32.妖怪騒ぎ
学長室を出た生徒達。
「いっ……今の生徒で、五十人目」
新しい生徒がやってこないか、ミチルは俺に確認させた。
扉の隙から見えた景色が虫の足音も聞こえない静けさと言ってやった。
気力が痩せたようなため息。
グリフィンの件での功績が少しずつ再評価されていたミチルは、久志の後釜になるように生徒の相談役になる機会が増えた。
「ふ……不本意、極まりない」
と悪態をつきつつも、自分も被害を受けたので許せなかった。
近頃学園に、謎の覗き魔が出没していた。
「だが変だ」
削銘はミチルと共に受けた相談の内容を整理した。
「女神の刺客なら結界内の魔力で探知できるが、痕跡が追えていない」
そりゃ当然だ。
「そりゃ当然だ」
「なにか知っているのか?」
やべ。
「そういえば、最初に被害を受けたのはアイス、君だったね」
「はい……開陽さんじゃなく、なぜか私でした」
「情報を、なにか掴んだ、なら……白状しろッ」
一刻も早くトラブルを解決したいであろう。みんなとの距離を計る俺に詰め寄ったミチルは俺の額から流れた脂汗、これを一粒ひとぶつ数えなにを隠しているか当てようとした。
「な、なにも掴んでないよ。怖いなー。俺は被害に遭わないよう気をつけるよ!」
「どこへ、行く……!?」
「犯人の手がかりを自分なりに捜しておきたい」
「開陽さん、また無茶なことを――」
「お、俺のことはいいから! アイスはキヨを。万が一、てこともあるし」
キヨが俺を想うあまり学園の異性にこんな嫌がらせをしている。真っ先に狙われたアイスだったからこそ、その可能性を捨て切れなかったため同行しようとした足を止めた。
その隙にアイスを撒いた俺は、学長室から学舎の敷地の外れに。
「追手は、ないな」
大慌てで敷地内のマンホールをこじ開けた。
下水道は昔のヨーロッパ風の造り。空間を照らすランタンの光源は魔力だった。
魔力を感じ取れるようになった今は肌がぴりぴりとするとする光だったが、あとしばらくはこれを堪えなければならない。
下水道に梯子で下って、その梯子の裏側。
「大人しくしてろって言ったろ!?」
「約束した記録は私のメモリーにない。なんなら再生してやろうか。この目には映写機能もある」
機械と自分で言うところがふてぶてしかった。
首だけで動く俺の同類は。
動かないと思っていたメテオラの首だったが、一週間前に突然意識を取り戻した。
損傷した胴部から外したことで独立して動けるようになったらしい。
むずかしい異世界の専門用語で説明された俺に、理解できた内容はここまで。
授業を終え部屋に戻ったところ、室内を荒らしていたところを捕獲して俺は学園の敷地の地下に匿うことにした。教室でアイスがキヨと喧嘩しているのが功を奏した。
削銘の事前の説明によると、ここは学園のすべての排水の中継点なのだとか。設備の整備に関連した作業は魔力により無人で一括されて見張りもいない。糞駄女神への欺瞞も施されていた。
この一連の騒動が、もし落ち着いた後は削銘も気付いていない排水施設の弱点を報告しないと。
俺が様子を見に来るタイミングを計ってメテオラは抜け出し、いつの間にか覗き魔事件に発展し切り出せない状況になってしまった。
メテオラの髪はタコの触腕のように動き、頭は意外と柔らかい。風呂や水道の排水口に、トイレの底から、どんな場所からでも生徒の部屋に侵入できた。
「改めて聞くけど、抜け出した理由って」
「お前に代わる勇者候補を探していた。調査を重ね、女神に選ばれる資質を逸材は、トラク=カイヒ。お前だけだと判明した」
「そいつはご苦労なことでしたな」
「次はこちらから質問する。なぜ私を匿った」
訊きたいことがあったから。
俺は話した。
自分の身代わりに異世界に渡った親友がいたことを。
「私は無駄骨を喰った」
ため息をついたメテオラ。
「無駄骨、だと?」
「つまりは、お前は自分の境遇を、先達である私なら同情してくれると思ったのか」
「だれがそんなッ! 俺は、ただ……」
俺が行けばよかった。
久志を犠牲にこっちの世界に残ったのが俺という無力な人間だ。
「でも、いちゃったんだよ。こんな俺を女神から守ってくれる人が」
久志がもたらした結果を、俺は後悔したくてもできないでいた。
「洞窟にいた彼らを憶えているか。私は、怪物から自分を守り、自らも怪物と成り果てた彼らを忘れたくない。メモリーからはいつでも消せるが、容量は一度も更新されていない」
機械の身体として転生したメテオラ。
首だけになろうと、全身を震わせるように呟いた。
「辛い記憶なんだろ、どうして」
兄弟同然に育った久志との記憶は俺にはかけがえのないものだ。
だが、その思い出の最後が辛く悲しく終わったとしても、すべてを残したい。
反対に。
記憶を消せる身体で生まれ変わった俺は、きっとその葛藤さえも頭から消してしまう。
「転生する前、かつて人だった心は『後悔を恐れるな』と叫ぶ。自分は救われたとは思っていない。彼らは自分の信念に基づいて行動した。最後まで自由だった彼らに、勇者である私は世界を残してやれなかった。だから、償うために、私も私の意志に従い救われた命を燃やす」
覚悟、とは少し意味合いが違って俺には聞こえた。
犠牲とか後悔とかで悩むより、したいことをしたいだけ。
「お前も、いつかその時が来たら、犠牲の上に生き残ったのを言い訳に躊躇うのだけは止めるんだ」
救うはずだった世界が滅び勇者でなくなった機械仕掛けの英雄の言葉。
勇者としての自分を決断して拒んだ俺は、なにも取り繕わない裸の言葉で返した。
「……言い訳なんかするもんか。俺がこうなったのはだれのせいでもない!」
マンホールが降下しアイス、ミチル、ミチルの護衛騎士、削銘が突入してきた。
「ど、どうしてここに……!?」
「手がかりを探すって、いい、言って出たのはそっちだろ」
後ずさった拍子にミチルは足でメテオラを蹴り飛ばした。
これが映写機能らしい。目から光線のような波が発された。
生徒達が洗面所で顔を洗う様子、入浴シーン、寝姿が下水道の壁にノイズの混ざった映像となって投影された。
「ちがう! これはこの生首が」
メテオラにあるはずの映写機のスイッチを、首を持って俺は探した。
後頭部に手を回せば映像は再び壁に映し出された。
『言い訳なんかするもんか。俺がこうなったのはだれのせいでもない!』
「開陽さん、どうして……!」
「いいんだ。私も……仲間だと、思ってたから」
顔を手で覆うアイスを慰めていたミチル。
カラスのたかるゴミ袋、そこに飛び交う蠅を見るような目で俺に別れを告げた。
「ま、まだ……生きてたか」




