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【三作目・全55話投稿予約済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第1章:看取る決意と旅の始まり

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第9話:聖女の戸惑い

 ゼノンたちから逃れるため、俺はエリアを背負い、がむしゃらに森の中を走り続けた。

 どれほどの時間が経っただろうか。完全に追手の気配がなくなったことを確認し、ようやく足を止めた時には、日はとっぷりと暮れていた。


「はぁ……はぁ……」

 さすがに体力を消耗し、俺は近くの巨木に背を預けて荒い息を整える。

「リアンさん……大丈夫ですか?」

 背中から降ろしたエリアが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。彼女の顔色は、恐怖と疲労で蒼白になっている。

「俺のことはいい。あんたこそ、体は大丈夫か」

「はい……。でも、あの方たちは……リアンさんの、お仲間だったのでは……?」


 エリアの問いに、俺は言葉を詰まらせた。

 仲間、だった。過去形だ。俺が彼らを裏切ったあの日から。

「……もう、違う」

 俺はそれだけ言うと、口を閉ざした。エリアも、それ以上は何も聞いてこなかった。ただ、その紫色の瞳には、俺への申し訳なさが滲んでいるようで、見ていられなかった。


 その夜は、小さな岩陰で野宿をすることにした。

 俺が焚き火の準備をしていると、不意に、森の暗がりから人の気配がした。俺は即座に聖剣を手に取り、エリアを背後にかばう。


「……誰だ」

 俺の警戒に、茂みの向こうから穏やかな声が返ってきた。

「……私です、リアン。どうか、剣を収めてください。一人で来ました」


 月明かりの下に姿を現したのは、聖女カサンドラだった。

 彼女は武器を何も持たず、両手を前に出して、敵意がないことを示している。

「なぜ、追ってきた」

「あなたと、話がしたかったからです」


 カサンドラは、まっすぐに俺の目を見て言った。

「ゼノンには、あなたたちを見失ったと報告してきました。彼らは別の方向を捜索しています。少しだけ……時間を稼げます」

「……お人好しも大概にしろ。あんたは勅命を受けているんだろう」

「……それでも、です」


 カサンドラは、俺の冷たい態度にも怯むことなく、ゆっくりとこちらに近づいてきた。そして、俺の隣に座り込んでいるエリアへと視線を落とす。


「あなたが、エリアさん……ですね?」

 エリアは怯えて、俺の外套の裾をぎゅっと握りしめた。カサンドラはそんな彼女を怖がらせないように、優しく微笑みかける。

「大丈夫ですよ。私は、あなたに危害を加えたりしません」


 そして、彼女はエリアの顔色を窺うと、眉をひそめた。

「……ひどい顔色。それに、その咳……。あなたの体、かなり魔力に蝕まれているのですね」

 言うが早いか、カサンドラはエリアの手にそっと触れると、治癒魔法の詠唱を始めた。

「聖なる母の御手よ、この子の苦しみを和らげたまえ――〈ヒール〉」


 柔らかな光がカサンドラの手から放たれ、エリアの体を包み込む。

「……あ……」

 エリアの体からふっと力が抜け、強張っていた表情が和らいでいく。荒かった呼吸も、少しずつ穏やかになっていった。

「……温かい……」

 エリアが、うっとりとしたように呟く。


「気休めにしかなりませんが……。痛みや苦しみは、少しは取り除けるはずです」

 カサンドラはそう言うと、俺に向き直った。

「リアン。私には、この子が世界を滅ぼす魔王だとは、どうしても思えません。ただの……病に苦しむ、か弱い少女にしか見えない」

「……その通りだ」

 俺は、ゼノンたちとのやり取り、そして賢者から聞いた話を、かいつまんでカサンドラに話した。エリアが望んで魔王になったわけではないこと。余命が一ヶ月しかないこと。そして、彼女の存在そのものが、世界を歪めているという残酷な事実を。


 全てを聞き終えたカサンドラは、悲痛な表情で唇を噛みしめた。

「……なんて、酷い……。そんな……」

 彼女の瞳が、潤んでいく。

「ゼノンは……世界の平和という『正義』のために、この子を殺そうとしている。でも、目の前の命を見捨てることが、本当に正しいことなのでしょうか……?」


 それは、俺がずっと自問自答してきたことでもあった。

 カサンドラは、祈るように両手を組み合わせると、震える声で言った。


「私には、分かりません。何が本当の正義なのか……。でも……」

 彼女は、すっかり落ち着いて眠りに落ちたエリアの寝顔を見つめた。

「この子のこんな顔を見たら……私には、討伐の魔法なんて、とても使えません」


 その言葉は、彼女の聖女としての優しさから来るものだった。

 しかし、その優しさが、いずれ彼女自身を苦しめることになるだろう。ゼノンと俺、二つの正義の間で、彼女は板挟みになるはずだ。


「……行け、カサンドラ。俺たちに関わるな。あんたまで、反逆者と見なされるぞ」

「それは、できません」

 カサンドラは、静かに首を振った。

「私は、あなたたちの旅を見届けたい。そして、私にできることを探したい。……それが、私が見つけなければならない『答え』だと思うから」


 彼女の瞳には、迷いながらも、確かな決意が宿っていた。

 俺は、もう何も言うことができなかった。

 こうして、奇妙な三人の旅が始まるかに思えた。


 だが、カサンドラは言った。

「私は、あなたたちとは別の道を行きます。ゼノンの動向を探り、あなたたちに知らせます。追手から逃れるための、手助けをさせてください」

 それは、彼女なりのギリギリの選択だった。仲間であるゼノンを完全に裏切ることもできず、かといって俺たちを見捨てることもできない。


 俺は、小さく頷いた。

「……分かった。恩に着る」

「いいえ……」


 カサンドラは立ち上がると、最後にエリアの寝顔に優しい視線を落とし、そして、闇の中へと静かに姿を消した。


 一人残された俺は、燃え盛る焚き火を見つめながら、深くため息をついた。

 仲間を巻き込んでしまった。その事実に、胸が重くなる。

 だが同時に、孤独だと思っていたこの旅に、小さな光が差し込んだような気もしていた。

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