第8話:かつての仲間と交える刃
「――凍てつく氷の槍よ、我が敵を貫け!〈アイシクルランス〉!」
ゼノンの詠唱が完了すると同時に、彼の杖の先端から十数本もの鋭利な氷の槍が生成され、俺とエリア目掛けて飛んできた。並の戦士であれば、その一撃で串刺しになるであろう、高速かつ広範囲の魔法だ。
だが、俺は勇者リアン。最強の称号は、伊達ではない。
「――〈聖域の盾〉(サンクチュアリ・シールド)!」
俺は聖剣を地面に突き立て、聖なる力を解放する。俺たちを中心に金色の光の半球が出現し、降り注ぐ氷の槍を寸前で受け止めた。バキン! と甲高い音を立てて氷が砕け散り、光の粒子となって消えていく。
「くっ……!」
さすがに、ゼノンの魔法だ。防ぎきったとはいえ、聖剣を伝って腕に痺れるような衝撃が走る。
魔法を防いだ一瞬の隙を突き、王都の騎士たちが左右から斬りかかってきた。
「エリア、離れるな!」
俺はエリアの腕を引き、その体を背後にかばいながら、迫りくる刃を聖剣で弾き返す。
キィン! と金属音が響き渡り、火花が散る。騎士たちの剣技は洗練されている。一人一人が、並の魔物など問題にしない実力者だ。だが、それでも俺の敵ではない。
俺は体勢を崩した騎士の胴を柄で打ち、もう一人の足を払って転倒させる。殺しはしない。彼らもまた、王国の平和を信じて戦っているに過ぎないのだから。
「リアンさん……!」
背後で、エリアが不安そうな声を上げる。彼女を、戦いに巻き込むわけにはいかない。
長期戦は不利だ。エリアを守りながら、この五人の騎士とゼノンを同時に相手にするのは無謀すぎる。
「ちっ……手数が多い!」
騎士たちをいなしている間に、ゼノンはすでに次の魔法の詠唱を完了させていた。
「さすがですね、リアン。ですが、いつまでその少女を守りながら戦えますか?――〈グラビティ・プレス〉!」
ゼノンの杖がこちらに向けられた瞬間、俺たちの体に、鉛を飲み込んだかのような強烈な重圧がかかった。重力操作魔法。足が地面に縫い付けられ、動きが極端に鈍る。
「ぐっ……!」
この隙を見逃す騎士たちではない。三方から、同時に剣が突き出される。
万事休すか――。
そう思った瞬間だった。
「――おやめなさい!!」
凛とした、しかしどこか切実な声が、戦場に響き渡った。
声のした方を見ると、少し離れた木々の間から、一人の女性が走り出てくるところだった。純白の神官服を身に纏い、風に揺れる亜麻色の髪。その手には、慈愛を象徴する聖印が握られている。
「カサンドラ……!」
俺とゼノンは、同時にその名を呼んだ。
聖女カサンドラ。治癒魔法の使い手にして、俺たちと共に旅をした、もう一人の仲間だった。
カサンドラは、俺とゼノンの間に割って入るように立つと、両腕を広げて叫んだ。
「ゼノン! お願いです、剣を収めてください! リアンさんが、理由もなくこのようなことをするはずがありません!」
「カサンドラ……あなたまで、リアンに与するのですか。これは勅命です。情に流されている場合では……」
「情ではありません!」
カサンドラはゼノンの言葉を遮り、強い意志を宿した瞳で彼を見つめた。
「私は、ただ知りたいのです。何が起きているのかを。話し合いもせず、かつての仲間に刃を向けるのが、私たちのやり方だったのですか!?」
その必死の訴えに、ゼノンは眉をひそめ、わずかに沈黙した。
騎士たちも、聖女の登場に戸惑い、剣を構えたまま動けずにいる。
カサンドラは、俺の方へ向き直ると、俺の背後にいるエリアへと視線を向けた。その瞳には、警戒と、そしてそれ以上に、深い憐憫の色が浮かんでいた。
「あなたが……魔王、なのですね?」
「……ぁ……」
エリアは、カサンドラの神聖な気に当てられたのか、怯えて俺の後ろにさらに隠れてしまう。
カサンドラはそんなエリアの様子を見ると、悲しそうに眉を寄せた。
「リアン……一体、何があったのですか。教えてください」
その声は、優しかった。昔と何も変わらない、仲間を思いやる響きがあった。
この膠着状態は、好機だ。
俺は、エリアを連れてこの場を脱出することだけを考えた。
「……話すことは、何もない」
「リアン!?」
「カサンドラ、そこをどけ。でないと、お前も斬る」
俺は敢えて、冷たい言葉を放った。
彼女たちを、これ以上俺たちの問題に巻き込むわけにはいかない。俺たちが選んだのは、世界から追われる道なのだから。
俺の言葉に、カサンドラは傷ついたように目を見開いた。
その一瞬の隙。
俺は足元に聖なる力を集中させ、地面を強く蹴った。
「――〈閃光〉(フラッシュ)!」
聖剣から放たれた強烈な光が、その場にいた全員の視力を一時的に奪う。
「ぐっ!」「目が……!」
ゼノンや騎士たちが怯んだ隙に、俺はエリアの腕を掴み、森の奥深くへと駆け出した。
「待ちなさい、リアン!」
背後からゼノンの怒声が飛んでくるが、振り返らない。
カサンドラの、悲しげな顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。
仲間を裏切った。
その事実が、重い楔のように胸に突き刺さる。
だが、それでも俺は足を止めなかった。
今はただ、この腕の中にあるか細い命を守ること。それが、俺が自分で選んだ、唯一の正義なのだから。




