるのか。これが、こんなものが救われなかった世界の末路だなんて。


「準備はいい? そろそろいくよ」


 ビルの屋上でウケモチが俺に笛を最終確認させた。


 よくわからない。


「この方法で本当にいけるのか」


 メテオラの疑問ももっともだ。


 神の道具にはそもそも動作不良があるのかも、俺が。


 俺は勇者になれなかった人間なのだから。


「自分が、この世界で力を持った時点で半分はすでに成功しているようなものよ」


 とウケモチは俺達を安心させようとした。


 俺達は今は信じてみるしかなかった。


 荒廃した世界の水を浄化し、麦を育て、ラーメン屋台を開き放浪したウケモチの言葉を。


「あとは仕上げで笛でトラックを召喚し、それをメテオラが撃てば完了」


 女神の力が付与された笛で召喚されたトラックはいわば魔力の塊だ。それを、この世界で勇者の域に達した俺が起爆剤となって召喚すればさらに魔力が上乗せされる。


 魔力の塊であるトラックを〈ヘファイストスの腕〉を最大火力で射撃、そうすれば世界中に無数に拡散した魔力は、俺を轢こうと再び集まってくるらしい。


 その魔力を散らばった段階で、世界の残骸がくっつくようウケモチが神意で操作すれば、凝縮した断片どうしは一つの世界を再形成させる、という寸法だ。


「この作戦は正直、実行できないと諦めていた」


 俺が、自分を異世界に迷わせた原因になった女神の道具なんてとっくに捨てているものかと。


 ウケモチのそんな告白に、俺は頷くしかなかった。


「捨てようか、何度も考えたよ」


 もう一度トラックを召喚し轢かれれば、元の世界に戻れるかと期待した。


 成功するかどうかわからない希望に縋り付いても結局は、死ぬのが恐かった。


 いざ使う局面になると、胃が腫れるように痛くなった。


 不安を紛らわせるにもこんな世界では手段が乏しいため、念のため最後にと、ウケモチに訊いてみた。


「笛を使ったら、俺達はどうなる?」

「世界を集められる魔力を込めてもらう気だから、魔力を使い切った君は勇者としての資格を完全に失くす。つまり、ただの人間になるってことになるね」


 ただ不安を誤魔化すために、あらかじめ用意されている文句とは違った。


「自分が責任を持って元の世界、元の身体、元のアイスやキヨ達が帰りを待つ時間に帰す」


 帰る原理は、俺とは逆に異世界に漂着した孤児院の院長といっしょだと言われた。


「そう、か。帰れるんだな、俺」

「あら、嬉しくないの?」


 嬉しい。十七年間、俺がいないせいで向こうのみんなには辛い思いをさせた。


 身代わりに久志が異世界に行った時に感じた俺の不安なんて、くらべものにならない。


 謝れるのが嬉しい。みんなに会えるのが嬉しい。


 嬉しいけど、俺は。


「なぜ、あなたにそんなことができるの?」


 聴かなくてもいい事を、メテオラは俺に代わってウケモチに確かめた。


 どういう理屈か、それは知らなかったけど直感でなんとなく察した。


 ウケモチとは、これで最後になる。


「私がこの世界の新しい神様になる」


 修復した世界を維持し、俺を安全に送り返す。


 それが俺達と再会したウケモチの最終的な計画だった。


「だからメテオラはこっちに残ってもらう。信仰が必要だから」

「自分はこの世界の住人。戻れと言われたら先にあなたを撃つ気でいた」

「ええ~、そんなこと言われたら心配になるじゃない。こういう時くらい、なんか元気になるようなこと言って頂戴よ」

「ラーメンは美味しかったから、そんなことはできればしたくなかった」


 これでいいか、仏頂面のメテオラにウケモチの拳は構えた彼女の胸の前で固くなった。


「今の言葉で力がみなぎった! さあやるわよ!」

「ウケモチ、あなたは、それでいいのか」

「この世界はきちんと管理する。あの女に負けないくらい完璧にね! ――だいじょうぶよ、料理の腕はさんざん鍛えてきた。世界中の人間もアンドロイドも、胃袋をこれでガっと掴む」


 俺が心配したいのは、ウケモチの今後じゃなくて。


「削銘とは。もう、会えなくなるんだろう?」


 俺のせいで。

 俺がこの世界に連れてきたも同然なのに、彼女は恨みの一つも言わなかった。


「なに言ってるの、これから私の、わたしたちの恩人になる人が」

「恩人……?」

「世界を管理する神どうしの交流は天界で認められている。これで、ほかの神の目を気にせず、そして削銘に正体を堂々と明かせる。感謝が必要なようだから、今言っておくわ?」

「信じていいのか、俺なんかのこと」



「『信じる者は救われる』――あなたに会えると信じたから、私はこうできた。次は、君が私を信じて帰る番だよ」



 腕をレールガンに変形させたメテオラが言った。


「選択の時だ」


 世界の崩壊がすぐそこまで迫った。


「どうしたいか言って。私は神様として、君の意見を尊重する」

「俺は……」


 俺は、一人になれるなら世界なんてどうでもよかった。


 でも、あの日、トラックを避けたのは確かに自分の意思だった。


「……帰りたい。俺の帰りを待ってくれるだれかがいると、信じられる世界に!」


 笛を咥えた。


 頭がいっぱいだ、言い訳なんか思いつく暇、ねえよ。


 笛の音がトラックを召喚。魔力の大きさを表してデコトラだった。


 空を爆走するやかましい大型車両をレールガンの閃光が粉砕した。


 塵のように俺の身体は彼方へ吹き飛ばされ。


「そうか。ずっと懐かしいと感じていた、あの味の正体は」


 そんな俺を、名もない神の腕が優しく受け止めた。


 白一色の世界、存在するのは俺と、俺を迎えに来た削銘と。


 牛の角に魚の下半身になった、女神に昇華したウケモチだった。


「いつも、残さず食べてくれて、ありがとうございました」

「今度は、『君』で作ってくれ。ウケモチ……いや。ウカノミタマノヒメよ」

「修復が完了して手が空いたら、こっちで給食センターでも開こうかしら、もちろん、その時は契約してくれるわよね、昔のよしみで……、――――」


 流された俺に削銘の本当の名は聞き取れなかった。


 せっかくの再会に水を差すのも悪かった。


 俺はいい。俺が削銘の名をわざわざ聴いて憶えておく必要はなかった。


 本当に呼びたいたった一人が、忘れないでいてくれさえいれば。

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