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11.鬼教師

 教鞭を振るうからと、キヨはすっかり身なりを整え今日に臨んだ。


 新しい奴隷紋のお陰か、女神を喰って得た邪気もすっかり抜けていた。 

 あんなのを食べたキヨに食あたりを心配していた自分が馬鹿みたい。


「魔力とはなにか、これで基礎の説明は終了です。キヨの説明はわかりましたか、開陽様」

「わかりやすかったよ」


 隣にまで来たキヨに付きっきりで教えてくれたから、それはもう理解を深められました。


「教卓にいても俺は十分、いやほんと満足ですから。今度はミチルにも教えてあげて」


 愛想を繕って頼んでみた。


「では、お昼にしましょう。愛妻お弁当、作ってきました」

「よ、余計な情報が。そしてやはり眼中にはなし」

「すまんミチル」


 キヨに爽やかに無視されたミチル。

 会話の輪に入りたくても入れないといった複雑な表情である。


「気苦労に助勢してやりたかったのよねぇええ……?」

「そ、そんなんじゃ!?」

「あらあら、これではせっかくのお味が悪くなりますわ。ぶんぶんうるさい虫がうっかり手料理に混入しないとも限りませんし。開陽様のお顔もまだ大丈夫そうですね……休憩はもう少し後に摂ることにして、次に魔力と魔法の関係について説明しましょうか――」


 ――『手取り足取り』。

 またしても俺の側につこうとしたキヨは、眉間に皺を寄せたアイスに道を阻まれた。


「講師として雇われるには、平等に生徒を教える。そういう条件だったでしょう!」


 削銘がキヨを開陽に同伴してもいいとした、その条件。


 この世界に残ったキヨを雇った経緯はこうだ。


 呪詛、呪術、魔法の中でも邪法と呼ばれるものは忌み嫌われていた。


 騎士を眷属として召喚できる削銘の属性は聖神。彼本人も魔族の術は使えない。


 そも神性の低い眷属(護衛騎士)でも後天的な邪法は単純なものしか使えず、本能的に嫌うから誰も身に着けようとしない。


 ミチルの護衛騎士は騎士でも随一、魔族との戦闘経験が多く、興味本位で勉強。

 護衛騎士がほかの姉妹に避けられている要因だと語った本人は、さして気にするような素振りはなくて。


 技術は趣味の範疇だとも平然と打ち明けた。

 人に教えられる域には届いていない。


 そこで削銘はキヨを臨時の講師に抜擢した。


 高位な魔族による魔力の操作法はただの魔法とは根本的に系統が異なっている。


 学園の知識に邪法が加われば、呪いの応用で魔力を完全に消す術が確立できる。

 そうしたいというのが削銘の目標。


 これは邪法に対する価値観の改善も目指しているのだとか。

 

 ここで限定的にキヨに教鞭をとらせ、ゆくゆくは別のクラスでも立ってもらいたい。


 女神の策略で暴走し、街に被害をもたらしたことは学園中に知れ渡っている。

 

 キヨに持たれた価値観の払拭も展望に見ていた削銘に俺は感服した。


「開陽様からも、お妾さんにびしっと言ってくださらない? 正妻に口出しするなんて」

「な!?」

「お妾さんって。アイスさんはそんなんじゃないよ、ねえアイスさ、アイスさん?」


 俺がそちらを見ると。

 アイスは開いた口が塞がらない状態で。力むから頬も真っ赤に腫れていた。


「アイスさん、アイスさん!? このドジっ娘騎士!」

「はっ……護衛騎士と教師は削銘から使命を受けた平等の存在です!!」


 やぶれかぶれな感じ。

 食らい付かれそうになったとシノはのけ反った。


「生徒全体の規範となる教え手の自覚を持っていただきたい!」


 なんだかアイスがキヨの先輩になったみたいだった。


「仕方ありませんわね、削銘神に恩義があるのは事実ですし。開陽様のお顔も立て、開陽様に教える分に見合う労力をミチル様にも特別に割くといたしましょう」


 十人単位で鬼の亡者が召喚された。


「任せましたよ、粗相のないように」

「雑じゃないか!? ミチルはともかく亡霊の方々にも!」

「ジャージ姿の、い、意味も説明ないし……!」

「開陽を探す途中、ネカフェで観たり読んだりした学園モノで理想の教師についての知識を得る機会がありましたから。勉強はいついかなる場合に備え、しておくものですね?」


 タンクトップに、はては赤ネクタイの教師も混じっていた。


「さあさ、天国に行ったつもりで学んでください」


 地獄絵図だ!


「地獄絵図です!!」


 俺とアイスの意見はツッコむ息もぴったりだった。


「な、なるほど。両手の印で二倍の効力が。も、文字のサイズを合わすのが苦手だったんだ、ほうほう……きれいに、ノートに収まった。お、見本があるのとないとでは理解への差がこんなにも違うのか……」

「亡霊で役割分担しているだと!?」


 何人もいるのに役割を分担、亡霊達は召喚したキヨより教えるのが上手かった。


 黒板に板書。正しいノートの取り方。補足、注釈。実践も披露してくれた。


「彼らはキヨよりも長命を生きし、魔族の戦士や術者の亡霊。知識の総量はキヨよりも上なのです。旦那様のお願いでも気は乗りませんが、そこで損をさせないのが良妻たる責務でございます」

「ふひ、ひひひ……知識が溢れて止まらないゾ……!」


 新しい知識にミチルはすっかり心酔。

 呆れて頭を抱えた、その拍子に俺が目を離した隙に護衛騎士も生徒に加わっていた。


「ねえぇえ、キヨせんせぇ……家庭教師、はじめるご予定、あるかしらぁ? 弾みます、よぉ」


 金を払い鬼の一体を家庭教師用に売ってくれるようキヨに頼んだ。


「お金はぁあ、あなたのご主人様に、払うからぁあ」

「虫が払った報酬なんて、開陽様のためでも恥ずかしくて使えませんわ」


 この時のキヨは『丁重に』お断りを入れたが。


 護衛騎士間の情報網を通じ、キヨが魔族を売りつけ金銭を要求していると噂が広まった。もちろん根も葉もない、元からあるはずもなかった火から立った煙ではあるものの。


 街での騒動が鎮静化に向かう、その相乗効果というか削銘の火消しが却って火に油を注ぐこととなったというか。


 広まった噂が月日と共に目立たなくなる前に。


 邪法を駆使し金にもがめつい魔族を校舎に出入り禁止とする嘆願が、学園長宛てに書面で後に届くことになるのを。俺はまだ知らず。


 キヨの態度だけに気を揉んで、これからのことに不安を募らせ机に倒れ込んだ。

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