17.女神の贈り物
削銘は神妙な面持ちだった。
学長室の机、そこに転がる物体は一見してなんの変哲もなかったけれど。
「するとこれを、朝起きると手に握っていたんだね?」
俺から先に訊いた情報を整理した。
「夢であいつが言ったこと、削銘さんはどこまで信じます?」
「『魔力封じの石』か。興味深い話ではある」
俺の眼に映ったそれはどこから見てもただの石。ただの石、それがこの物体の最大の特徴だった。
「単に揶揄っているだけか。当の本人はなんと?」
夢で俺にこんなものを渡す目的を問われたアンナチュラルは言った。
『女神らしく慈悲をくれてやる』と。
ミチルがダンジョンに拉致された件、キヨの件で友達がちっともできない。だったらこれを友達づくりのきっかけにしろ。
「――ですって。完全に馬鹿にされています」
身から出た錆とはいえ、自分の見込んだ勇者がぼっちだと神側の箔に傷が付くとか。
もちろんお前が原因だと俺は本人にツッコんだ。
削銘の指摘通り、信じてやる気もないと。
「そう顔面に唾を吐いてやりました」
「神をも恐れぬ行為だね。彼女は怒ったかい?」
光に蒸発した唾を見て笑っていた。どんな仕組みで光ってやがるんだあの後光。
ひとしきり笑って、信じられない開陽に、疑うならおなじ神である削銘に鑑定してもらったらいいと。
「でもやっぱりただの石ころみたいだし、わかったらわかったで『騙されてやんの~』って今頃高みから笑っているんじゃ?」
「あの女神はそこまで暇人じゃないさ」
石を鑑定した削銘は、そう言ったうえで俺に結果を伝えた。
「どうやらこの石には本当に、所持者の魔力を吸う効果が付与されているみたいだね」
「本当ですか!?」
「君がこんな珍しい石を持っていたら、みんな興味を持つかもしれないね」
アイスが口を挟んだ。
「あの女の言ったことを信用する気ですか」
「そっ、そうです。アイスさんの言う通りですよ。アンナチュラルの企みがなんであれ、絶対のぜったい、二百パーろくなことにならないって!」
神の審美眼を以て保障されている学園の安全に護られている立場から疑う気はないが。
生徒達の魔力を封じるのに配るのは考え直してほしかった。
「二人とも誤解しないでほしい」
詰める俺達に宥めるように削銘は言った。
そして石を俺から遠ざけた。
「こんな危険なものを生徒に近付けるわけにはいかないよ」
「危険なもの?」
「削銘様、どういうことですか」
「確かにこの石は魔力を吸収するが、吸収効果を発動させること自体に魔法が発生する仕掛けになっている。一定量に溜まった魔力は何倍も増え、所持者に逆流する」
結果的に魔力量が増えてしまう。
「呪詛、呪いの類を開陽さんに渡したというのですか……!?」
「魔族の呪詛返しをベースにしているから神には見破れないとわかったうえで、ボクに鑑定を依頼するよう開陽君に吹き込んだみたいだ」
「ってことは……あの糞女神……!」
俺だけでなく、削銘まで騙そうとしたペテンを仕掛けた。そんな女神にアイスも憤った。
「でも削銘さんは、これが魔族の技術による道具だとどうやって見破ったんですか」
「見破ったのはボクの力じゃない、残念だけどね。キヨには後で君から感謝を伝えてくれ、きっとボクが言うより喜ぶだろうから」
キヨの姿はここにはない。なぜ彼女の名前が?
「キヨが知識をくれたため、魔族の呪いの研究は女神よりも進んでいる。彼女のお陰で危機を未然に防げたよ」
なるほどそんな事情があったのか。
情報共有に、俺の身柄、貞操が天秤に乗ってないか一抹の不安は拭えなかったけれど。
「大丈夫、ですよね……?」
「今日明日、身ぐるみを剥ぐ、なんてことにはならないよ」
そうか。だったらキヨには感謝したい。キヨがいなかったら学園に大混乱が招く事態になっていた。
「大丈夫でないと護衛する私が困ります。キヨさんの行動は神の眷属でも読めないんですから」
キヨの性格についての俺の発言に一瞬、表情を曇らせたアイス。
「ボクのお墨付きを貰った開陽君が石をばらまく。だけど欠陥品だとわかり、開陽君はボクともども学園からの信頼を地に落とす、そんな作戦かな?」
よくもまあそんな陰湿な作戦を思いつけるものだ。
「育ち方で性格が歪んでしまったんですかね」
「あっはは。そうかもね、……ねえ開陽君、神、つまりボク達もつまるところは『神』という種に分類される生物で、本能があるんだ」
「本能、ですか」
「自分が見つけ出した勇者の魔力が増えると主神もまた信仰心を得られる、転生した勇者が世界を救ってくれれば、根付いた現地の信仰は維持され、さらに厚くなる。僕らはそうやって生きているし、意識とは関係なく欲してしまうんだ」
つまり、俺達で言う三大欲求のようなものか。
食べることに理由はいらないし、眠るのは好き嫌いじゃない。性欲も娯楽とは頭では別の場所が原動力と言われると一理ある。
「神もまた本能には逆らえない、そして欲求を原動に生きるとは実に意地汚く見えるものさ」
「削銘さんも前はあいつと、……」
「女神と?」
「……いや、なんでもありません」
笑って誤魔化した。口を滑られるよりその方がずっと懸命だ。
神の座を追われる削銘も、女神とおなじことをしていたとは、寝ぼけた朝時でも言えない。
「石はこちらで処分しよう。アイス、妹達に伝達し、魔石を貰った生徒がほかにもいないか早急に調べてくれ。しばらく警戒を怠らず、もしかしたらばら撒くつもりかもしれない」
「……はい」
「元気がないな、どうしたんだい?」
「助言をしていたキヨさんのように、私は、近くにいながら開陽さんや削銘様の危険を察知できませんでした。自信、失くしそうです」
すでに失くしたような声で返事をしたアイスを俺は励まそうとしたし。
削銘はそんな俺より早かった。
「隣の芝生は青く見えるものさ。ボクの気持ちも知らないで、生徒と一番近くにいて護っている君が、よくそんなことを言えたね?」
「創造主様に、羨ましいと思われるようなことは――!」
「そう……この学園全体を守らなければならないボクは、生徒一人ひとりを全力で守れる君達が羨ましい、こんなに誇らしいことはないよ」
机を叩いたアイスの頭を削銘は撫でた。
生物のような本能を、全知全能の神も持ち合わせていると削銘が告白したのなら。
「君には君にしかできないことがある。出し惜しみなんかせず、全力で取り組みなさい」
親が子に向ける愛情とやらも、人に似た形をしているのだろう。




