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14.牛頭蛇尾

 学園の裏手に山があるのは見えていた。だけどこんな洞窟まであったとは。


「どうかな?」

「ふむふむ、なるほど。確かに奥から匂いがするな。食堂のおばちゃんで間違いない」


 俺達を下がらせた騎士が洞窟の入口に突っ込んだ鼻先をすんすんと鳴らした。


「彼女は騎士の中で一番鼻が利くんだ」


 護衛騎士の様子に肩を竦めつつ、感心したように久志は言った。


「久志のアニキよ、だから人を匂いフェチみたいに言うのはやめてくれって。アタシは臨時だってのにそんな紹介だと主神サマの許にも戻れなくなるじゃんか」


 久志の専属の護衛であるユノが謹慎中の間、彼女が臨時の護衛を仰せつかったのだとか。


 獣人に近い姿をしている。特に頭から生えた耳は灰色の和毛に覆われ、形も人よりも犬に近い。


 削銘の護衛騎士は性格以外に、その外見にも個性があると知った瞬間だった。


「かなり深い洞窟だな、でも大丈夫。キヨと開陽さんを守ると、なにがあっても私の誓いは揺るがない」

「開陽を守る務めは消えてないらしいね」

「姉サマは『そこんとこ』も頑丈だからなー。それをここまでブッ壊した薬とやら、なるほど生徒会長の出番とくる案件だな」


 薬を盛られ一晩、時間が経つのを辛抱してもアイスは治らなかった。


 そして今朝、病に倒れ静養していた食堂の料理人が失踪したという情報を久志が持ってきた。


 料理番は校舎と削銘の私邸、二つの食堂を行き来している。


 代わりに料理を作ってくれる調理師の話題は、倒れた噂を聞いた生徒の耳にも入らず、生徒会には解決を求め相談にやってきた生徒まで出始めたらしい。


 俺やミチルの方は大丈夫かと、心配した久志は事のあらましを知り、居場所を知っているであろうキヨに白状させ、道案内をさせたのだった。


「かなり奥まで進んだな、ここまでは順調だったけど」

「なにも起こらないのが逆に気味が悪くなってくるね。どこにいるんだ」


 俺と久志は互いに持った懐中電灯の光を交差させながら。だが周囲には岩壁と、辺りに散り飛ぶ湿気だけが確認できた。


「この先は狭くなっている、気を付けて進もう」

「ウケモチさん、調子はどうです?」

「ん、そこにだれかいるのか……僕には壁しか見えないけど」


 それは同意を求められた俺も久志とおなじだったし。


 もし遠くにキヨがだれかを見てそう言った場合、もう少し声を張らないと、届かないのではと思った。


 まあそんな、キヨの様子に各々なにかしら持った疑問もすぐ張れることとなった。


『まあまあかな。みんなよく来たね』


 壁が、ふり返った。

 いや目の前にあったのは壁じゃなかった。


 洞窟の奥で俺達は、牛の頭に蛸の脚を生やしたような、巨大な魔物と遭遇していた。


「魔物か!?」

「ここは女神のダンジョンだったってわけか! いやでもこんな種類、アタシらは見たこと」


 仰天しながらも攻撃の体勢に入った騎士達を久志が止めた。


「二人とも少し待て! その声は」


 俺にとってもそれは食堂で聞いたのと同じ女の人の声だった。


「この姿でこうして会うのははじめてになるわね。改めて自己紹介するわ、私はウケモチ。食堂のおばちゃんで、神様で、学園長の幼馴染みです」


 腕? 脚? 


 とにかく俺は蛸の部分と握手した。


「吸盤の跡、ついちゃった……」

「敵意がない証明をしてくれたこと、感謝します。でしたら、こちらの話も聴いてはいただけないでしょうか」


 神とも削銘の交流者とも名乗って畏まった久志が事情を話した。


 アイスは、怪物からキヨを守護する体制を維持。


「やっぱり、効果が強くなり過ぎたのね」

「ウケモチ様も」

「様はいいわよ、私は食堂のおばちゃんなんですもの」

「じゃあ……ウケモチさんも、キヨに盛られたんですか」

「見ての通り」


 どう『見ての通り』なんだ?


「主神サマの推測が正しかったことが、今ので証明されたな」

「嬉しくないことにね」


 ウケモチさんの証言を得た俺、久志と騎士の三人。


「効き目を事前に試しておくのは、盛る側として当然です」


 許してやろうと俺は思ったのに、赤面し笑みを零したキヨを今は折檻してやりたかった。


 そして、どうせこれにも興奮するので俺はしない。


「精神が錯乱している状態で料理なんて作ると生徒が危ないから。心配かけて悪かったわね」


 俺達が見慣れた人間体に戻ったウケモチ。


「それで洞窟に」

「神格を高めると、解毒時間も速くなるけど、この姿は目立つのよ。動きづらいしね」


 若女将のような姿。

 その姿に戻ったということは。


「キヨ、なんだかあと少しでこの気持ちが冷める予感がする」


 アイスに言い寄られたキヨは、今世紀最大ともいえる戦慄に顔を引き攣らせた。


「最後に、キスしてくれ」

「ぎゃ」

「はい、これが解毒剤。削銘の眷属だから効き目が出るまでかかるかもだけど……あらまあ」


 キス魔と化したアイスに、飲み口を突っ込んだキヨ。


 瓶ごと飲ませる気だった。


「んぐ、ごく……あ、あれ。私はなにを?」

「わかりやすい反応ありがとうございます。正気に戻られましたら、いい加減……はなれろ?」

「な、えなななっなんですか! どういうつもりですこの変態魔族!?」


 アイスに突き飛ばされたキヨが吹かれるように俺の胸に飛び込んできた。


 ひらりと避けた俺はアイスに尋ねた。


「昨日のこと、どこまで?」

「き、昨日? あれ、ここどこですか!?」


 昨夜の記憶が完全に抜けている。


「解毒剤を森にある薬草で調合するのに丸一日かかっちゃった。急いで朝食の支度をしに戻らなくちゃ」

「どうして黙ってたんですか。神様だって」


 ウケモチさんを引き留めた久志は続けて質問した。


「学園長も知らないんでしょ、あなたの正体について」

「久志さん、と……食堂の人? なんですか、この状況」


 ウケモチさんは重く口を開いた。


「バレたらほかの神々の手によって、削銘も自分もただでは済まない。女神に力を奪われ神の座を追われたはぐれを助けるのは、友達のよしみでもルール違反だから」


 口止めを全員に頼んだウケモチに見られたアイスは身構えた。


「記憶がなかったら薬を盛っても意味がない」

「久志兄ちゃんは別に秘密を洩らしたりしません。俺は交換条件をつけますが」

「どうぞ?」

「キヨといっしょに惚れ薬なんて作ろうしないで」


 あの女神のような悪神でないなら、生徒の意を汲んでほしい。


 秘密を受け入れてもらうため、協力したキヨとはおなじ気持ちだったのか。


 削銘(神)に盛る惚れ薬を調合する研究をこの洞窟で行っていた、解毒剤なんてもの一晩ではいくら神でも作れない。


「危険に対する凄い洞察力、削銘からなんとしても取り上げたい『あの女』の気持ちもわかる」


 女神という存在に、経験上信頼を強く持てないだけだ。


「ぜったいに渡すものですか」


 この世界の人間を守りたいという気持ちではない。


 女神に対し、強い復讐心を持っている。


「女、こわい……」

「ミチルもぉ……おんなだけど……ぉお」

「アニキも悪い(おんな)には気をつけろ? ユノなんかいい例だ」


 アイスに口説かれたキヨも肩を抱いていた。


「みんな盛り上がって……一体、なにがあったっていうんですかぁああ!?」


 痴話で盛り上がる妹達に、昨夜の記憶がない長姉のアイスだけ理解が追い付かず目を回した。

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