31.機械仕掛けの英雄
医務室。学園全体が寝静まったその寝台にて。
気を失ったメテオラの各部位にライトのような機器を当てていた孤児院の院長。
バラバラに解体された身体が、関節を切り離された状態で寝かされていた。
指示に従い手伝った俺ははじめこそ動揺したものの、血の一滴も出ない――配線と鉄の臭いが溢れてきたのが身体ではなく、部品だったと実感してからは、躊躇など一切冷めた。
あの、外見では照明装置と見間違えた器具。あれは異世界の産物だった。ドロイド。人型の機械、その点検用に使うらしい。
別世界の異物には俺は驚かなかった。
削銘と旧知の間柄の院長が、異世界の来訪者であった事も。
小さい頃、クリスマスに手編みのマフラーや手袋を編んでシチューを作ってくれた院長が、実はメカニック派だったのが今世紀最大驚愕した事実だった。
電源が切れたと思しき光が消えた器具を腰元に下げた院長は、苦笑いを交え首を振った。
「異常は、特にないわ」
「とても、無傷には見えないが」
訊いた削銘とて、院長の元いた世界は、彼女の話で断片的にしか知らなかった。
知識の差、疑問の量でいえば俺と大して違わなかった。
「そうね……これは、経年劣化よ」
「経年劣化?」
「言うなれば。この点検器具は、ドロイドの修理工だった祖父の形見なの。メテオラ、彼女と最後に会ったのは、果たしていつぐらいだった、かしらね」
院長は思い詰めた様子で口を濁した。
思い出せなかったのも、唐突に家族との思い出を縁もゆかりもない俺達に打ち明けたのも、無理なかった。
院長がこちらの世界で削銘に保護されたのは何十年も前になる。それが具体的にはどの年代を指すかまで前もって話してくれなくても、長い時間。
それこそ幼い少女が異界の言葉を習得し孤児院を持つまでに至る長い歳月が経った。
過去を想起させるほどに、昔となに一つ変わってなかった、自分の世界で勇者だった機械仕掛けの英雄を眺め、院長は皺に骨の浮き出た手でその髪を撫でた。
「世界が滅んだ後も、ずっと戦っていたのね」
「開陽君、ボクが君に話したこと、憶えてるかな」
「ついさっきですよ。忘れたくても無理ですって」
世界が崩壊する直前、女神は現地人を無作為に選んで別世界に飛ばす。大抵は清らかな信仰心を持ち、長生きする子ども。
自分の存在を維持するために。
院長は、削銘の出逢いで女神への信仰はとうに捨てたが。
信仰心が失われた神は力を大幅に弱まる。
削銘が俺達を保護するのも、信頼され、最低限の信仰を得るためだった。
「ほとほと恥ずかしい限りだよ。結局はボク達、神という存在は、偉大でも高貴でもない」
「生きるために、そんなの元から必要ないでしょうが」
そう、俺だって肉を食べる。野菜にしたって植物から無理やり搾取した。
だから女神とおなじ行いで生きている、生きるしかない削銘を責めなかった。
「今、できるのは応急処置だけ。説明が済んだら私は、子ども達のところに戻るわ」
そして部屋を出る際、院長に言われた。
「久志君のことで、自分を責めちゃ駄目だよ」
この場で院長が名乗り出るなんて、予想外の展開にならなければそんなの、土台無理な話だった。
院長に会って、親友も異世界で元気に過ごしているかもしれないと希望が持てた。
「では、手はずどおりに」
削銘はメテオラの胴部分を運び出した。
物質からエネルギーを精製する〈擬似ネクタル動力炉〉と、外部の大気を取り込む〈エーテル変換炉〉は、一つを除いて身体の各部に搭載されていた。
分割した方が修復も早いと、院長は点検前にメテオラを分解したのだ。
祖父を手伝ったからやり方を思い出せた。ボタンの一押しで少女型ロボットが弾けた時は小鹿のような悲鳴を上げたと昔話を交えた院長は、少女に戻ったような顔で笑い。
できるだけ離した方が早く修復すると言われた。
経年の劣化から治癒するのに、一週間。
胴体と〈ヘファイストスの腕〉は削銘が特別強力な結界内に封じた。
この〈ヘファイストスの腕〉と呼称される外骨格は、あの性格がプルトニウムのように扱いづらい女神からの賜物とのこと。
メテオラが英雄になったのは、アンナチュラルが創造した魔法世界に科学が発展した世界となっており、科学と魔法が同時に存在していた。
外部からの栄養摂取、睡眠を取りさえすれば永久に稼働する〈擬似ネクタル動力炉〉。
大気の物質を魔力に変換、肉体の強化や武装の生成に使われる〈エーテル変換炉〉。
説明を聞いても、やっぱり一体全体、なにがなんやら。
〈ヘファイストスの腕〉にはあらゆる武器の設計図が記録されており、変換炉と併用し武具の生成、腕そのものも変形することができた。
だが院長が診た限り、かつての世界での連戦で破損し、本来の性能は著しく損なわれてしまった。
修道服は防御に特化した鎧だが、これについてもこの世界の設備では修復できず。
科学が主体となって発展したこの世界に、女神の刺客からもたらされた兵器はオーバーテクノロジー以外のなにものでもなかった。
残る三本の手足についても、護衛についてない騎士が管理。
そして。
首は俺。
頭脳体であるから二つの炉は搭載されていなかった。
機械だから魔法で女神がなにかを仕掛けることもまた不可能。
だったら首だけは自分で見張っておきたいと、俺は反対を押し切って手を挙げた。
猫を持つように首を抱え上げようとした俺。
ポニーテールだった赤髪を解かれ、片目が前髪で隠れた表情の乏しい寝顔。
志願したとはいえ、今にも目が合いそうな機械の眠り顔が内心不気味に感じた。
それでも万が一目覚めたら、密かに確かめておきたいこともあって、辞退はしなかった。
――お前自身の使命を『選ばな』かったせいだ。
訊きたいこととは無論、気を失う前の言葉について。




