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21.成り代わる

「もういい加減にしてくれ!」


 放課後のチャイムが鳴るや否や、クラス中の生徒が苦情を直訴しにきた。


 早く自分の部屋に帰った方がいいと忠告しても、引き下がらない。


「こんなところを、また『彼女』に見られたりでもしたら……」


 生徒の護衛騎士の一人が机を叩いてきた。


「元はといえば、騎士を制御できない開陽様の落ち度じゃありませんか。それを言うに事を欠いて!」


 全員同意して『そーだ! そーだ!』とブーイングの嵐。 

 板挟みに遭ったユノは間を行ったり来たりしていた。


「こんな監視生活ウンザリだ」

「力ずくでも、開陽様には主としての責務を全うして頂きます」


 護衛騎士が拳をコキコキと鳴らし、ほかの面々もすっかりその気になった様子で身を強張らせていた。


「み、みなさん乱暴は……!」

「……いいのですよ、大切なのは己の主人。元より、我々には仕方がないことなのですから」


 俺だと思っていた目の前の相手の声が変わり、全員がその場に凍り付いた。


「うそ、だろ……!」

「ええ、ええ。うそですよ? ――開陽様に対してみなさんがどう思っていらっしゃるのか、率直な感想が伺えて満足です。正直者にはささやかな褒美を差し上げましょうね」


 共有した視界が真っ暗になって、隠れていたトイレから俺は堰を切ったように大慌てで教室に戻ってきた。


 おそかった!


「か、開陽、が一人っきりになるなんて、ありえない。考えたら、わかること」


 はじめから仕舞いまで隅に退避していたミチルが呆れ果てていた。


 俺に化けたキヨが生徒の本心を探り、一部始終は視界を通し俺に共有されていた。


「今日は一回、と」


 キヨがメモで俺の悪口をさらさらと記帳。


 ぱたりと閉じ、目を鋭く細めた。


「まだまだ躾ける必要がありそうだ」


○○○


 部屋の前で待っていると報告した。


「お掃除、終わりました」

「本当にキヨさんは働き者だね」


 そこへ丁度来た久志に誉め言葉を投げられても胸を張る。

 キヨに俺の妻に関して、謙遜の二文字はない。


「良妻として、護衛騎士として、これくらい当然です」

「家事は騎士の仕事に入ってないだけどさ」

「そうですわ開陽様、ウケモチさんころに貰い物の林檎があります。食堂で剥いて持ってきますので、お部屋でお待ちください!」


 鎧をガシャガシャ鳴らし走っていくキヨに、久志はというと苦笑で濁した口で言った。


「無視された」

「都合の悪いことは鼓膜が閉じるんだろ。魔族ってのは便利な耳持ってんだな」


 臨時騎士、この呼び方もいい加減飽きてきたので、俺はちゃんと名前で俺は呼んだ。


「リースさん、そこ、魔族関係ないよ」


 柳の枝葉のように項垂れる。


 実際、アイスより勤勉で、なによりドジもしない。走っても転ばないのだ。


「だからこそ困っているのか。こんな時に、渡したくは気が重いんだけど。生徒会長の務めだから」


 久志から、生徒から新しい護衛騎士について変更の嘆願書を束になって渡された。


「開陽から説得し、キヨさんの護衛立候補を取り下げてはくれないか」

「俺にも、この用紙、一枚くれないか……?」


 彼らの要望を飲んでキヨから鎧を脱がす。

 そんなことしたら女神より先に、キヨがクラスメイトを異世界に送ってしまいかねない。


「俺も、二人に見せたいものがあるんだ……」


 俺はキヨ特製『開陽の悪口記録メモ』を見せた。

 日記形式で、一日おきに分類され記帳されていた。


「それを、旦那と呼ぶ開陽サマに持たせてんのか」


 ドン引きするリースに開陽は、アイスの容態をそれとなく聞いた。


「アイスさんには早く復帰してほしい」


『真化』の後遺症からは全快した。姿はもう元に戻り、傷もないのだとか。


 問題は精神。

 主の護衛は完璧にこなしているキヨの噂が広まり、アイスはすっかり自信を失くしていた。


 アイスは今、リースの詰め所に身を寄せていた。


「普段からドジばかりして女神の脅威から満足に守れず、怒りに我を忘れ、女神に利用されただけの妹を殺しかけ開陽の信頼はゼロ」

「そんなこと、俺は言ってないのに」

「あいつが自慢しに来るんだよ、それこそ毎日のように」


 一時的とはいえ、削銘に護衛騎士に抜擢され、鎧まで支給された嬉しさが今だ冷めない。


 最初こそは、アイスのお古なんて着たくないとぼやいておいて。

 日が経てば「あなたよりキヨの方が似合ってしまって、開陽様の視線から逃げる毎日で困りますわ。あらごめんなさい、それは『前』の騎士でしたね? 『今』は逃げたりせず受け止めますが』なんて。


 俺に手を合わせたリースが泣きそうに叫んだ。


「なあアタシ、妹を代表して頼むよ!? このままじゃ詰め所が姉サマの涙で水没してしまう!」


 相当に切羽詰まっていた。


「姉サマ煽り耐性の方はゼロなんだ!」

「キヨには、ち、注意しておくよ。俺もはやいとこアイスさんには復帰をですね」


 とはいったものの、だ。

 殴ったのをいまだ謝れていない手前、いざ復帰されてもこっちが気まずかった。


「ったく情けねえな。アタシらにない玉二つも足の間にぶら下げといて。男だろ!?」


 業を煮やして咬み付かれた。


「玉に関してどんな男も標準装備ですが!」

「うるせえうるせえ! 仮にも女神に選ばれる素質を持っているなら、デートの一つでも誘って娘の傷心を労わってやれ!」


 で、デ――!

 この男でも女でも問答無用でブチのめせる騎士殿は、自分の何倍も強い姉をデートなる親しい男女だけができる禁断の儀式に誘えとおっしゃったか。


 クラスメイトにフラれて引きこもり、ゲームのコントローラー越しでしか異性の手を握ってこなかった俺に!?


「ゲームは経験値に入らないよ!」

「コントローラーも実物も大して違わねぇだろ!」

「前者が手じゃない段階で議論は打ち切りだよ……!」


 まずそんなことした日には、俺がアイス諸共、自称本妻に殺される。

 浮気なんて、キヨには最も許せない大罪だろう。


「女神に殺されるのも嫌だけど……キヨに殺されるのは、殺されるのは俺、アイスさんだけで済むかどうか」

「いや案外、いいアイデアかもしれない」

「本気、正気か……? まさかこんなことを人生で言う日が来るとは思わなかったけど、妻を差し置いてデートなんて」

「なにを言っているんだい」


 俺の方が正気を疑われていた。


 チッチッチと指を振った久志。


「今のキヨさんは、開陽の『妻』じゃないだろう?」

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