第5話:村人たちの正義
エリアの高熱は、一向に下がる気配がなかった。
時折、うわ言のように「ごめんなさい……」と呟いては、苦しげな息を漏らす。その度に、俺の胸は締め付けられるようだった。
賢者の庵までは、まだ数日の距離がある。このままでは、彼女の体力が持たないかもしれない。
俺は葛藤の末、昨日通り過ぎたフォルト村へ、もう一度立ち寄る決意を固めた。薬師がいるかもしれないし、せめて清潔な水と、彼女が食べられそうなものを手に入れたかった。
再び村に近づくと、その雰囲気が一変していることに気づいた。
あれほど活気に満ちていた収穫祭の賑わいは嘘のように消え、村全体が重苦しい空気に包まれている。村人たちは不安げな顔でひそひそと何かを話し、時折、こちらを警戒するように窺っていた。
俺が昨日エリアと立ち寄った井戸の周りには注連縄が張られ、屈強な男たちが槍を手に警備までしている。
「……何の騒ぎだ?」
俺はエリアの体を木の陰にそっと降ろし、自身はフードを深く被って、様子を探るために村の中へと入った。
雑貨屋の店主らしき男に、当たり障りのないように話しかける。
「何かあったのか? 村の様子がおかしいようだが」
店主は俺を値踏みするような目で見ると、声を潜めて答えた。
「旅の方かい。昨日、この村に魔女が現れたんだ」
「魔女……?」
「ああ。若い娘の姿をしていたが、そいつが来てから、井戸の水は腐り、家畜は病気になり、赤ん坊は夜通し泣き止まなくなった。あれは間違いなく、災いを運ぶ魔女だ」
やはり、エリアの魔力汚染が原因だった。俺の顔が険しくなるのを見て、店主は話を続ける。
「村の長老様が仰るには、近頃、世界のあちこちで起きている異変も、すべて魔王復活の兆しなのだとか。その魔女も、魔王の手下に違いねえ」
そんな……。エリアは何もしていない。ただそこにいただけだ。
だが、恐怖に囚われた人々にとって、真実などどうでもいいらしかった。彼らには、自分たちの不幸を押し付けられる「分かりやすい悪」が必要なのだ。
その時、広場の方が騒がしくなった。
村の若者たちが、松明や農具を手に集まっている。その中心で、村長らしき老人が声を張り上げていた。
「皆の者、聞け! 魔女はまだ、近くの森に潜んでいるはずだ! 神聖なる我らの村を穢す悪魔を、このままにはしておけぬ! 今こそ、我らの手で正義の鉄槌を下す時だ!」
「「「オオォォォ!!」」」
若者たちの雄叫びが、空気を震わせる。
彼らの目は、正義という名の狂信に燃えていた。これから行われるのが、無抵抗な少女一人に対する、ただのリンチであることに、誰も気づいていない。あるいは、気づかないふりをしている。
――これが、俺が守ろうとしていた「人々」の姿なのか。
俺の心に、冷たい怒りが込み上げてきた。
俺は勇者だ。人々を守るのが使命だ。だが、この者たちに、エリアを傷つける権利など、万に一つもない。
「……馬鹿げている」
俺は背を向け、すぐにその場を離れた。
雑貨屋の店主が「おい、兄さん、どこへ行くんだ!」と呼び止めるが、振り返らなかった。
エリアを休ませていた場所に戻ると、彼女は苦しそうな寝息を立てていた。その無防備な寝顔を見ていると、先ほどの村人たちの顔が浮かび、腹の底から怒りが湧き上がってくる。
守らなければ。
誰に罵られようと、世界中を敵に回すことになろうと、この少女だけは、俺が絶対に守り抜く。
俺はエリアの体を再び背負うと、村とは反対の、森のさらに奥深くへと歩みを進めた。
背後からは、村人たちの「魔女狩りだ!」という勇ましい声と、松明の光が迫ってきていた。
俺は一度だけ振り返り、燃え盛る松明の光を睨みつけた。
彼らが掲げる「正義」が、どれほど脆く、身勝手なものか。俺は、もう知ってしまった。
もし、彼らがエリアを見つけ、その指一本でも彼女に触れようものなら――
その時は、俺が相手になろう。
たとえ、勇者の名を捨てることになったとしても。
俺は、迫りくる狂気の光から逃れるように、足を速めた。
背中のエリアの熱が、まるで俺自身の焦りを映しているかのように、ますます高くなっていくのを感じていた。




