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28.修道女とチェーンソー

 寮に出現した即席ダンジョン。その出口から出てきた俺を労ったのはキヨだった。


「今日もご無事でなにより。開陽様が淫売女神にやられることなんて、アイスさんが五秒間ドジをなされないことくらい、ありえないこと。まあ! まあまあなんてお疲れな顔なのでしょう……キヨのうっかりさん! 開陽様にお水を用意していないなんて。まあ、大丈夫ですわね。お水なんて――身体からいくらでも出るんですから」


 前置きの長い、おかえりのキスをしようとしたキヨ。


「疲れているんだ」


 俺は遠慮しがちに言った。


 キヨには当然、照れるような素振りがなかったことを訝しまれた。だが俺はそれにすら微塵も構わず一刻もと歩く速度を上げた。


 ミチルとミチルの護衛騎士がアイスに回復呪文をかけようとした。


 俺はミチルにあざとく、妨害工作をした。


「今日も女神に命を狙われた! ったく毎度毎度、ほんと懲りない女だ!」


 声を張る俺に場の空気が凍り付いた。


「二人とも回復、ありがとうございます。ですが開陽さんには不要です」


 ダンジョンでは低級の魔物にしか遭遇しなかった。


「あからさまに手を抜かれている感じがしました……あっ」

「地下の空気を吸い過ぎたから、外の風に当たってくる」


 口を手で塞いでいたアイスに言った。


「でしたら」

「一人にさせてくれ」


 アイスの追随を遠慮した。


「女神もそう連続で命は狙ってこない。アイスも休んでほしい」


 後ろで話す声がした。


「アイスさんのせいで」

「キヨに言い寄られても照れなかった。じ自分も、最近……避けられている」

「無理もない、ですね。まだひと月なんですから」


○○○


 一人になれる場所に心当たりがあってよかった。


 ウケモチの洞窟。だがそこにはすでに先客がいた。


「ふん! ……ふんっ!」


 洞窟に向かって木の棒を素振りし剣の修行をしていたユノ。


「あッ――!?」


 すっぱ抜けた棒が飛んできたのを、キャッチされたユノ。その相手が俺だと気付けば驚くように引いた顔のまま謝った。


「お義兄さま!? ご、ごめんなさい――!」

「いや俺は。当たる前に掴んだし。でもなんで修行なんて。それもこんな場所で隠れて」

「お姉さま方全員に『必要ない』と断られちゃいました」


 笑えてはいたが、痛々しく。


「裏切り者だから、当然の扱い」

「それは違う。断った理由は、君にはもう戦う必要がないから。だから監視もなしに、一人で自由に行動するのを許されている」


 ユノも、俺も。


 一人でだれの目も気にせず、自由に行動できるのは、きっと幸せなこととして、受け入れるべきなんだ。


「アイスお姉さまがいらっしゃられないようですが」

「今は休んでもらっている」


 監視という言葉で思い出したユノに、笑って俺は誤魔化した。


「強くなってお義兄さま、お姉さまを守れる騎士になりたい。棒を放してしまう、力量不足でもいつか……!」


 ユノの決意表明。


「それで罪を償う。女神に攫われた久志さまも、助けに行きたい……!」

「……やり遂げられるよ、君になら」

「お義兄さまの足許には及びませんが」

「だから、その『お義兄さま』はよせって。でも、そんなことないよ」


 この一ヶ月。だれかを遠ざけるのに精いっぱいだった。


 飛んできた木剣を難なく掴んだ。勇者として、また一つ覚醒したのだろう。


 それがなんだ。

 俺には強くなって罪を償うことすら叶わないと決まっていたのに。


「飲み物と、食べる物、汗を拭くタオルを持ってくる」


 そう俺が出ようとしたら。


「……なんだ……?」


 洞窟の出口にバリアのような感触が張られていた。


「閉じ込められた、女神のダンジョン!」

「いや様子が違う」


 洞窟外の景色がはっきり見え音も聞こえた。

 近くの木で羽を休ませていた鳥も、ユノや俺の声に反応し飛び立った。


「だけど、やっぱり魔法か」

「わ、わたしじゃありません!」

「疑ってないよ……――聞こえるか?」


 洞窟の奥から響いてきた呻き声。


 光る眼が俺達を間近から順繰りに見た。


「ゾンビ!」


 ユノの言う通り、洞窟から現れたのはゾンビの群れだった。


 だが、やはり奇妙だった。

 仮にこれが女神のダンジョンなら死霊系のモンスターも湧くだろう。完全武装しているから兵士の死体。


 それが、よく見なくても鎧にはとても見えなかった。


 関節部のプロテクターに身体に合わせた装甲。パワードスーツと呼んだ方が馴染みあるSFめいた格好。

 群れには、だらりと垂れた腕に銃をひっかけた個体もいた。銀影の光線銃。


「お義兄さまは下がって、見たこともないゾンビですが、下級の魔物如き、この数ならわたしでも相手になれます!」


 木の棒を構え俺の盾になったユノ。


 なにかブツブツ、隣の個体と呟いたゾンビ。


 それがなんと、一斉に銃を構え俺達に発砲した!


「ッッ!? ……あれ、わたし……なんともない?」


 銃撃はまだ続いていた。


 だが弾道は、変化のない身体を触ったユノの横の壁に反れた。


「心意気は買いますが、今は伏せてなさい」


 スナイパーを倒した影は光線銃を持った残りのゾンビをいなし。

 

 重装備のゾンビを一匹ずつ丁寧に摘み取った。

 黒い血しぶきの幕の向こうで舞う姿。


 舞踊を踊るみたいだった。


 最後の一体に踵落とし、顔半分をバイザーで隠した鋼鉄のヘルメットは無傷。


 ぎゃりぎゃりぎゃり!!


 それは鉄を引き裂く轟音。俺はユノを庇いながら自分の耳も押さえた。


 甲虫のようなゾンビは縦に真っ二つに。

 まるで修道女のような黒衣、そんな彼女の短いスカートから生えた足の片方は、無骨なチェーンソーになっていた。


 ふり向いたその無機質な貌に、俺は尋ねた。


「助けてくれて、ありがとう……でも、君は?」


 返ってきたのは、電子が衝突するような声。


「メテオラ=ⅩⅡ(ミュー)。異世界の勇者、あなたとおなじ」

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