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26.肉に宿りし原初の呪詛

 シャワーを浴びてくる。それが王女に俺の言い残した言葉だった。


 面白いのは、学園の客間にはキッチンに浴場、そしてベッドが何台も備え付けだった。

 その造りは単に宿泊だけを目的とはしていない。異世界の強制的介入は想定済みという削銘の強い意思が顕れた趣向が凝られていた。


 貴族、王族滞在を見越しての部屋。ベッドは二人分の最高品質。


 今回はそれが仇になった。


『お待ちしております――永久(とわ)に」


 真っ暗にした寝室のベッド、すなわち俺が寝るはずのベッドの上で、かけ布団を羽織ったまま、一糸まとわぬ王女の涙ぐんだ声が頭から離れなかった。


 時間稼ぎももはやこれが最後のチャンスだった。


 寮のシャワー室、脱衣所の扉を開けると、脱衣所には久志、あとはリースが待ち伏せていた。


「二人が、ここにいるってことは。期待していいの、か」


 ミチルとのその護衛騎士は脱衣所を神官達に隠匿するのに手いっぱいとのこと。


「解呪の方法が見つかった」


 久志の手を掴んだ俺は泣いて喜んだ。


「それで、方法とは一体どんな!?」

「呪いを解くには専用の魔道具を使う。見せてやってくれ」


 巨大な段ボールを運んで、久志の護衛騎士特有の鋭利な爪が封を切った。


 こういう時はなにか言いそうな口のリースが、限ってなぜかなにも言わず、頬だけが赤らんでいた。


「ナンダコレ」

「呪いは遺伝する。要は身体に異常な術が刻まれている状態だとわかったんだ。となると、ある別の『器』に王女の魂を移してしまえばいい」


 麻の紙に包まれ、眠るように入っていたのは。


 なんと精巧に造られた少女型の人形だった。


 王女の呪いは遺伝性。


 血の呪いは魂を移した後の人形には作用しないと。そこで護衛騎士を生み出す要領で、魂の入っていない人形を削銘が造った。


「アニキ、使い方」


 耳打ちされた久志はそうだったと。


「この肉人形を王女の隣に寝かせると神気で自動的に魂が移る仕組みだ」


 言われてみれば、目が閉じた人形の顔の造形がアイスやユノ、リースに共通した部分がある。


 終始力説した久志、その間護衛騎士は、肉人形と呼びきられたソレからずっと目が泳いでいた。


「そろそろ認識阻害が切れる」


 転移の魔法陣が久志達の足下に出現。


「頑張れよと、せめてエールを送られてくれ。あ、あと梱包に阻害魔法かける時間なかったから、こっちで処分しておくね」


 空中に放り出され倒れた人形。


 時間に余裕がない、転移する前に久志は溜め息をついていたし。


「そうかー、だからかー、服を着ていないのは」


 感情が死んだ俺は、受け止めた人形に話しかけたのだった。


○○○


「ただいまー……」

「はやかったですね」


 まあね、と。棒読みの俺が扉を開けたままでいると、王女の首は傾いだ。


 廊下の明かりが陰になっている、猫背の開陽を怪しんでいた。


「だれかいません、後ろに」

「い、いえだれも――きっと光の加減のせいじゃない!?」


 認識阻害では恰好まで誤魔化せなかったか。


 ベッドのスタンドライトを点けた途端、王女の甲高い悲鳴が上がった。


 そして悲鳴を聞いた神官達がどこからともなく姿を現した。


 魔法で存在感を消し一部始終を監視するつもりで潜んでいたのかよ!


「いかがなさいましたか!」


 駆け寄った神官長の老翁に、ふらつく身を委ねた王女が涙を堪え訴えた。


「私じゃ満足しないからって、勇者さまが死体を持ってきたー!」

「なんと!」

「勇者殿にそのような趣味が!?」

「関心……――実に興味ぶか、ああいや面妖な」


 特殊性癖だと思い思いにざわついた神官達。


「死体かと思ったが。人形か」


 言ったそのうちの一人に、俺はまさかと生唾を飲んだ。


 傍から見れば浴室から死体を運び出したみたいな自分。

 久志がかけたと言った認識阻害の魔法は、死体と誤認して怪しまれ道中で拘束されないようにするための術。


「人形ならオッケー! ――というわけじゃねーよ!」

「サイドメニューがないと、勇者さまは満足されない……」


 絶望する王女の悲痛が聞こえてきた。


 シーツで首を絞め自害を図った。


「だからなんでほいほい死のうとするんだよ! 勘違いされて死にたいのはこっちだよ!」


 死んだらいろいろ面倒ごとに巻き込まれるぞ。

 異世界に飛んで世界を一つ救わされる宿命を背負わされたり。


 俺は強行を阻止しようと、人形を王女に突き飛ばした。


 一瞬だけ白い光が弾けた後、シーツを首に巻いて泣き叫んでいた王女はばたりと倒れた。


 その代わり、王女にもたてかかっていた人形の方がすくっと起き上がった。


「私は、一体なにを……?」


 魂の移動が完了した、わかりやすい判定いただきました。


 人形の身体を使い王女はしばらく辺りを眺めた。かかっていた呪いは晴れたが、その後遺症で記憶がなくなった。異常な精神は、言うなれば、泥酔から目覚めたそれに近い状態だろう。


「だ、だいじょうぶですか。ここがどこかわかります?」


 すぐ隣で服を剝かれた自分と、側にいる俺に王女は青い顔で唾を飛ばした。


「変質者! 魔法使いの変質者!」


 身体が入れ替わっただけで状況はまるで一変していなかった。


 そればかりか、魂のないはずの王女の肉体が立ち上がった。


 神々しい光に包まれている。

 魂を移した時よりもずっと長く、強い光だった。


「うお! なんだなんだ!?」


 地面に伏せた手に涙を落していた神官達。海が割れた、空を突いた天使が舞い降りた。そんな奇跡でも目の前で起きたような。


『仰ぎみよ、崇め。畏れ。其の光を讃え』

「おお、もしや、貴方は、貴方様は――」


 神官長が代表して顔を上げた。


 その光にまるで見覚えがあるというように。


 俺にもあった。


 俺にとっては禍々しい神の光の中、声は波となって耳を満たした。


「我こそは、勇者とまぐわひし者の祖。女神の秘術よって転生の環を巡る許しを得し、初代女王の魂なり」

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