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19.覚醒(めざ)めよ

 目くらましに投げた閃光爆弾に乗じ、塔の窓から森に逃げ込んだ。


 そして俺を肩に抱え飛んだ状態で、ユノは木の葉を巻き上げながら飲み込んだ魔石でアイスから受けた傷を回復させた。


 とはいえ重傷から軽傷になっただけで、出血そのものは止まらなかった。


 肩かけ鞄のように扱われたことに俺から文句は言うまい。

 どの道、血を流し過ぎたユノには重い鉄の匂い以外は届かず、それをべっとりと吸った俺も休ませることのほかに思い付くような言葉もなかった。


「おろして! 血を流し過ぎてる!」


 いとも簡単に俺は拘束を抜け出せ、ユノも覚束なくなった足取りで木の幹にもたれた。


 塔では、時間稼ぎに分身体がアイスと戦っている。


 今、引き返せば久志や臨時騎士、削銘と合流が。


「場所が、わるい……。だが、ここでやるしか!」


 剣戟の音が消えたと思ったら、地面に突き飛ばした俺に馬乗りになって、短剣を喉に刺そうとするユノ。


 目が合った。明らかに焦っている。


「こ、ころさないで……!」

「私は死を覚悟して神と姉達を裏切った。貴様も世界を救うため、死を覚悟しろ」


 仰向けになった俺は咄嗟に、塔から森を迫ったその殺意に、目の色を変えてしまった。


 上空に飛来したアイスにユノもふり返った。

 翼膜を広げた黒羽、その鉤爪には魔石で造った分身体の亡骸が何体も串刺しに。


 頭部を彩る角が、溢れ出る魔力に禍々しく脈打っていた。


 死体を捨てた。剣を突きおろし急降下してくる。


 ユノが防御魔法を展開。


 魔力を込めた剣と魔法の盾が衝突、一帯の木が衝撃に薙ぎ倒され更地と化した。


「あれだけの数を――この、バケモノ……!」


 防御諸共アイスの剣がユノの脇腹を貫いた。


 最後の力を振り絞って短剣をアイスに刺す途中で斃れた。


 俺に覆い被さろうとして、剣を握り振り上げた拳を腕で引き揚げたアイス。まるで雑巾でも捨てるように実の妹の亡骸を放り投げた。


 不意打ちをしようと森に潜伏していた分身体も先の衝撃で全滅。


 俺とアイスは、大量の死体の中央で向かい合っていた。


 やがて蜃気楼のように死体が消え、アイスと彼女の冷徹な眼差しに怯える俺だけが残った。


「弱い。数ばかりに頼りおって。この程度なら、『真化』するまでもなかった」


 アイスとは思えない別人と化した声色、立ち居振る舞い、気配に俺は震えが止まらない。


『真化』。それは神に創造された眷属でも最強格のモノが魔力を極限値に達した時に顕す真の姿であり、変身した臨時騎士の『獣化』より上の形態。


 削銘、彼女を創造した主神は俺に忠告した。


 もしすべての力をアイスが解放すれば、たとえ人の形を保っていようと、迂闊に言葉を交わしてはならないと。


「おわった、のか」


 しかし俺はその迂闊さをしてでも。


 アイスは、俺の護衛はドジで、肝心なところで恰好がつかず、いざという時には頼り強くて。


 そんないつものドジなアイスに早く戻ってほしかった。


「転移魔法――」


 アイスが地面に写した魔法陣から現れたのは、召喚したのはあのひ弱な女子生徒で。

 

 こともあろうに、腰から抜いた剣を俺に寄越した。


「なんの真似――!?」

「此度の騒動で魔力源を得たユノは、魂を分け実体化させる『分化』を会得しました。そんな彼女にも、裏切りに対して良心の呵責があったのでしょう。騎士が失ってはならない最も大切な物を、あの子は真っ先に切り捨てました」


 流す涙で、生徒は表情も窺えなかった。


「この女子生徒は、ユノが切り離した良心が形になった分身体。全てのユノが死んだ今、彼女がオリジナルです」

「そんな……」


 信じられなかった。


 この少女が、あのユノと同一人物だなんて。


「もう一度言ってご覧なさい。塔で私に約束させようとした願いを」

「ね、ねえさま……おお願いします、どんな償いもします! たすけてください!」


 伏して願うユノの分身体。


「にくかったのは、認めますッ! 持って生まれた才能を他人に使おうとしない生徒や削銘様を、憎んでいました……。だけど、わたしは、わたしだけは人殺しなんてできない!」


 弁解する妹。生徒に変装し、自分自身に従うも裏切るも、どっちつかずの道を選んだ。


 俺は、言葉遣いこそ普段のままのアイスを見て、許すだろうと思った。俺も削銘も無事で、少なくとも俺はこのユノを責めるつもりはなかった。


「罪の意識があるのなら、その剣で自害して詫びろ」


 一度は握った剣を投げ捨てた妹は姉に何度となく謝っていた。


「ごめんなさい! ごめんなさい……ごめんなさい!!」

「貴方は生まれた時からそうだった。責任感が薄いから、肝心な場所で間違える」

「もう間違えたりしません。だれか、だれか……たすけて!」


 背中から生えた爪が跪くユノの頭を砕こうとふり上げられた。


 俺の身は二人の姉妹の間へ気が付くと割って入り、金属が打ち合う音にアイスの表情はわずかに驚嘆に張った。


「償う機会を彼女から奪う権利はありません。それがあなたであっても。生まれながら騎士たる者、責任は命を懸けるべきです」


 ユノの捨てた剣をわざわざ拾ってまで止めてきた俺にアイスは苛立ちを隠せないようだ。隠す気など毛頭なかったのだろう。


 だから俺も、ここは譲らない!


 押し潰されそうになりながら、腕を上に弾かれ剣を手放した。


 これでもアイスは手加減してくれている。完全に想定外だったとはいえ、剣が当たったと同時に攻撃を止めたのも意識してのことだった。


 覚醒した神の眷属を止める力なんて、俺なんかには。


 怒りによる興奮、眠っていたように静かだった力が(みなぎ)った。


 ああ、自覚している自分が本当にムカつく!


 これこそ女神に選ばれる根拠となった勇者の魔力だ。


 ここにこうして立って、好き勝手していられるのは俺以外の人間が俺に、都合のいい力を与えているから。


 許すなんて自分に言い聞かせておいて、泣いて叫ぶ無力な一人を許す余裕すら、切羽詰まった俺にはない。


 どいつもこいつも、俺の命を狙いやがって!


「俺はこいつを許せない、でも騎士以前に、彼女は妹だろ、怖いのを必死に抑え妹が謝ってんだ。いい加減、許してやれよ……!」


 糞女神に感謝なんてするもんか。


 アイスは俺にとって騎士で、アイスにとって俺は命を懸けて護る主人というだけの話。


 雷撃を呼ぶ現象にアイスは防御姿勢を取った。


 男として最低なことをしたのだ、嫌われても仕方がない。


「お姉さんだろ!?」


 御姿勢を取った翼膜を破り、俺のビンタがアイスの頬にヒットした。

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