20.義理の妹ができた
俺に、削銘、ウケモチ、アイスが見舞いにやって来たのは、保健室の天井のシミを数え半日を過ごした時のこと。
「なんだよ姉サマ、まだ『真化』の後遺症が残ってんのか!?」
俺の隣のベッドでゲラゲラ笑う臨時騎士。
短剣に塗った毒にやられ俺と一緒に療養中でベッドからまだ起きられないのが嘘のようだった。
ちなみにそんな臨時騎士に笑われ久志に慰められていたアイスは、削銘のところで『真化』を解く儀式を今日も執り行う予定だった。
今回は暴走状態に近く、自力では解けないらしい。
互いに目を離す俺とアイス。
角を気にしているらしいが、頭に残った角よりも俺は、頬に貼ったガーゼに目が行ってしまった。
「次の治療も、ありますので……」
保健室を走り去ろうとして、これまた盛大に倒れ込んだアイス。
周囲の生ぬるい視線に促され、おずおずとベッドから身を出した。
「だ、大丈夫……?」
「だ……だいじょうぶ、です……しつれい……!」
耳が赤かった。
アイスが去って、どっと体重が減った俺は倒れるように寝込んだ。
「こんな調子じゃいつまで経っても二人とも治らないわね」
「あの時は主として正しい判断だったと励ましても、聞く耳を持ってくれなくて。やっぱりアタシじゃなく、姉サマから言ってくれなきゃ」
「父である自分が二人の暴走を止められなかった責任だ」
顔を見合わせ暗い表情になる見舞客。
「みなさん、開陽様を正当化し過ぎでは。どんな理由であれ、女に手を上げるなんて最低、きちんと罰を受けるべきです」
厳しい発言を一貫して言うキヨに、ウケモチが苦笑いで尋ねた。
「だからそんな恰好で彼に『罰』を与えているんだ」
ナース服を着たキヨに熱々のお粥を口に押し当てられた俺は火傷した。
あっつ! 今、土鍋かられんげで口にマグマ突っ込まれたか!?
「開陽サマばっか看病するから、こっちの治療がぜんぜん進まない」
とぼやく臨時騎士に、削銘から保健室を任されている看護士が補足するように言った。
「生徒優先ってわけですにぃ。キヨ様はここのイロハをよく心得ていますですにぃよ?」
この看護師も削銘の被造物であるホムンクルスで、見た目は座敷童で護衛騎士ほど一人ひとりを特徴で見分けることができなくてもよく働き、いい人達だった。
「主神、開陽様の検査結果ですにぃ」
ホムンクルスから頼んでいた開陽、つまりは俺の検査結果を受け取った。
「体内の魔力量が、この一件で高いまま下がっていない。無意識に強化魔法を使って以降、魔力の蓋が開いて一時的に溢れている状態か」
「女神の勇者に覚醒してしまったって、ことに、これはなるんでしょうか……?」
お粥の熱さで我に返った俺はキヨにお粥を食べさせてもらいながら、そう訊くと削銘は首を振った。
「つまるところ、魔力も才能の一種、研鑽を怠れば努力は倍の速度で劣化するものだ」
女神が夢で接触してきても、気にしないこと、と。
削銘はそう言ってくれたが、俺はキヨに目配せした。
「夢で逢えるまで、魔力は残しておきたいです」
「女神は例外でボコボコ案件ですからね」
これにはウケモチも力強く頷いていた。
削銘が近くにいるのに、あなたはそのスタンスでいいの……?
「そうだ、忘れないうちに紹介したい人がいたんだ。久志君、入ってくれ」
「人?」
「彼女だよ、ほら」
久志に背中を押されもじもじしながら入ってきたのは、制服を着たユノだった。
あの時はそれどころじゃなかったから、改めてこうして確かめると、ユノが切り捨てたと言い捨てた分身体は、全体的に幼い印象がある。
精神性を反映させた結果か。
アイス達、姉や創造主ですら見抜けない幼稚さ、純粋さを彼女はずっと抱え、隠していたのかと、そしてとうとう切り捨てられ今は完全なオリジナルになったユノに俺はなんとも言えない感情を心にぶら下げてしまっていた。
「言いたいことがあるのよね。はやく言っちゃいなさいな?」
「あ、あの……ありがとう……ございました!」
「えっ」
「た、たすけてくれて」
ウケモチにも促され、前に来てなにを言われるかと思うと。
妹の変わりように、姉の臨時騎士が口を開けた。
「あの根暗なユノが……ん、そう……いやいや、魔力が全然感じられない?」
「ああ。呪具と、無理に人間由来の魔力を使ったせいで神格が完全に消えてしまったんだ」
説明した削銘、その隣に立った久志の後ろにユノは隠れた。
「魔力は微量に残っているから、生徒の一人としてこれから、暗殺を企てた生徒とともにここでで引き取る」
回収されていた魔石を隠し持ち、学園に混乱を起こした彼らは、一般生徒に混じっての授業だと目立つ。
「だけどまた、事件を起こしたら」
俺が勇者として異世界に行けば、自分達は女神に狙われなくなる。
確かな動機があって行動に移したバイタリティも騒動が落ち着いて、今は自分達をたぶらかした糞女神への恨みに結局向いても、いつまた口車に乗せられるか。
「キヨがいてできるなら」
あ、紹介したのか。
じゃあ大丈夫、なにも心配することはなかった。
「……あ、アイスお姉さまともども、これから末永くよろしくお願いします、開陽お義兄さま!」
「おっ!?」
食い入るように。
アイスに甘えられない感情を俺に向けている。
「とまあ、身を呈して守った開陽を兄のように慕うようになりましたとさ、よかったね、かわいい妹ができた」
「久志兄ちゃんまで、なに言ってんの!?」
「末永くよろしくお願いしなくて結構です」
気になる響きにひっかかり包丁を研ぎはじめるキヨ。
俺はベッドに潜り布団を頭から被り、この悪夢から即刻目覚めたいとあの女神に祈った。
お前の蒔いた種だろ。聞こえてるんだろ、この責任取れよ!
「なんなんだ……!!」
「お義兄さま!?」
「やれやれだぜ。アイス姉サマと開陽サマが仲直りして、アタシもいつか、『兄ちゃん』って呼ばなきゃならない日がやってくるのかしら?」




