27.身代わり
女神の干渉を受けないよう削銘が寮に張った阻害魔法。
一閃でそのなにもかもが破綻した。
異常を捉えたであろうキヨとアイス、久志、ミチルと彼ら各々の護衛騎士が閃光の震源地に到着した。
「い、イヤァあああああ!!」
絹を裂くような鬼の悲鳴が上がった。
神職が祈りを捧げるため跪いたベッド。
中央に移動させられたその上。
押し倒した俺から、操をもぎ取ろうと唇を近付ける王女がいた。
「た、たたっ……魂の移動、が、失敗した、のか……?」
推測。対策。自分達の努力がすべて水の泡となる。そんな最も恐れていた光景が目の前にあって隠せない動揺を、ミチルが一同を代表し声に発した。
俺の服を引き裂いた王女。
「子為せ、勇者よ」
「いや、待てみんなあれをよく見てみろ!」
「無理です、キヨにはこんな現実耐えられないッ!」
「王女とは思えない人が変わったような大胆さ、あれはどう見ても不自然だ!」
と冷静に分析した久志にベッドの上から俺は、顔を伏せたキヨに負けない声量を湛えた。
「その議論、俺を助けながらできませんか!?」
「開陽様……しんじゃった」
光を失ったキヨの目から涙が漏れた。
頭の至る部分が隆起。
生えたのは角じゃなく不気味な紫色に発行した包丁だった。
騎士から熾る烈風が神官一行を蹴散らした。
「……ッ。使徒たる我らに弓を引くこと、即ち女神への宣戦布告と捉えますぞ!」
腰の砕けた神官長に、アイスがキヨの容態を目算で測りながら剣に帯びた魔法を解いた。
「そうなっては困るので、皆様をお守りしたんです」
「ああ開陽様。ご無事ですが――キヨに開陽様がくれるとお約束してくれた貞操」
ベッドに突進したキヨは救出された俺の気を感じて我に返ったようで、包丁が引っ込むと俺の胸の中で泣きじゃくった。
「そんな約束した憶えは、ない。もしあるなら、破棄だ……この場で」
アイスには助かったと礼を述べた。
「助けるのが遅れました。気が動転して」
刀身に溜めた月明かりを反射、色付く頬を隠した。
下半身の残り一枚を残し、俺は服を剥かれていた。
神官達がアイスに『保護』された土壇場に乗じ、人形に憑依した王女は久志が保護した。
「元の身体に戻してください……!」
久志に涙ながらの訴え。
さすが。だが久志の顔が異世界の、しかも貴族の価値観にも通用したとは凄いと言わざるをえない。
人間と寸分まで精巧に造られた人形の柔肌に久志は動じず、飛んだシーツの一枚でこれを巻いた久志がおもむろに尋ねた。
「念のため確認します。そこの勇者、開陽にまだ恋心を抱いておられますか?」
「そんなもの抱くもなにも。そもそもこのような、厄災のような趣味を持った方を勇者だなんて認めません……!」
答えに、満足したように久志は笑った。
「開陽、呪いが解けてよかったね」
「……ああ!」
ありがたい、本当にみんなのお陰だよ。コンチクショー。
「というわけで、王女様は開陽を勇者とお認めにはならなかった。これで契約も無効だね、お帰りいただきたい」
自由になった王女にはどなたとでも結婚する権利を与えてください。
王女にとって最良の提案、だが神官から首を縦に振る者はひとりも現れなかった。
「若いとは困りますな。王女様の御母堂は我々の所有物ではない。王女様ご自身であっても」
女神様だけが権利を有する。
神官長が効力のなくなかったばかりの契約書を見せた。
「勇者との間に、う……生まれる子どもは、異世界繁栄の道具か、なにかか」
若者の権利を大人が奪って、後世に未来はない。
ミチルの批判に神官長は溜め息一つを吐き捨てた。
「世迷言を。これだから異世界人は。未来を拓くのは権利ではない。『権力』だけが国の行く末を決める」
我々は信仰、王族は血で強い権力を継承する。
「それが上に立つ者の義務である。現に、初代女王の魂は消えず子孫の血の中で生き続けてきた」
「……て、言っているぅけどぉお?」
ミチルの護衛騎士に王女は強く首を振った。
「初代女王の魂は、勇者と子を為すことで、女神様から不滅の加護を」
「契約書の呪い、その『受信機』の役割を担っていたというわけか」
取り憑かれた自分から目を背けるように久志の胸に顔を埋めた王女。
神官長が契約書を彼女に突き付けた。
「これも公務です。国民は勇者と王族の血を必要としています。先祖代々の責務を果たしなさい!」
人形の意識がことりと落ちた。
「感謝します!」
一人の神官が手を合わせ、王女の身体は一瞬膝を折る挙動を見せた後、ベッドの上で呟いた。
「身体が、元に戻った……?」
「感謝します!」
「感謝します!」
天上の神に神官達の祈りが上がった。
だが一人、神官長だけが奥歯を噛み、唸るように言った。
「契約書が!? おのれぇ!」
燃えカスが零れる、火傷を負った手で天を掴んで引き摺り下ろすように掲げた。
「ぎゃあああ!?」
「女神めぇ!」
「あれだけ……我らが祈りを捧げたというのに……!」
やがて全員が、女神への呪詛を唱え消失した。
「なにが起きたの!? 神官達は!?」
「……ご先祖様の記憶が教えてくれました。契約書は当時の神官達が、女神の名を騙って無理やり結ばせた。女神の見初めた勇者と結ぶ婚姻者を自分達で選ぶことで、権力を誇示するため」
身体が戻った王女は俺の疑問にそう答えた。
「し、初代の女王も、連中に……利用され、死んだ後は、呪いの媒介にされた、って、ところか。憐れな、話だ。で、契約書が燃えたのは?」
ミチルに王女が、てっきり続けて答えると俺も思ったが。
「女神から伝言を開陽宛てに預かっている」
咳払いした久志。
「――『子作りなら元引きニートより適任者がいる』――」
久志と王女、護衛騎士が転移の光で発光。
「「まさか!」」
俺とミチルは揃って光に包まれた久志に詰め寄った。
「くるな! くるんじゃない。これは僕が決めていたことなんだ」
久志を異世界を救う者たらしめる、魅了の能力。
王女は久志の『魅了』を受け、また俺と王女を救いたい久志も生まれてはじめて自身の力を受け入れた。
それは結果として女神に身を委ねるということ。
「そう残念がらないでほしい。僕が側にいなくても、開陽には頼れる仲間ができた。王女様は戻っても危険なのは変わりない。助けを必要としている人の許に往くよ」
久志が謝ったのはたった一人。
行きずりで転移させられる護衛騎士だった。
「アニキはどこに行ったっていっしょなら守れる!」
出された拳に、久志は毒気を抜かれたような顔色で、許してくれるならと差し出していた掌を固め打ち合った。
「削銘サマは任せた! 異世界にアタシらの名を轟かせて、二度と女神なんかに手出しされないようしてくるよ!」
跡形もなく、まるで初めからいなかったように消えた光。
だが俺は憶えていた。
「お互い命を狙われる間柄になったけど、これから頑張ろう……そう、再会した時に、言ったじゃないかよ……!」
「開陽さん……」
「開陽様……」
「おいてくなんて……うそつき、兄ちゃん、俺にうそつきやがって……!」
親友との二度目の別れ。
それは一度目より残酷な記憶だった。




