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22.騎士のはじめて

 日曜日。公園の噴水前。


 俺が見つけたアイスは、リースの伝言通り待ち合わせに時間ぴったりだった。あとでしっかり褒めてあげないと。


 これも注意書きに書かれていた。俺がその臨時騎士の注意書きを今一度確認していると、アイスの方も気付いて手を振ってきた。


「開陽さ……ふぎゃ!?」


 慣れないロングスカートに足を取られ顔面から転倒。


「また、派手にやりましたね」

「な、なんのこれしきですよ! たとえ鎧を脱ごうとも、主の許へ騎士としてはせ参じたい気持ちに変わりはありません」


 キヨに散々自慢攻撃を受けてへこんでいたとは思えない。


 楽しみにしてくれていた、と。

 俺も浮かれていいのか。


「今日は一日、よろしくお願いします!」

「あ、うん。こちらこそ」


 元気よく挨拶。


 両方の鼻の孔からも盛大に出血していた。




 まずは、予約しておいた喫茶店に入った。


「ご、ご注文は……ぶふふっ!」

「? 開陽さん、なにを飲まれます?」


 アイスは俺の注文を聞いた後で、おなじものを注文した。


「ごゆっく……りぃヒィ!!」


 結局、鼻栓をしたアイスに注文を聞いた店員は最後まで脇腹をつねり笑いを堪えていた。


「どうしたんでしょう?」

「事情は伏せますがこの店、後で低評価付けときます。もう出血、収まったと思いますよ」


 言われたアイスは、鼻栓をナプキンにくるんで仕舞った。


 鼻の孔が広がったアイスが、落ち込んだ素振りを俺に見せると。


「申し訳ございません」

「笑った店員が悪いです――」

「せっかくの慰労会なのに……笑う?」

「ああいやなんでも! 慣れないスカートだから仕方ありませんよ。むしろ似合っていると、いいますかなんというか」

「本当ですか……!? 妹達が今日のためにと、一生懸命選んでくれたんです!」


 妹の目利きを褒めてくれてたいへん満足そうなお姉さん。


 そういうことじゃ、なかったんだけどな……。


「慰労会なのに大袈裟だな」

「……開陽さん、妹を悪く言うのはやめてください? 姉としてそこは譲れ――」

「馬鹿にしたいとかそういう……アイスさん? おーい?」


 考え込むように、そして顔を上げたアイスは苦笑いを俺に浮かべた。


「着せ替え人形にされてくたびれました。やっぱり、大袈裟ですね」


 これには慌てた俺も笑うしかなかった。


「カイヒ」

「!?」

「それで、街中でナンパを回避した後さー」


 後ろのテーブルに座ったカップルだった。


 雑談に肩をビクつかせた俺に、アイスが尋ねた。


「今日のことについて、キヨさんはどう説得されたんですか?」

「ミチルたちが一役買ってくれたよ」


 魔族の知識をみっちり学びたいと絶賛足止め中。


 だから、キヨがここにいるわけがないのに、一度恐怖心を植え付けられるとなかなか克服するのがむずかしい。


「バレたら大変なことになりそう」


 キヨの性格をよく思い知らされているアイスは肩を竦めた。


 そのためにミチルの護衛騎士が認識疎外の呪符をくれた。

 これで、遠隔でも俺達を覗き見することはできない。


 テーブルにアップルジュースが二つ届いた。


 アイスのことだから、考えてコーヒーとか、もっと大人らしい注文をすべきだったか?


「それでは、失礼します」


 断ると、アイスは自分の飲み物を退けて、俺の側にあったグラスにストローを指し、一口を先に飲んでしまった。


「へ?」


 俺と店員が目を丸くするのを見て、自分の間違いに赤面したアイス。

 空気に耐えられず店員は厨房へ逃げてしまった。


「弁明、させてください」

「どうぞ……」

「削銘様の加護が強くなる日曜日は、女神は干渉できない。毒見の必要は、ないのですが。つい……いつもの癖で」


 互いの注文した品を交換しても、委縮したアイスは止めなかった。


「やっぱり、噂通り、キヨさんの方が、開陽さんの護衛に向いていますね」


 自信のなさを露呈させたアイス。


 俺は、そんなアイスを前に人目があるから飲むのは躊躇われた。


 言い訳なら俺もしたい、俺の分は口を付けなかったから交換したが、俺の目の前にアイスが飲むはずだったジュースが、キンキンに冷えた状態で、アイス自らに差し出された。


 今は騎士ではないアイスに意識して、飲むという行為ひとつにおいても緊張した。


「すみません」

「こ、今度はなにを……」

「おなじ飲み物でも、開陽さんが飲みたかったのは、こっちです。奪った私に出された飲み物なんか、召し上がりたくて当然です」


 これはもうデート、慰労会どころか、お通夜だ。


 これ以上自信を下げるようなことは一切してはならない。


 俺はせめて形だけでもと、ストローを抜いたグラスを男らしくぐいっと煽った。


「ぷっはあ――もう一杯!」

「そんないきなり、お腹にわるいで……」

「こちとら(おとこ)だコンチクショー! アイスさんも遠慮せず、どぉおんと、ジャンジャン頼みな!」

「た、頼む……ですか?」

「なにか欲しいものはないか、行きたいところでもいい」


 胸筋を叩く俺に。


 いけません。そうアイスは注意した。


 その冷たさはどこか、自分自身に向けられていたようだった。


「開陽さんの貯金は、普通の生活に戻った時のために削銘様が工面してくれた大切なお金です。一介の騎士風情に、浪費していいものではありません。この喫茶店だって」


 準備資金は抜かりない。


 俺に見せられた財布、そこにパンパンに収まった『臨時収入』にアイスは泡を食った。


「そんなお金、いつの間に……!?」

「ウケモチさんの食堂で特別にバイトさせてもらったのさ。さあ騎士様よ、優秀な従者は、主の努力を水の泡とするようなことはしないのではありませんか?」


 挑発的な俺に、戸惑いながら辺りを見回したアイス。


 喫茶店の窓を見つめたきり、見惚れたように固まっていた。


「私、生まれて一度も、我が儘というものを、言ったことがないんです」


 唐突にひとりごちたアイスの目線の先になにがあるのが、気になってその目線を追い俺もふり返ると。


 宝石店の看板が止まった。


「私の〝はじめて〟……貰ってくれますか?」


 大人びた口でもそれは、上目遣いになんて幼く。


 どの口で騎士を名乗ったかと、俺は呆れたくなった。

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